8-4 ドラゴントーク

「理由とはなんだ、ドラゴンロードよ」


 イシュタルの問いにエンリルは、照れくさそうに蛇眼を細めた。


「余もそろそろ考える頃でな」

「ああ。そういう……」


 イシュタルは頷いている。


「ならまあ、わからなくもないが」

「そういうことだ」

「ドラゴンは孤独だからのう……」

「孤絶しておるからのう……」


 なにドラゴントークしてるんだよw 当人以外、さっぱりわけわからんがなwww


「んじゃあそろそろお願いするわ、ふたりとも」

「ねえご主人様」


 俺の胸から、レナが見上げてきた。


「なんだよレナ」

「敵陣に乗り込めないんだったら、どちらかだけで良かったよね、ドラゴンは」

「あー……たしかに」


 俺と吉野さん、タマとトリムにキングーを乗せればいいだけだ。レナは俺の胸だし、キラリンは一時的にスマホ形態にしておけばいい。たった五人なんだから、イシュタルだけで事が足りるな。


「でも、そうなるとわからなかったからな。こっちは一気に敵本拠地までドラゴンで乗り付けて、敵を粉砕するつもりだったし」


 考えてみたら、ひとりで盛り上がった挙げ句、無理だったで自爆するとか、アホみたいだな俺w


「そうではあるよね」

「まあ景気づけだ。それにエンリルが使役に応えてくれるなんて、いい前例になるし」


 それでもなんでも、とにかく前向きだ。なんでもいい方に解釈するのが、俺の得意技だからな。左遷たらい回し底辺社員のときなにされてもメンタル崩れなかったのは、この性格……てか考え方のおかげだわ。マジ助かってる。


「エンリルは多分、ご主人様の勘違いを教えに来てくれたんだよ」

「なるほど。優しいところあるな、エンリルも」


 たしかにそうだ。ちなみにレナと俺だけ、至近距離でのひそひそ話なんで、ドラゴンロードは真名で呼んでいる。キングーには聞こえないからな。


「平よ。余もグリーンドラゴンも、いつでもいいぞ。アスピスの大湿地帯、その入り口までひとっ飛びしてやろう」

「頼む。……みんな、いいか」


 全員頷いている。


「念のため、キラリンも人型のままでいてくれ。なにかあったときに、すぐ戻りたいから」

「わかったよ、お兄ちゃん」


 ドラゴン二騎なんだから、人型のままで余裕だ。


「俺とキラリン、キングーはドラゴンロード。タマと吉野さん、トリムはグリーンドラゴンだ。いいか、着地直後は気が緩むと危険だ。タマとトリムは吉野さんを守ってくれ。いいな」

「わかった」

「任せろ、平ボス」


 俺達をひとりづつ咥えると、ドラゴンは背に乗せてくれる。ドラゴンロードの騎上では、なにかあっても守れるよう、俺の前にキラリン、後ろにキングーを配した。


「キングー、しっかり俺にしがみついてろよな。ドラゴン上では不思議な力が働くから、風圧で飛ばされたりはない。でも魔族の攻撃が、ないとは限らないからな」

「はい、平さん」


 遠慮がちに俺の腰を掴んできた。


「そんなんじゃダメだ。手を寄越せ」

「あっ……」


 キングーの手を取り、俺の腰に回させた。腰の前で俺をぎゅっと抱かせる。


「こうだ」

「は、はい……」


 背中にキングーの胸を感じる。小さいながらも、ちゃんと女子っぽいな。幸い股間はくっついてないから、あいつの謎棒は感じられないが。あれ感じたらなんか俺、困っちゃうからさw


「お兄ちゃんも、あたしの胸揉んでよ」


 キラリンが後ろを振り返る。


「誰が揉むか。アホ」


 思わず苦笑いよ。


「腰に手を回すだけだ。もっとこっちに来い」


 背中が密着するほどくっつかせると、俺は腹に手を回した。キラリンの細い体の前で、右手と左手を組む。


「わあ、痛いよお兄ちゃん」


 嬉しそうだ。


「あたしのこと愛してるんだね。そんなにキツく。……興奮してるんでしょ。さすがお兄ちゃん。嫁思いのあたしのご主人様だけあるねっ」

「なんでもいいから前向いてろ」


 あほらしいんで、もう相手はしない。


「レナもいいな」

「うん、大丈夫。服に潜っておくから。ご主人様の匂いに包まれるから幸せなんだー」


 余計なことを言う。


「いいですか、吉野さん」

「平くん、いつでもOKよ」


 イシュタルの背から、吉野さんが手を振ってきた。前後をトリムとタマが固めている。


「じゃあ頼む。ドラゴンロードとグリーンドラゴン。アスピスの大湿地帯まで」

「おうよ」

「任せろっ」


 時間差でふわっと宙に浮くと、二体のドラゴンは、物凄い速度で飛び始めた。凄い風圧で、目を開けているのも苦しいくらい。目を細め、斜め横を向いて、風を避けながら浅く呼吸する。


