8-3 アスピスの大湿地帯、攻略の穴

「俺の計画の穴ってなんだよ、ドラゴンロード」


 口に出してみた。


「平お前、アスピスの大湿地帯攻略の鍵を三つ、吉野と検討していたな」

「ああそうさ」

「そのポイントを余やグリーンドラゴンに頼ろうと言っていた」

「そうだが……」


 なにが言いたいんだエンリル。もしかして頼ることはできないってか? でもならなぜ出てきてくれた。手を貸してくれるって、今言ったばかりだし。


 ちらと横を見ると、吉野さんも困ったような顔をしている。


「平よ。そのポイントの、鍵はなんだった」


 エンリルに見つめられた。


「まず湿地帯までの遠距離。次に湿地帯の毒。最後に多数の敵。この三つだ」

「遠距離は問題ない。余であろうとグリーンドラゴンであろうとな」

「次がダメだってのか」

「湿地帯の上は、たとえ空とは言えども誰も抜けられない。ドラゴンでもな。魔法で封じられているのだ。……連中は魔族だけに、強大な魔力を持っておるからな」


 そういや、魔法で封じられているとは、タマから聞いていた。上空もダメとは思わなかったが。


「ドラゴンなら楽勝じゃないのか。お前、最強クラスのモンスターだろ」

「ドラゴンにも行けない場所はある。封じられた場所とか、別の大陸とかな」

「ならアスピスの大湿地帯は、てくてく歩くしかないってのか」

「そういうことになるのう……」


 涼しい顔してやがる。


 それに待てよ。ドラゴンがアスピスの大湿地帯を抜けられないってことはだ……。


「大湿地帯をドラゴンが突破できないということは、最後の敵に突っ込むのもできないってことだな」

「ふむ。わかりは早いな」


 頷いている。


「つまり毒湿地帯は自力で越えて、さらに先の牢破りも俺達だけでやらないとならないわけか」

「まあ頑張れ」


 まるで他人事だわ。いつもどおりのエンリルの態度とはいえ、これが曲がりなりにも使い魔だろうかw


「冷たいなあ……」

「仕方ないではないか。通れないのだから」

「ご主人様。プライドの高いドラゴンロードが大湿地帯まで乗せてくれるだけで、奇跡みたいなもんだよ」

「レナはそう言うがなあ……」

「ねえ平」

「なんだトリム」

「沼地にはモンスターは出ないじゃん。キングーの力で」


 そうだな。


「ならさっさと抜けて、敵の本拠地に踏み込んだところでキラリンに転送ポイントを確保してもらって逃げるんだよ。それで翌朝、ドラゴンごと、そこに転送してもらえばいいじゃん」

「うーん、どうかな」


 キラリンは唸った。


「いくらあたしが移動バフ効果を持つといっても、ドラゴンさん二体となると、大きすぎるから飛ばせるかどうか……」

「無理なのか、キラリン」

「うん、お兄ちゃん。多分……」


 眉を寄せて考えている。こりゃあかんな。


「まあ諦めろ、エルフの娘よ。余とグリーンドラゴンを合わせると、かなりの質量だ。たとえどちらか一体だけでも無理であろう」

「ちぇーっ。いいアイデアだと思ったのに」


 トリムは膨れている。


「あと、エルフじゃなくてハイエルフですけどー」

「これはすまん」


 エンリルは含み笑いを漏らした。


「ハイエルフであったよな。……里は今、大変らしいではないか」

「知らないけどあたし。ハイエルフの里の話なんか」


 ぷいっと横を向いたな。


「最近はずっと平のパーティーにいるわけだし。里帰りもしてない」

「そうか、そうか」


 エンリルは楽しそうに笑っている。


「まあいい。そういう話ならな……。お前らを見ていると飽きないわ。素晴らしいリアリティーショーだ」

「なら、あたしらだけでやるしかないな」


 タマはあっさりしたもんだ。


「戦力差が大きいから、戦闘は極力避けたい。まずペルセポネーが幽閉されている場所を確定し、敵に気づかれないようにそこに近づく。戦うのは獄司を倒すときだけにできれば、ベストだ」

