5-2 川岸の野郎に格の違いを見せつける
役員会議室。例の楕円形の大きな机の周囲に、役員が二十人弱くらい陣取っていた。秘書室長を挟んで、俺と吉野さん、川岸と山本は立っている。
背後のプロジェクタースクリーンには、春に俺が書き込んだ「補助金がなくなっても儲かる仕組み」って文字列が、まだ残ってたわ。
相変わらずケチだなあ社長。スクリーンくらい買い直せばいいのに。書き込んだ俺が言うのもなんだが。
「次の案件です。三木本Iリサーチ社の新体制移行に伴う、異世界マッピングプロジェクトの現状報告と展望について、三木本Iリサーチ社の川岸課長より説明があります」
続いて秘書室長は、吉野さんを手で示した。
「続いて、経営企画室の吉野シニアフェローより、マッピングプロジェクト以外の異世界案件についても」
「いちいち分けるのは面倒だ。まとめて報告させたまえ」
例によって鋭い口調で口を挟んできたのは、もちろん社長脇に陣取る副社長だ。ウチは代々、副社長は上がりポストで社長昇格の目がない。
それだけに副社長は、誰の顔色を窺う必要もないので、言いたいことをガンガン放り込んでくる。こないだの役員会議でもそうだったしな。
「は、はい。ではそのように」
手元のレジュメを慌ててめくると、なにか書き込んだ。それからマイクを川岸に渡す。
「最初は川岸課長です」
「九月一日より新体制に移行した三木本Iリサーチ社は、本社にオフィスを移転することで業務効率を飛躍的に上げました」
いや業務はもっぱら異世界だってのに、こっちの世界のオフィス変えたって効率もくそもないだろw おきれいなオフィスに移ったのを正当化してるだけだな、これ。
とにかくそこまで説明すると資料から顔を上げ胸を張って、川岸が、ここぞとばかり声を張り上げた。
「結果、九月頭からの二週間で、マッピング距離はこれまでの二週間平均の十倍に達しました」
「十倍だとっ」
どよめきが巻き起こった。気持ち良さそうに、川岸はそれを聞いている。
「……」
「川岸課長」
いつまで経っても川岸が続けないので、秘書室長が催促した。川岸の奴、どよめきは自分への称賛かなんかだと勘違いしてるんだろうな。いつまでも浸っていたいってか。
「これは失礼。役員諸兄に、時間を取って理解していただきたかったので」
余計なひとことを挟んで続ける。
「それもこれも、私と山本、つまり新チームの功績かと」
「待ちたまえ」
社長が口を挟んだ。
「九月からは、君達三木本Iリサーチ社だけでなく、前担当者である吉野シニアフェロー組の走破距離も加算されているはずだ」
「なるほど。単純計算で二倍にはなって当然か」
誰かが発言した。
「でも十倍ですから」
秘書室長がとりなした。
「君達と、吉野フェロー組との走破距離の比率はどうなっている」
「は、はい……」
助けを求めるように、川岸が秘書室長を見る。
「走破距離は合計されていますので」
控えめに、秘書室長がフォローした。
「いいから話せ。どのくらいだ」
「はい……」
社長に再度促され、川岸は口を開いた。
「おおむねですが、百対一です」
「ほう……」
またどよめきが湧いた。
「新スタッフは優秀と見える」
「川岸君は営業でもそれなりの成績を残していたしな。さすがだ」
「いえ……」
あたふたと、秘書室長が手元の資料をめくった。
「補足しますと、吉野シニアフェロー組が百。川岸課長組が一です」
「なんだとっ!」
どよめきが騒音レベルまで高まった。
「どういうことだね。川岸くん」
社長が川岸を睨んだ。
「い、いえ。どういうわけか、吉野と平の野郎――いえ吉野シニアフェロー様組が一時、これまでの二百倍近いペースで距離を稼いだので」
しどろもどろになってるな。
二百倍近いペースってのは、例の馬車で爆走した期間のことさ。川岸の野郎の手柄になってでもあそこで馬車を使って距離稼いだのは、格の違いをはっきりさせておきたかったからだ。
異世界での行動に、ヘンな制限加えられたくなかったからな。そのためには、放し飼いでこそ俺と吉野さんは輝くって、経営陣にわかってもらわんと。戦略だったのさ。
「つまりほとんどは、吉野くんの手柄というわけか」
「いえあれは……よくわかりませんが……なにかイレギュラーな手段で距離を稼いだと思われるので。事実、そこから連中、極端に進みが遅くなりましたし」
そりゃ、えっちらおっちら山登りしてたんだから、距離が行かないのは当然だ。
「関係ないだろ」
社長が言い切った。