 眼下の景色が、とてつもない速度で流れていく。草原、山脈、どこかの村、不毛の地……。


 こりゃまたマッピング距離がとてつもなく稼げるな。川岸の野郎の成績になるのはムカつくが、あいつとの落差はどんどん開いていく。まあ俺にとって、プラマイのプラスのほうが大きいだろう。


 怖いのだろうか。キングーがぎゅっと抱き着いてきた。俺の背に頬を寄せ、なにか呟いている。風切り音で、なにを言っているのかわからない。


「しっかりしろ、キングー」


 右手で、キングーの手を撫でてやった。


「絶対落ちないからな」


 俺の手に、キングーは指を絡めてきた。


「安心するんだ、キングー」

「平……さん」


 呟きが、かろうじて聞こえてきた。


          ●


 どれだけ時間が経ったのか、気がつくと、ドラゴン二体は着地していた。


「着いたぞ、平」


 エンリルが振り返った。


「ここがアスピスの大湿地帯、その入り口だ」

「おう」


 ここ異世界は年中春の陽気とはいえ、風に当たり続けていたんで、とにかく寒い。強張った腕でキラリンを抱き上げると、地上へと下ろしてやる。必死でしがみついているキングーの手を、ぽんぽんと叩いた。


「平気か、キングー」

「は、はい……」


 ようやく体がほぐれたのか、キングーはすぐ体を離した。


「下ろしてやろうか。それともエンリルに頼むか」

「平気です、平さん」


 跨ぐと、滑り降りるようにして、ドラゴンの背から地上に降り立つ。続いて俺も。


「ここからが、アスピスの大湿地帯……」


 眼前に広がる光景を、俺はじっと見つめた。


 毒の湿地帯だけに万一のときの安全マージンを取って、ドラゴンは、一キロくらい手前に着地してくれたようだ。俺達が立っているのは、枯れ切った草地。ちょっと歩くと、枯れ草が砂のように崩れる。不毛の地からの悪影響を受けているのだろう。


 はるか向こうに、アスピスの大湿地帯が見える。異世界人でない俺の目にも、一目瞭然。なんらかの境界があって、その先には紫色の地面が広がっている。多分湿地帯だ。


 踏み込んだとき、どこまで地面がぬかるんでいるんだろうか……。腰まで沈むとかだと困る。ほとんど進めない。まさかとは思うが、底なし沼になっていたらさらにだ。キラリンに転送してもらうしか、抜ける算段はないだろう。


 空はどんより曇っており、今にも雨が振りそう。紫の大地からは湯気のような瘴気が立ち上り、光景を揺らして見せている。毒の瘴気だな。キングーの力が無ければ、おそらく空気を吸うだけで即死だろう。


「平くん」


 駆け寄ってきた吉野さんが、俺と並んだ。


「想像以上に陰鬱な感じね」

「ええ吉野さん」

「でも行くしかないものね。延寿の秘法を手に入れるには」

「そういうことです」


 タマやトリムは、湿地帯用の装備を黙々と装着している。


「お兄ちゃんっ!」


 キラリンが叫んだ。


「どうした」

「あたしダメ。……眠い」

「まだ朝だぞ」

「もう、すぐにでも寝ちゃいそう。……今、転送しようか? ここは転送ポイントとして確保したし」

「いや、このまま進もう。スマホ形態でも機能は使えるし」

「わかった」


 眠そうな瞳で頷いている。


 それにしてもキラリン、今ひとつスマホ形態に戻るタイミングがわからないんだよな。結構長く人型でいられるときもあるし、今日のように朝召喚して割とすぐダメになったり。累積時間とか移動距離に関係あるのかもな。天国に行ったときもすぐスマホ形態になったし。


「もういいぞ。スマホになって」

「わかった。……じゃあ最後に後ろからぎゅっとして」

「仕方ねえなあ……」


 まあそれくらいは我儘聞いてやってもいいだろう。後ろから抱いてやると、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうお兄ちゃん。さすがだわ。嫁思いのご主人さ――」


 ふっと姿が消える。足元の謎スマホを拾うと、俺は胸の内ポケットに収めた。


「ありがとうな、キラリン。いつも頑張ってくれて」


 ぶるっと震えると、キラリンからのメッセージが表示された。俺に対する感謝の言葉が書いてある。


「かわいいとこあるな、キラリンも」


 寄り添うようにして、なにかひそひそドラゴントークを続けているエンリルとイシュタルに、手を振った。


「ありがとう。ふたりとも。ここからは俺達で行くよ」

「おうよ。頑張れよ平。余は巣穴から見ているからな」

「平、我の大事なふみえを傷つけるでないぞ。ふみえは我のドラゴンライダーにして一夜妻だからな」


 それだけ言い残し、二体は飛び去った。あっさりしたもんだ。それがドラゴンの気質なんだろうが。


「さて行くぞみんな。キングーが持つ天使の力で大湿地帯の魔法封印は無視できる。さらにポップアップ型モンスターも出ず、瘴気の毒は中和されるはず。キングー様様だ。……だが、気は緩めるな。自然現象は別だからな。沼地で足を取られているときに竜巻でも起きたら、とてつもなく面倒だ」


 全員の装備を確認すると、俺達は歩き始めた。ここはまだ湿地帯の前。足場は悪くない。

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