1 ラスボス降臨
1-1 反社長の天秤
「状況は厳しいわね」
いつもの銀座七丁目ワインバーの個室。テーブルに置かれた一枚の紙を前に、吉野さんが眉を寄せた。
個室の大きなテーブルにはグラスふたつと、赤ワインのデキャンターが置かれていて、どっしり芳醇な葡萄の香りを振り撒いている。だが俺達は口を付けていない。
自由に使えと社長の許可を取ったのをいいことに、今日はふたりっきりで来ている。もちろん、反社長派の動きをふたりで検討するためだ。社長は同席していない。
「平くん、この読み自信があるの」
吉野さんが、A4用紙を指でとんとんした。そこには、三木本商事全取締役の名簿と、俺が面談してわかった「票読み」が、びっしりとまとめてある。
「ええ吉野さん。かなり時間を掛け、用心深く接触しましたからね」
なんせ俺は社長派と目されている。それだけに特に反社長派役員はだいたいどいつもこいつも、最初は俺を警戒する。でも俺が「破天荒な無責任社員」という評判は、社内に広がりまくっている。おまけに連中は役員会議で俺のトンデモ行動を目の当たりにしてるし。
それだけに「切り崩しやすい筆頭」と思われているし、そもそも俺は取締役じゃないから票がない。表がないから俺が社長を裏切っても、遺恨は生じにくい。なので反社長派役員は、ここぞとばかり俺に離反を勧めてくる。それに興味がある体を装って、のらりくらりと相手を値踏みしてきた。
「そうよね……。平くん、ここひと月くらい、役員との会合に入れ込んでいたものね」
実際、異世界にはあまり行ってない。行くといろいろ思い出すし。もっぱら別大陸に渡るための情報集めで向こうに行く程度で、ほとんどの時間を現実世界での「役員接触」に費やしてきた。今、反社長派が公然と動き出しているのは、役員連中なら全員知っている。それだけに俺が異世界事業を放り出して動いていても、問題視する馬鹿はいない。むしろ俺の動きを探ろうとする野郎ばかりだからな。
それに……。
「それに……その、仕事に没頭していると、助かるというか」
「辛さが和らぐのね、トリムちゃんのことの……」
手を伸ばしてくると、俺の手の甲を撫でてくれる。
「ごめんね。私が平くんの支えにならないといけないのに」
「いえ。吉野さんには本当に支えられてます。本当に」
「そうならいいけれど……」
「ええもう。仕事でも支えてくれるいい上司だし、作ってくれるご飯は最高。それにベッドでも俺にしっかり応えてくれて……いやその……」
吉野さん、まっかになっちゃったわ。いかん口が滑った。でもガチ、吉野さんと一緒にベッドに入ると天国だからなー柔らかいし熱いし、俺の動きにかわいらしく反応してくれるし……あーいかん、今すぐにでもしたいわ。ここでやったのバレたら社長に殺されるから我慢するけどさ。
「すんません」
「そう……いうのは……後でね」
やんわりと、手を握ってきた。
「後で……その……ベッドで……ね」
「は、はい」
ふたり、しばらく黙って見つめ合った。ワインのいい香りが、俺の鼻をくすぐる。
「と、とにかくですね」
俺は紙を示した。ここでいちゃついてても、話が進まん。今日はこの後、緊張せざるをえない案件もあるしな。
「三木本商事の役員は二十一人。けど半分程度は執行役員であって、取締役会の構成要員じゃあない」
「ウチの取締役は、十三人」
「ええ。会長、社長、副社長、専務。あと常務が三人。それにヒラ取が五人」
「最後に社外取締役がひとりよね。メインバンク三猫銀行の常務さん」
「俺は全員に接触しました。ミキモトインターナショナルのプレジデントだけは海外勤務なんで、ウェブ会議ですが」
「その取締役十三人の票読みがこれってことね」
「ええ」
再度、俺達はペーパーに目を落とした。そこにはこう書かれている。
△代表取締役会長 社内権力は事実上ないが、取締役会で票がある
○代表取締役社長
△代表取締役副社長 風見鶏を自認、反社長優勢なればそっちにつく
○代表取締役専務 兼 金属資源事業部長 三木本Iリサーチ社役員 社長レース本命だけに裏切る動機なし
○代表取締役常務 兼 ミキモト・インターナショナル プレジデント 三木本Iリサーチ社役員
○常務取締役・最高財務責任者 メインバンクからの落下傘役員で、社内融和派
×常務取締役・経理担当 三木本Iリサーチ社役員 例の「永野」。おそらく黒幕。謎の社内権力を持つ
×取締役 システム開発・外販室担当 三木本Ⅰリサーチ社役員 俺のダイヤ疑惑を持ち出した奴
×取締役 兼 オルタナティブ資源開発事業部長 三木本Ⅰリサーチ社役員 裏切り要注意人物だったが、永野に勧誘され反社長派に染まったようだ
×取締役 兼 貴金属・レアメタル事業部事業部長 三木本Ⅰリサーチ社役員 反社長派の可能性高まる
△取締役 兼 途上国権益探査室長 三木本Ⅰリサーチ社役員 アプローチは受けているようだが、態度を明確にしていない
○取締役 労務担当 三木本Ⅰリサーチ社役員 俺に説得され川岸を叩き出した
△社外取締役 三猫銀行常務
「ここまでの星取りだと、マルつまり社長派が五人、バツの反社長派が四人。もうすっかり拮抗してるわね。首の皮一枚じゃない」
「ええ。態度をはっきりさせてない三角野郎が四人。でも彼らの多くは様子見というか風見鶏だ。反社長派があとひとり突き崩して五分五分になれば、流れは反社長にありと見て、雪崩を打ってなびくでしょう。社長はもう相当追い込まれてます。経理担当常務、つまり永野の野郎ですが、仕掛けるタイミングが完璧でした」
「とりあえず飲みましょう」
「はい」
俺と吉野さんは、グラスの赤を口に含んだ。ビンテージ銘品ならではの、複雑なアロマとフレーバーが口に広がる。
「うん。デキャンティングしてしっかり寝かせたし、なんとか開いているわね。……にしても固いわねーこれ。これだけ長い間、空気に触れさせても、まだまだ開く余地がある」
吉野さんは舌を巻いている。
「うまいっすねーこれ。俺みたいなワイン音痴でもわかるし」
「今日は特別だものね。社長が口を利いてくれたから、ママさんからとんでもない一本が出てきた」
「ちょっと嫌ですねー、この後考えると」
「そんな顔しないの」
笑われた。
「取って食われたりしないわよ。ちゃんと私が話してあるし。……それより、個別の評価を聞かせて」
「はい」
最上部「会長」のところを、俺は指で叩いた。まずはこいつからだ。
吉野さんとふたり、しっかり情報共有して動かないとな。
●取締役連中の票読みを披露する平の前に、意外すぎる人物が姿を現す……。
次話「○○○降臨」、平お前、正念場だぞwww
●新作「パパ活冒険者の下剋上」、連載開始しました!●
底辺社畜の転生先はまたしても底辺冒険者! 転生早々どん底まで落ちた社畜が、拾った孤児にパパと慕われながら人生大逆転する痛快作。現在6話まで公開済みなので、ぜひ試し読みしてみて下さい。
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https://kakuyomu.jp/works/16817330648520597886
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