8 アスピスの大湿地帯攻略

8-1 王宮クラブハウスのアーティファクト

「さて、これからどうしようか」


 朝、シタルダ王宮の俺達の部屋――通称「王宮クラブハウス」――に転送されると、吉野さんが見回した。まだ異世界に着いたばかりだから、もちろん使い魔は誰も召喚していない。


 周囲には、俺達が今使っている各種の装備がきちんと整理されて置かれている。


 ドワーフから一時的に借用中のミスリル鎧だの、ミネルヴァの大太刀、暇な時にトリムが作り貯めた大量の矢や矢筒、火炎弾やポーションといった、戦闘用具。イシスの黒真珠やドラゴンの珠の類の、貴重なアーティファクト。それにビーチパラソルやバスケットに入ったピクニックセット、各人の水着や着替えといった遊び道具まで。


 正直、雑多すぎるし大仰な戦闘道具まである。なんか文化祭準備中の物置って感じだな、これ。仮眠用の寝台まで運び込んであるし。


 マハーラー王の許諾を得て、この部屋は王宮魔法で封じてもらっている。だから俺達の許可が無ければ、誰も入れない。王宮で盗みを働く輩もいないだろうが、念のためな。


「そうですね。アスピスの大湿地帯をどう攻略するか、課題を考えてみたんです」

「うん」

「課題を整理して、いくつかに分けましてね」


 大テーブルに並んで座った。


「アスピスの大湿地帯攻略を妨げる要素は、簡潔にまとめれば三つあると思うんです」


 積んであるA4用紙を一枚取ると、ボールペンを走らせる。経営企画室のプリンターから、束でかっぱらってきた紙だ。


一 湿地帯自体が遠い

二 湿地帯の毒をどうする

三 本拠地には敵が多い


「たしかにそうね」


 隣から、吉野さんが覗き込んできた。異世界に行く日だから、戦闘時に危険な眼鏡ではなく、もちろんコンタクトレンズ装着だ。


 三つの課題のうち、毒については、天使の子、キングーに同行してもらうことで中和できる目処は立っている。俺はそう説明した。


「問題は、一と三というわけね」

「ええ吉野さん。俺、ここはドラゴンが鍵じゃないかと」

「ドラゴンって……」


 驚いたのか、俺の顔を覗き込んできた。


「グリーンドラゴンのイシュタルさん? あともしかして、平くんが仮契約中の使い魔、ドラゴンロードのエンリルさん」

「ええ。連中さえ召喚できれば、遠かろうがひとっ飛びでしょ」

「たしかに……」


 課題二の部分を、俺は指でとんとんと叩いた。


「なんなら毒沼なんかも、ドラゴンで越えちゃえばいい。天使の力を持つキングーは、魔族との対決まで考えて、念のため連れて行くとしても」

「なるほど。たしかにそれはいいわね」


 頷いている。


「本拠地までひとっ飛びしたら、雑魚は初手でドラゴンに焼いてもらうわけです」

「大量の敵のほとんどを消してしまえば、かなり楽になりそうね」

「なんせ魔族だ。ボス級は、ドラゴンが吐いた炎を防ぐ魔法だか呪術だかを使ってくる可能性はある。それでも雑魚がいなければ、ペルセポネー奪還はかなり楽になるはずだ」

「それになにも親玉まで全滅させる必要ないものね。ペルセポネーさんが囚われている牢屋だかなんだかを破ればいいだけだし」

「そういうこと」


 そこが大ポイントなんだよな。


「なんならドラゴンには陽動として、目立つように正面で大暴れしてもらえばいい。敵をひきつけてもらって」

「私達だけ、こっそり牢屋に忍び寄るのね」

「ええ。牢屋の場所をどう知るかって問題はあるけど、獄司ごくしなんて普通は雑魚だ。防御が無人になったら、あとは牢屋を破るだけ。鍵じゃなく、おそらく魔法で封じてある。それならイシスの黒真珠かミネルヴァの大太刀、バスカヴィル家の魔剣、どれかで突破できる可能性は高い」

「キングーさんもいるしね」

「そうなんですよ。彼には――彼女かもしれないけど、とにかくキングーには、天使の力がある。アスピスの大湿地帯の魔法封印は、あいつの周囲だけは消滅するって話だし、牢獄もそうであるかもしれない」

「あんまり期待はできないわね。シタルダ王国と亜人の世界の国境に、誰かが魔法封印を施した。その封印は、キングーさんでも破れなかったって言ってたから」

「強力らしいですもんね、国境封印は。多分封印といっても、種類がいろいろあるんでしょう」

「いずれにしろ、ドラゴンさんが協力してくれるかどうかが、ポイントね」

「どう思います。吉野さん」

「そうねえ……」


 頬に手を当てて、吉野さんはしばらく考えていた。


「平くん。ついこの間、イシュタルさんの巣穴に私、一夜妻しに行ったでしょ」

「はい」


 言葉こそ危なげだが、単なるマッサージだ。


「そのときの感触だと、多分協力してくれると思うわ。なんかご機嫌がすごく良かったし」

「それに吉野さん、イシュタルのドラゴンライダーですものね」

「そうそう。だから多分大丈夫」


 ドラゴン族は、真に心を許した者だけを背に乗せる。ドラゴンライダーとして。ドラゴンはプライドが高いため、まず人なんか乗せない。この世界の長い歴史でも、ドラゴンライダーは数えるほどだそうだ。なんでも、前のドラゴンライダーは、たったひとりで大陸の多くを支配したとか。


「……でも平くん。ミッションの難度を考えるなら、ドラゴンロードのエンリルさんにも協力してもらいたいところね」

「ええ」


 そうなんだけど、最悪、エンリルに断られたってなんとかなるかなとは思っている。なんせイシュタルが協力してくれるだけでも、かなり違う。エンリル不在の悪影響は、最後の敵一掃部分だけになるからな。それだって、イシュタルの噴炎で充分かもしれないし。


「ところで昨日、タマちゃんはそっち行った?」


 吉野さんは、急に攻め込んできた。


「えとあの……」


 唇が強張って、うまい言葉が出てこない。


 吉野さんと会うんだから、なにか聞かれたらどう返すか、事前にいろいろ考えてはおいた。なのに本番になるとこれだからな、俺。


 くそっ。どう答えればいいんだ……。

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