8-5 三支族の呪い。あとなぜかアジフライw

「しかしなんだなー」


 注意深く進みながら、俺は周囲を見回した。


「なんだかんだで、もう昼近い。でもここ、なんとなく弁当食いたくない場所だよなー」

「本当、そうよね。平くん。私も気が滅入って」


 吉野さんの溜息が聞こえた。そりゃそうだ。なんたって周囲は見渡す限りの陰々滅々たる紫の湿地帯。立ち上る瘴気で揺らいでいて、ずっと先なんか見通せないし。


「いくらキングーの力で毒が中和されてても、臭いは別だもんねー」


 トリムも、閉口といった口調だ。


「なにこの、腐った玉子を食べた、オークの排泄物みたいな臭い」

「嫌なたとえすんな。想像しちゃったじゃないか。……タマは平気なのか」


 なんたって、嗅覚に優れた獣人ケットシーだからな。俺なんかの五万倍キツいはずだ。


「あたしは平気さ。嫌な臭いなんか、いっつも嗅ぎ慣れているからな」


 そうか。どんな臭いでも敏感にわかるから、慣れちゃってるってことか。


 いやむしろ、匂いフェチ的な部分があるかもしれん。俺が汗まみれだったこの間の夜だって、発情してたからかもしれんが、すごくそれっぽい感じだったし。俺の脇や下半身に、ずっと唇と舌を這わせたりとか。


「んじゃあ、昼になったらキラリンに転送してもらおう。王都近くの気持ちのいい山の広場がいいだろう」

「賛成だよ、ご主人様」


 こうしてどうでもいい話を、ここまで延々続けてきた。気休めがないと、うんざりするからさ、ここ。モンスターがポップアップしない分、足元だけ注意してればいいんだから、雑談は余裕だ。


 俺が特に話を振ったのは、キングーだ。なんせ奴のこと、あんまり知らないからな。ちょうどいい機会だ。


「なあキングー。魔族で知ってることがあったら、教えてくれよ」


 天使である母親とはついこの間再会したばかりだから、そっちからの情報はないはずだ。てか、俺が直に母親イシスに訊けばいいだけの話だしな。それでもキングーは、長い間この世界を放浪していた。魔族のこと、あちこちの噂で聞いてそうだろ。


