7-7 泊まっていってって、吉野さん。本気にしてもいいですか?

「ねえ。今晩泊まっていってね」

「えっ……」


 いきなり吉野さんに攻め込まれて、俺は戸惑った。


 てか、とりあえず今日はそのへん考えてなかった。なにせ緊急事態の相談で頭がいっぱいだったから。いつもなら家に誘われた時点で例によって俺得意の妄想暴走。とんでもない先まで妄想しちゃうんだけどな。


「そうですねえ……」


 どうしよ。なんやら知らんが、今日の吉野さん、マジ顔だ。適当にごまかせる感じじゃない。それにこんな、なんやら切迫した瞳でお願いされるとな……。


 ちらとレナを見ると、瞳で全力NG出してやがるw


「嫌?」

「いえ。吉野さんさえOKなら、俺は喜んで」

「よかった」


 瞳が和らいだ。


「一応、男物のパジャマとか買っておいたんだ。前回はなかったでしょう」


 たしかに。前回はタマもいたし急に泊まることになって雑魚寝だったから、俺はシャツとパンツ姿で寝たんだった。


 にこにこ笑顔を張り付かせたままのレナにさりげなく脇腹をつねられたが、俺は知らん顔をしてた。言い訳ってのも変だし、なにか話せるような雰囲気じゃなかったしさ。


 それからもふたりとレナで今後の方策をいろいろ話したが、俺はなんか知らんが上の空になってたわw 


 だって今日はタマもいない。レナはいるがちっこいフィギュアみたいなもんだし、吉野さんとふたりっきりで彼女の家に泊まることになる。前回と異なり、ふたりなら多分同じベッドで寝ることになるし、なにか起こっても不思議ではないというか……吉野さんの今日の雰囲気だときっとなにかが起こる。そんな予感がビンビンする。


 なんかいつの間にやら時間が過ぎて、はっと気づくと俺は風呂上がりに吉野さんのパジャマを着て寝室でぼんやりしてた。なんせパンツまで買っててくれたからな吉野さん。俺はユニネコ派だが、俺が絶対買わない高級ブランドのシルクのボクサー。こんなときに言うのもなんだが、穿き心地最高じゃん。さすが絹。


 あーちなみに吉野さんは、俺に続いて風呂使ってるところだ。


「ちょっとどうする気? ご主人様」


 ベッドに立って、レナは俺を睨んでる。


「さっきも湯船で言ったろ。どうもこうも、打ち合わせで遅くなったから泊まらせてもらうだけだ。気にすんな」

「ダメだよ。今日、絶対吉野さんが襲いかかってくるもん」

「襲いかかるとかw サキュバス語彙やめれ」

「だってそうじゃん」


 まだむくれてるな。


「ご主人様だって知ってるでしょ。吉野さん、ご主人様のこと大好きなんだよ」

「……まあ感じてる」


 感じてるのは事実だ。それに俺だって、吉野さんのこと嫌いなわけじゃないからな。てか好き。彼女になってくれたらうれしいわーマジで。


「それに、ご主人様が混沌神との戦いの前面に立つって宣言しちゃったじゃん。死ぬかもしれない、危険な戦いだよ。恋する女子なら、好きな人のためになんでもしたいって盛り上がるの当然じゃん。今恋愛指数、絶対ヒャクパー超えてるよ吉野さん」

「そんなもんか」


 頭の上に「恋愛指数MAX」と表示の出た吉野さんを想像してみた。なんというか、奇妙だ。いつものおしとやかでちょっとほんわかした癒やしキャラ。それがMAXでどうなるか、なんだか想像がつかないからな。


「決まってるじゃん。ねえ言ったよねボク。ご主人様の初めてはボクのもの。ボクの初めてもご主人様のものだって。予約済みだよ」

「うるさいなあ。仕方ないだろ、人生成り行きだ」


 俺実際、成り行きで生きてきたしな。嫌なことは我慢せずにガンガン主張してたから。……まあそれで異世界子会社に左遷されちゃったわけだが。


 それでも異世界で楽しくサボりながら冒険した。それで異世界では王に頼られてるわけだし、ダイヤも山ほどもらった。現実世界では社長をやり込めた挙げ句、謎の出世頭になって同期に嫉妬されるくらいだ。


 だからこの生き方、正解だった気がするわ。今晩だって成り行きで思うがままに行動したっていいだろ。いつもの俺だ。


「ボク許さないからね」

「許さないったってしょうがないだろ。初めてがどうのって言ったってさ。そもそもレナお前、サキュバスレベル低すぎてエッチできないじゃんか。初めてもクソもない。ようやく淫夢を操れるようになったけど、それも着衣で触る程度のソフトエロだし」

「そんなこと言う? ボクだって早く成長したいのに。悔しいーっ」


 強い瞳で睨まれた。


「ご主人様のバカっ。ボクだって、ボクだってえーっ!」


 突然、目もくらむ光が、レナの体から発せられた。


「うおっ!」


 思わず目を閉じた。あまりの強い光に頭がくらくらしたが、俺はすぐ正気に戻った。


「レナ、大丈夫か。レナっ」


 なんとか目を開けたが、光の残像で視野が黄緑一色だ。しばらくしてようやく目が慣れてくると、目の前に知らん女が立っていた。


 知らん女が。


 ……いや知ってる奴だ。


 そこに立っていたのは、レナだった。いつもの服を着て。……ただし、等身大に大きくなって。


「レナ!?」

「ボ……ボク。大きくなってる」


 信じられないという顔で、レナは自分の手や体を撫で回した。


「ご、ご主人様。ボク、成長したよ。レベルアップしたんだ」

「なにこれ?」


 背後から声がした。振り返ると部屋着に着替えた吉野さんが、呆然としている。


「レナちゃんが……大きくなってる」

「やったよご主人様。経験値貯まってた分が、一気に反映されたんだ。きっと強く願ったからだよ、成長を」


 喜びを抑え切れない声だ。瞳も輝いてる。


「もうご主人様とエッチできるよ、ボク。今晩!」

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