「ペルセポネーを確保したところで、キラリンの力で転送してもらって帰ればいいんだな」

「そういうことだ。平ボス」

「でも平くん。隠れて近づくのはなんとかなるとしても、どうやって幽閉場所を特定するの」

「そこだよなあ……」

「多分、僕ならわかります」


 おずおずと、キングーが口を挟んだ。


「冥界の存在がいる場所を探せばいいんですよね」

「そうだけど、できるのか」

「ええ。母から受け継いだ力がありますから」


 なるほど。天界の存在なら、冥界の存在を感じ取れるってことか。それもあって、天使イシスはキングーをパーティーに加えてくれたのかも知れんな。


「キングーとやら。お前は、天使の母親とヒューマンの父親の間に生まれた子らしいな」

「はい。ドラゴンロード様。母はイシスと申します」

「余も、天使と相まみえたのは数えるほどだ。……どうだ、異種族の混血であるということは」


 いきなり、妙なことを訊く。エンリルが他人にプライベートな質問するなんて、

見たことがない。初対面の天使亜人だから、気を遣ってるのかな……。


「はい、ドラゴンロード様……」


 斜め上を見て、キングーは、結構長く考えていた。口を開く。


「あまりいいことはない。というか……、とにかく孤独です」

「そうか。覚悟の上とはいえ、それは少し困るのう……」

「ドラゴンロードには関係ないだろ」

「そう言うな、平。飽きるほど歴史を見聞きしてきた余にも、まだ知りたいことはあるのだ」


 なぜか含み笑いをしている。


「まあいいか。これでほぼ方針は決まった。細かな部分は、その場その場で考えていこう。なにかで困ったら、とりあえず逃げ帰る。安全地帯までとっとと戻って、あとはちんたら定時まで遊んでいよう。どうすべきかは、また翌日考える。……いいな、みんな」


 いつもの俺のテキトー路線だが、全員頷いてくれた。


「じゃあさっそく行くぞ。念のため全員、装備を確認しておけ。忘れ物があると面倒だ。俺はグリーンドラゴンを呼ぶ」


 ドラゴンの珠を取り出すと、呼び掛けた。


「グリーンドラゴン。始めるぞ。昨日決めたように、よろしく頼む」

「おう平。待っておったぞ。……ふみえもいるだろうな」

「もちろんだ」

「はよう会いたくてのう……。今後、一夜妻の回数を増やしたいのだが、どうだ」

「この一件が終わってから考えよう」

「なんだ。我の鼻先に人参をぶら下げるような真似をしおって。我はドラゴンだぞ。馬鹿にするのも、たいがいにせい」


 はあーあ……という、ドラゴンにしては情けなさすぎる溜息が聞こえてきた。


「まったく、こすっからい人間めが」


 愚痴が聞こえてきたと思ったら、もうグリーンドラゴンのイシュタルが着地していた。衝撃で、またしても大地が揺れる。大きな木々が、葉を散らした。


「おう。みんな、揃っているのう」


 見回している。


「なんやら知らんが、いつの間にかパーティーも増えておるし。知らん顔が多い」

「まあ、いろいろあってな」


 キラリンとキングーを紹介してやった。


「それにしてもドラゴンロードよ」


 いぶかしげに、イシュタルはエンリルを見つめた。


「戦いもないのに運ぶだけで協力するとは、王者ドラゴンロードとは思えん気安さだな」


 はあ、そうなのか。


「そう言うな、グリーンドラゴンよ」

「しかしのう……。昔話に聞いたことすらないぞ、ドラゴンロードがそのような安請け合――」

「余にも理由があるのだ」


 エンリルはイシュタルの言葉を遮った。


「理由……」


 イシュタルは首を傾げた。


「まさかとは思うが……」

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