「ゴータマ・シタルダが創建したこの世界では、最初からいろんな種族が創造されていた。それでも住人は仲良く暮らしていたそうです」

「それは知ってる。図書館長ヴェーダに聞いたんだっけな」

「ヴェーダで合ってるよ、ご主人様」


 レナが言うんなら間違いない。俺はもうなんか、誰からなに聞いたか、うろ覚えだわ。この世界広すぎるがなw


「しかしですねえ、平さん」


 キングーの話は続いた。


「暮らすうちに、それぞれ精神的な構造の似たもの同士が集うようになり、人口増も相まって、各地に分散していったんです」

「まあ当然だな」


 俺も川岸と一緒に住む気にはならんしw


「やがてそれぞれ、たとえばヒューマンだとか魔族だとか、それぞれのアイデンティティーを自覚するようになって、そして……」

「そして戦いを始めたんだな、互いに」

「そうらしいです」

「この世界――といってもこの大陸しかあたしは知らないけど――」


 トリムが口を挟んだ。


「太古の聖魔戦争とか、何度か大きな戦乱はあったんだよ。そう聞いてる。小競り合いはもう、しょっちゅう」


 さすが寿命の長いハイエルフだけに、歴史には詳しいんだな。


「別の大陸があるんだな」

「そうだよ平。前、話したでしょ」


 知らん。てか覚えてない。レナが呆れ顔で俺を見てるが、知るかw


「はるか昔に、この大陸を見限って出ていった連中がいるんだ。この大陸にはもういない種族が、そっちにはいるはず。……生き残っていたらだけど」

「大陸同士は孤絶しているんだ、平ボス。ある時期から、海に魔物が出るようになったからな」


 注意深く進みながら、タマが付け加えた。


「海に魔物ってのは覚えてるわ。たしか国境のライカン村で聞いた」


 今度はなんとか、リーダーの威厳を失わずに済んだw 村長が俺たちを辺境の漁師と誤解してたのは忘れない。最近も漁網プレゼントの件で感謝されたし。


「とにかく、魔族はそうして生まれたんです。特に邪悪な魔法を得意としていて、性格も残忍な種族が、『似た者同士』で集まって自称したんです」

「じゃあ、天の神様たちと対をなす存在――というわけでもないのね」

「そうです吉野さん。早い話、この世界の住人なんです。……天の神々は、最初からそういうものとしてシタルダに創造されているので、特別なんですよ。天界と対をなす存在は、むしろ冥界です。冥王ハーデスも、神のひとりですからね」

「なるほど。……だが待てよ」


 俺の頭のどこかに、ひっかかるものがあった。


「シタルダの支配を嫌う連中は、旧都を離れ、三支族となったんじゃないのか」

「三支族は、特に有力な種族を指しただけの呼び方です。他にもたくさんの住人が分派したので。……それに一度に起こったわけでもないですからね。何百年もかけての動きです」

「それそれ。三支族のこと教えてくれよ。ヴェーダの話だと、旧都を離れた三支族は仲良く集団で暮らしていたが、あるとき謎の事件が起こり、分派した。おまけに分派後にそれぞれまたなにかの異変があって、勢力が極端に衰えたとかなんとか」

「僕もよく知りません。……ただ分派後の異変については、地下迷宮のドワーフ王が漏らしてくれたことがあります。なにか、時を隔てた呪いのようなものが発動し、ドワーフが大量に死んだと」

「呪いか……」

「それなら話が通るね、ご主人様。三支族が同時に衰えるなんて、偶然じゃ考えられないもの」


 レナは頷いている。


「分派せざるを得ない事変があったときに、三支族は皆、なにかの呪いを受けた。その後呪いが発動し、それぞれ同時期に大量死に追い込まれた」

「元になったのは、その過去の事変ってことか」

「そうなるわね、平くん」

「三支族のひとつはドワーフだった。あとふたつはなんなんだ」

「ドワーフ王も、それは話してくれませんでした。なんだか話題にするのも嫌という雰囲気で」

「まさか……」


 俺の脳裏に、地下迷宮での体験が蘇った。ハーデスはなんと言っていた? たしか、ドワーフの穴にハイエルフがいるのは不思議だとかなんとか。……それにドワーフが煙たがる種族と言えば……。


「なあトリム。三支族のひとつは、エルフなんじゃないのか」

「そんな話ないけど」


 進むのを止め振り返ったトリムは、きょとんとしている。


「少なくともあたしのハイエルフの里には、そんな伝承はないよ。もしあるとしたら……」


 急に顔を歪めてみせた。


「ううん。そんなことない」

「なんだよ気になるじゃんか。話せ」

「なんでもないったら。……ねえ平。お腹減った。そろそろお弁当にしようよ。今日はミックスフライ弁当でしょ」

「なんで知ってるんだよ」

「朝、転送されるとき、タマゴ亭さんに聞いたもん。おいしいんだよねー、ミックスフライ弁当のアジ。平ん家で食べる半額弁当のアジフライとは段違いで」

「余計なお世話だ」


 どんだけ飯が好きなんだよ。口の卑しいエルフだなw


 まあいいか。たしかに腹減ったし。


「んじゃあ飯にしよう。キラリン、俺たちを飛ばせるか」


 スマホがぶるっと震えた。


 なんか知らんが最近は、スマホ形態のままでも、キラリン、普通に対話できてて笑うわ。アイコン操作不要で、音声認識してる感じ。前はそんなことなかったんだがな。なんでだろ。


「じゃあ頼む。さっき話した草っ原な。あそこ気持ちいいし」


 飯を食ったら、午後は午後でまったり進もう。どうにも長居したくない土地だから、三時になったら早上がりだな。


 なに、ドラゴン飛行でマッピング距離を超絶稼いだ。会社に文句は言わさん。

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