5-3 役員会議で大暴れして、最高財務責任者を論破する

「経営企画室の異世界新規案件についてご説明します」


 マイク片手に俺が声を張り上げると、居並ぶ二十人かそこらの役員どもの視線が、俺に集まった。ぴんと張った緊張感が、部屋に漂う。


 くあー。この瞬間が最高だぜ。生きてるって実感するわ。


「まず最初に申し上げますが、経企は、補助金のような小銭を稼ぐ部署じゃあない」


 おおっという声で、部屋の空気が揺らいだ。


「小銭とか……ちっ」


 秘書室帳を挟んで向かいに立つ川岸が、歯を食いしばったんで笑ったわ。


「失敗するか成功するか、誰にも読めない博打を打つところだ。そうでしょ副社長」

「いやそれは……」


 俺に急に振られて、苦笑いしてるな。びしっと撫でつけた白髪頭を撫でながら。


「そういう見方もあるかもしれん。だが経営陣の一員として、はっきり肯定はできかねるな」

「財務を預かる身としては、平くんのそれは、看過できない発言だな」


 CFO、つまり最高財務責任者たる石元が、大声を張り上げた。なんだよこいつ。手下の川岸をフォローとか。


 俺はマイクを握り直した。


「まあいいです。とにかく俺と吉野さんは、人間の地、シタルダ王国を離れ、『蛮族』と呼ばれる、前人未到のモンスターの地に踏み入った」


 亜人あじん、つまり人間と人型モンスターとの混血であるデミヒューマンをあえて「モンスター」と言い切ったのは、説明が面倒だからだ。頭の固いハゲが並んでるんだから、ファンタジーではどうのこうのと説明したって意味ない。わかりやすくないとな。


 前人未到はちょっと盛り過ぎたが。本当は、アーサーとかスカウトが入り込んだりしてるしな。まあそれもハゲに説明するとなると長くなるしさ。


「なぜならそこには、とんでもない資源の眠る可能性があるから」

「どんな資源だね」


 副社長は、興味津々といった様子だ。


「それはまだわかりません」


 失笑が広がった。マジックアイテム云々は、役員連中にはまだ話さないつもりだ。なるだけ話さずに切り抜けたい。成果に関してどうしても会議で追い込まれたら、披露して逃げる。つまり隠し玉にしておきたいんだ。


「平くん、相変わらず、君は馬鹿だな。シニアフェローに昇格して、少しは賢くなったかと思ったが」


 副社長が茶化すと、役員連中が爆笑した。


「後ろを見てみろ。君がいたずら書きしたプロジェクタースクリーンを。馬鹿の記念碑だぞ」

「はあ」


 俺は、わざとらしく大げさな動作で振り返ってみせた。書き込み自体は、役員会議室に入ってすぐ確認済みだしな。


「誰だか知らないが、いいこと書いてますね。『補助金がなくなっても儲かる仕組み』とか。……我が社の標語にしましょう」

「アホか、君は」


 失笑してるわ。


「まあいい。話を続けたまえ」


 手を振って促してきた。


「とにかく、でかいヤマになる……かもしれない。空振りかも。経営企画室の案件会議では、ヒャクイチ扱いだ」

「なんだねそれは」


 誰かが質問してきた。


「百回挑戦して、一回当たるかどうかってことです」

「そんなの事業としてやっていけるか。ここは商社だぞ。財務面からも認められん」


 石元CFOは、口を尖らせている。まあ財務の最高責任者だからな。B/Sが悪くなる業務に敏感になるのは、仕方ない。ついでに俺を下げて、部下である川岸を守ってるってとこだろう。


「それこそ経営企画室の存在価値でしょ。経企のコストは、全社配賦はいふの間接費。誰にも迷惑なんてかけてない」


 俺は相手を見据えた。


「それに俺と吉野さんは、マッピング事業でも、一時的とはいえ、これまでの二百倍の踏破距離を稼いだ。補助金のほとんどは、今でも俺と吉野さんが稼いでいると言い切っていい。違いますか」

「それは……」


 悔しそうな顔で黙った。俺みたいな二十代の若造に論破されて悔しいんだろう。


 おまけにこっちは、つい半年ちょい前までは、社内で最低評価の左遷底辺平社員だったしな。


 それから謎の超高速大出世を繰り返しただけだから、社内全体の俺に対する雰囲気としては、やっかみと嫉妬、それに軽蔑が一般的だ。


 そんなん俺は気にしない。馬鹿にされるのは底辺社員だったときの日常だし。


 川岸みたいなカスにだって、いくらコケにされてもいい。ただあいつ、吉野さんをいじめてきやがるからな。俺のことはどう言われても構わんが、俺のかわいい上司に対し、それだけは許せない。


「マッピング事業を事実上支えているのは、俺と吉野さんだ。ならおまけで宝くじ買うくらい、認めてもらってもいいのではないでしょうか」


 俺が畳み掛けると、不承不承といった風に認めた。


「まあ……たしかに……」

「俺と吉野さんは、遊んでるわけじゃない。会社のために、モンスターが跋扈ばっこする危険な地域に踏み込んで、宝を探してるんだ」


 言葉を切り、内容が役員連中に染み通るまで待った。それから続ける。


「川なんとかという奴がのろのろ遊んでる、ぬるい初心者エリアじゃあない。一歩一歩が死の危険に満ちてる、蛮族の地です」


 マイクを握り締め、ここぞとばかり声を張り上げた。


「ついこの間も、狭い橋の上で危険なモンスターと戦闘し、そのまま大河に落ちて流され溺れかかった。休む間もなく高山登山だ。足を踏み外したら何百メートルも滑落し岩で摩り下ろされて、『もみじおろし』になるのは明白」


 自分で考えても、どんな業務だと思うわ。ここ本当に商社かw


 まあウチの創業者は明治初期の混乱期、鉱山利権を得るため、ど田舎の、ヤクザが仕切る危険な鉱山やま村を回って、だんびらで腕一本取られそうになったり、丁々発止しながら鉱夫からの信頼を築いていったって話だ。


 今の三木本商事は、権力闘争に明け暮れるケツ舐め野郎ばかりが社内でえばり腐ってるだけの、ただのリーマン商社に成り下がってるけどな。


 その意味では俺と吉野さん、先祖返りしてるのかな。創業者のおっさん、地獄から俺達を見てなんて思ってるのか、訊いてみたいわ。


「俺と吉野さんは、そんな危険な場所で業務に励んでいる。もちろん、これからも全力で大暴れします。だから長い目で見ていてください」


 俺の宣言に、社長や副社長、アヤつけてきたCFO石元含め、全役員が頷くのが見えた。

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