「九月になってから離されてるだけじゃない。計算してみればわかる。君達は、異動前の吉野組の走破速度の、十パーセントかそこらしか進んでないじゃないか」
「それは……山本がまだ異世界に慣れておらず、足を引っ張ったので」
いきなり自分のせいにされて、山本が目を見開いた。信じられないという瞳で川岸を横目で窺った。発言はしない。
「こ、これからは大丈夫です。山本も、もう慣れたので」
川岸はまた胸を張った。まあ、シャツに惨めな茶の染みがあるから、あんまり張らないほうがいいとは思うが。
「それに誰が距離を稼ごうが、マッピング距離は、新生三木本Iリサーチ社、つまり私の業績です」
はあそうすか。へこたれない野郎だぜ。
「それはただ仕訳上での話だ。実際の貢献者が誰かは、火を見るより明らかだろう」
社長の一喝に、会議室の空気が凍りついた。まあ正論だし。
副社長が変なこと決めて引っ掻き回さなかったら、俺と吉野さんの業績が圧倒的なこと、最初からきっちり分けて伝えられたのにさ。副社長があんなこと言うから、両チームの業績がごっちゃになって、一時的とはいえ川岸の手柄のように発表されちゃったわけで。
社長が口挟んでくれて、マジ助かったわ。俺と吉野さんを三木本Iリサーチ社から叩き出した連中を牽制し、俺達を守ってくれたってことだろう。狸社長、やるときゃやるな。
俺と吉野さんは、すでに社内では社長派閥の新興幹部扱いになっている。この会議での社長フォローで、その見方がさらに社内で広がるだろう。だが、別に俺は構わん。
社長一派といっても、ケツ舐めてるわけじゃない。社長とは是々非々でやってる。いつだってガンガン文句言うからな、俺。
左遷や降格の脅しも、昇給や昇格の餌も通じない俺は、使いにくいコマだろうな。きっと。それでも社長が俺に頼ってくるのは、俺と吉野さんの働きを高く評価してのことだろう。
「まあいいじゃないですか、社長。川岸課長の言うとおり、業績は上げているので」
フォローしたのは、金属資源事業部の事業部長。川岸の古巣だ。
元部下をフォローして、恩を売ったってとこだろう。川岸がまさか社長レースライバルたる石元CFOの(多分)手駒になってるとは、事業部長は知らないからな。
「で、では吉野シニアフェローより、経営企画室主導の、異世界案件について報告します」
とりあえず話が収まったので、秘書室長、露骨にほっとしてるな。さすが見ざる言わざるの牙城たる秘書室を仕切ってるだけはある。
「はい」
吉野さんがマイクを受け取った。
「経営企画室としては、旧三木本Iリサーチ社から異世界食堂案件を引き継ぎ、さらに新規案件にも取り組んでいます。食堂案件については、このように――」
発表台のパソコンを操作して、背後のプロジェクタースクリーンに資料を出す。レーザーポインターでグラフを示した。
「王都ニルヴァーナに新たに支店を設けることで、期間売り上げは、すでに四倍に達しています。きわめて順調と言えます」
「ふん。たかだか数百万円のゴミ事業のくせに」
役員までは届かない小声で、川岸がディスってきた。耳に入ったのか、秘書室長が川岸に横目を飛ばしている。無表情を取り繕いながら。
「王都支店は、まだ建築途中で仮営業中です」
素知らぬ顔で、吉野さんが続ける。川岸の挑発に乗らないのはさすが。俺だったら噛み付いてたかもしれん。
「王都は、跳ね鯉村よりはるかに人口が多いので、今後はかなりの伸長が期待できます」
そこまで終えると、俺の目を見た。
大丈夫? と瞳が語っている。俺は頷いた。
「また経営企画室としては、食堂事業以外に、異世界での新規案件に取り組んでおります。……そちらについては、平シニアフェローが報告いたします」
俺にマイクを渡してきた。ここからは怪しい案件だ。いつもどおり俺が泥を被るってわけよ。
「あーあーあー。ただいまマイクのテスト中」
「平シニアフェロー。もうそれは」
秘書室長が飛び上がった。まあ前回はここから「隣の客は――」経由で「元気ですかっ」まで行ったんだが、今回はカンベンしてやるかw
「社長も役員のみんなも、退屈だったでしょ。新チームのつまんない自慢話、聞かされて」
俺の話に、役員会議室は再度どよめきに包まれた。川岸に睨まれたが知るか。
いっちょやったるぜ。いつもみたいになっ。
俺はマイクを構え直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます