5-4 ダイヤ三粒の鑑定
「お待ちしておりました。平様」
「お久し振りです、貴船さん」
差し出された手を、俺は握り返した。
ここは銀座四丁目、
「なかなかいらしていただけないので、他の店をご利用かと、やきもきしておりました」
「他意はありません。いろいろ異世界で忙しかったもので」
なんたって、最初に二カラットほどのダイヤを一粒売っただけだ。その後何度も催促されてはいたが、忙しかったので延ばし延ばしにしてきた。
今日来たのは、そろそろ次のダイヤを見てもらう頃合いだなと、戦略的に判断したからだ。ひとつめの評判も知りたかったし。
「お座りください」
「よろしくお願いします」
席に着く。扉が開いて、年配の女性が、お茶を運んできた。
「
いい香りだ。微かに湯気の立つお茶を、さっそくご馳走になる。口に含んだときのフレーバーもいい。それに甘い。
「いいお茶ですね」
「お得意様が八女で茶農家をやっておられまして。いつも送ってくださるんですよ」
貴船さんは、うれしそうに微笑んでいる。
「梅雨頃にお預けしたダイヤは、売れましたか」
「ええ。すぐに」
頷いた。
「店頭には出しておりません。異世界ものは初の流通。とても貴重ですし、変な憶測を呼ぶのも避けたい気持ちがありまして」
「誰が買いました」
「そういう事情なので、何代にも渡って当店をご利用頂いている、宝石の価値をよくご存知の方だけに、お声掛けしております。絶対に転売などせず、しかも喧伝して回るような行為もしない、しっかりした方です」
「そうですか」
「もうたいへんなお気に入りようで、加工中というのに商談がまとまりました」
「良かったですね」
いくらで売ったんだろうな。たしか二・三五カラットの石で、一八〇万円で買い取ってもらった。加工コストや店舗維持の間接費、在庫リスクや売れるまでの原価の金利、利幅など考え合わせると、倍額か三倍程度とは思う。だが俺は、宝石のことはよくわからないからな。ダメ元で聞いてみるか。
「いくらだったんでしょうか」
「平様……」
貴船さんは、なぜか微笑んだ。
「普通はお教えしないのですが、平様は信用しておりますし……。それに商社の方なら、流通に伴ういろいろなコストはご納得いただけると思いますので」
傍らのパソコンをしばらく触ってから、顔を上げた。
「二七〇万円ほどですね」
「思ったより安いですね」
「今回は初めての異世界案件のテスト販売ということで、当店も加工コストしか乗せておらず、間接費も利益も算入しておりません。それにアクセサリーに加工せず、カットし研磨した素の石で納品しましたし」
「なるほど」
「今回からは、当店も通常どおりのコストを頂戴する予定です」
「儲けてくださいね」
「ありがとうございます。……ところで、本日は三点ほど原石の査定ご希望と伺っております」
「そうですね。これです」
毎度おなじみのボロ小銭入れを取り出すと、テーブルに拡げられた黒い
「おっ!」
いつも上品で穏やかな接客マネジャー貴船さんが、意外にも叫び声を上げた。
「これはまた……大きいですね」
「はい」
ころころと天鵞絨に転がったダイヤモンド原石は三つ。小さいのがふたつに、直径一センチを超えるくらい、つまり大豆ほどの大きさのダイヤがひとつ。
「書類は揃っておりますよね」
「ええ。前回同様、シタルダ国王の産地証明書と譲渡証明書があります」
「いや驚きました」
椅子にぐっと背をもたせかけた。俺の目をじっと見つめてくる。
「異世界にこれほど大きなダイヤがあるとは」
「ダイヤといっても、いろいろあるようですよ」
曖昧にごまかしておく。
今回の査定目的は、ふたつあるんだ、実は。
ひとつはまず、大きめのダイヤの価値を知ること。もうひとつは、複数持ち込むことで、今後は継続的に複数持ち込む可能性があると、それとなく悟ってもらうことだ。
まあ大きめといっても、実は手持ちのダイヤでは小さいほうだ。俺が譲渡されたダイヤには、もっととてつもなく大きなものがゴロゴロしている。ただそれ持ち込むと、絶対大騒ぎになるからな。
そもそも価格数億円とかなると、買える客も限られるだろうから、天猫堂も販売に苦労するだろうし。
何度も小粒を取引して、俺がダイヤ価格や売却の勘所をわかってからだな。その手を持ち込むのは。その頃には天猫堂にも、異世界ダイヤをさばく販売ルートやノウハウが溜まってるだろうし。
それにそもそも、金が欲しいわけじゃない。
俺は車も買わないし、住まいは安アパート。服だってコスパのいい安い奴中心で、最低限の枚数しか持ってない。半額弁当となんちゃってビールが大好きだ。トリムが出入りするようになって、ただでさえ狭い部屋がよりキツく感じたので、どうでもいいモノはあらかた捨てた。
つまりその気もないのに、勝手にミニマリストになってる感じよ。他人から見たら、意識高い系だか低い系だか絶対わからん謎の存在だな、俺。
たまの飲み屋以外贅沢しなかったから、たらい回しになってた左遷社員のときでさえ預金が増えていた。いずれ辞める方向に追い込まれると考えてて、そのときに備えてってのもあるしさ。
それが今や、給料だけで年収何千万とかだからな。異世界子会社に左遷される前の十倍……までは行かないか。まあ八倍くらいはある。たまに吉野さんと高めの遊びをしたって、たかが知れてる。三猫銀行の普通口座に放り込んだままの金が、勝手にどんどん増えてるわ。
あーほら、ウチ、メインバンクが三猫だから、給料振込口座もそこ指定なわけよ。実際、最高財務責任者の石元も、三猫銀行から送り込まれてるしな。
「いずれ辞めることになる」ってのは、まあ今でも思ってるけど。俺の性格だしさ。遅かれ早かれそうなるに決まってるわ。
いずれにしろ、金はどうでもいいのにダイヤを捌くのは、やり取りが面白いからさ。底辺社員とはいえ俺も商社マン。商売人の血が流れてるんだろう。
例によって光分析計でダイヤの真贋を判定した貴船さんは、ダイヤを天鵞絨に戻した。
「ではまず、小さなほうから鑑定いたします」
一番小さい粒を、精密質量計に載せた。液晶に表示された重量を確認する。
「〇・八五カラットですね」
一カラットは〇・二グラムほど。つまり約〇・一七グラムくらいってことか。直径にしてだいたい五ミリ超えるくらいの石だから、指輪にするなら、そこそこ大きな石と言えると思うわ。
「では拝見します」
拡大鏡を取り出すと、観察用の強い照明を直接当てて、ダイヤを鑑定し始めた。
「うおっ。こいつは凄い」
いつも丁寧な貴船さんらしからぬ叫びだ。特に大きな石ってわけでもないのに。なにが起こったんだ、いったい……。
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