8-2 ドラゴンロードの懸念

「ところで昨日、タマちゃんはそっち行った?」


 吉野さんに急に攻め込まれて、俺は焦った。


 どう答えるべきか迷う。喉がからからだ……。


「え、ええ……」


 とりあえず答えたものの、思わず視線を逸しちゃったわ。


 昨日の晩、発情したタマが訪ねてきて関係を持ったの、やっぱり知ってるんだな。……まあ当然だが。タマ、吉野さんに服まで用意してもらって、風呂入ってきてたし。


 タマを抱いた感覚が、まだ体に強く残っている。体中舐めてもらいたがった、いじらしいタマ。なんてかわいいんだろうか。


 ついさっきまで、裸のタマが、俺の隣ですやすや寝ていた。今はもう戦闘用の普段着に着替えて、召喚を待っているとは思うが。


「良かった」


 吉野さんは瞳を和らげた。


「行く前のタマちゃん、珍しく緊張してたから」

「そうなんですか」

「うん」


 天井を見上げると、吉野さんはなにか考えていた。


「かわいかった?」

「まあ……」


 それにしても、いいんだろうか。こうして呑気に話題にして。だってそうだろ。俺と吉野さんは、今は恋人同士のようなもんだ。発情で仕方ないとはいえこれ、昨日俺が浮気したって話だからな。


「別に問題はないわよ」


 心を読み取ったかのように呟くと、ペンを持つ俺の手を握ってくれた。


「そう。問題なんかない。そもそも平くん、レナちゃんとも仲良しだし。……それにタマちゃんと仲良くなったら、私のこと嫌いになる?」

「いえ」


 俺は首を振った。五万パーセント、あり得ない。断言できる。なぜなら俺、吉野さんのことが大好きだからな。


「そんな事はありません」

「ならいいじゃないの。私達、家族みたいなもんでしょ」


 あっけらかんとしている。吉野さん、最初に会ったときから、ちょっと普通とずれてるところがあった。これが吉野さんの感覚なんだろう。


 それに俺も同じだし。普通の働き方ができず、会社で浮きまくって左遷回転寿司みたいな事態になってたからな。あちこちの部署たらい回しになって。人気のない寿司ネタだから、誰も手に取らずにレーンをぐるぐる回ってカピカピに乾くだけというwww


「まあ……俺も正直、最近そんな感じがしてます」


 普通の家族とは随分違うが、それでも家族感覚あるんだよなー、実際。みんなといるとさ。多分、相性がいいんだ。そもそも相性がいいからこそ、使い魔候補に選定されたわけだしな。


「じゃあそろそろ、みんなを呼ぼうか」

「はい、吉野さん」


 なんか今日は、吉野さんに仕切られるな。タマと関係を持って気まずい俺を、気遣ってくれてるのかもしれんな、これは。


「今、レナとトリム、あとキラリンを出します」

「じゃあ私はタマちゃんね」


 みんなを召喚した。


「おはよう、ご主人様。今日も頑張ろうねっ」

「平、今日はあたし少し眠いんだけど。お昼になんちゃってビール飲んでいいかな。ノンアルのにするから、三本くらい、いいでしょ」

「お兄ちゃん、あたし今日、絶好調だよ。あたしもビールもらうねっ」

「おはよう、ふみえボス。それに平ボスのボス」

「お、おう。みんなおはよう」


 タマはやはり革ジャケ姿になっていた。俺ん家に持ってきた荷物にあれ、入れてたからな。


 それにしてもタマの奴、少しは態度違うかと思ったが、まったく普段と変わらなくて拍子抜けしたわ。むしろ俺のほうが妙に照れて、タマの顔見られなかったくらいだ。


 最初からタマと俺の絵図を描いて悪巧みしたに違いないレナは、もちろん俺とタマの顔、にやにやしながら見比べてたし。相変わらず悪趣味な奴。トリムとキラリンは当然、気づいていない――と思う多分。トリムとキラリンが知っててあの態度だとしたら、俺、女怖いわw


「さて、今日からいよいよアスピスの大湿地帯攻略に入る」


 気を取り直した俺は、声を張り上げた。


「いいかみんな。作戦はこうだ――」


 全員に作戦を説明して、湿地帯用の装備を身に着けさせた。それからキラリンの力でライカン村に飛び、キングーをパーティーに加えて、やはり装備を整えさせた。キングー用の装備はこっちで事前に用意してあったし。


 修羅場での行動時間を確保するため、キラリンを一時的にスマホ形態に戻さないとならない。それはドラゴンを呼んでからにする。一応顔見せしときたいからな。


 村外れ、もう誰からも見られない山陰に入ったところで、ドラゴンの珠に呼びかけた。


 イシュタルの奴、快く引き受けてくれたよ。魔族相手の噴炎など久し振りだとか、妙に張り切ってた。きっと、前回の吉野さんのマッサージ、よっぽど気持ち良かったんだろうな。


 さて、ここからが問題だ……。


 ダメ元で空に向かい、俺は大きく息を吸った。叫ぶ。


「ドラゴンロード、手を貸してくれ。お前の力がぜひとも必要なんだ」


 俺の言葉は、空に吸い込まれた。異世界ならではの、いつでも春のような穏やかな風が、木々を揺らす音が聞こえる。


 俺の行動を、退屈しのぎの「趣味」として観察してるからな。ドラゴンロードのエンリルは。もちろん聞こえたはず。ああ、名前で呼び掛けなかったのは、キングーがいたからさ。相手は天使の子とはいえ、一応、エンリルの真名は隠してあげないと。


 少し置くと、空から声が聞こえてきた。エンリルの声だ。


「いいだろう、平よ。余は曲がりなりにもお前の使い魔。ましてやグリーンドラゴンまで協力するとあらば、ドラゴンロードとして、手を貸さんわけにはいかんな」

「ありがとうドラゴンロード。助かるよ」


 天空の一点が輝いたかと思ったら、もうエンリルが着地していた。相変わらず、物凄い速度だ。巨大ドラゴン着地の衝撃で、大地が揺れた。今頃、ライカン村では地震が二度も巻き起こったとか、大騒ぎになっているはずだな。


「手助けはしてやる。……だが、平の計画には大きな穴がある。お前、アスピスの大湿地帯を甘く見過ぎだ」


 目玉焼きほどもある、大きな蛇眼で見つめられた。ついさっきの、吉野さんとの計画会議まで、しっかり見ていたんだな。


 とはいえ俺の計画に、大きな穴? どういうことなんだ、エンリル……。

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