7-6 吉野さんのマンションで戦略会議with天ざる
「それで、どうするの平くん」
「はあ……」
俺は海老天を摘むと、藻塩をわずかに振りかけて口に放り込んだ。さくさくした衣の食感。海老の香りが立って旨味が口中に広がった。
「やっぱ猫國の天ぷら最高っすね」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
吉野さんに、かわいらしく睨まれた。タマゴ亭さん――シュヴァラ王女――の告白を受けて、今後どうしようかふたりで相談ってんで、こうしてまた吉野さんのマンションにお邪魔している。途中、うま天ぷらとかツマミを買って、吉野さんが乾麺を茹でて天ざるで簡単晩飯ってわけさ。
「まず決めなきゃいけないことを整理しましょう。とにかく問題がとっちらかったので」
「そうね。たしかに」
箸を置くと、吉野さんは斜め上を見てしばらく考えた。
「あっ。それよりワイン出すの忘れてた」
立ち上がると、大きなワインセラーからなんやら一本取り出して栓を抜き、
「はいこれ。甲州の白でキリッとしてるから、天ぷらにはいいわよ。油を洗ってさっぱりする。アロマもフレーバーも強すぎないから、蕎麦の繊細な香りの邪魔しないし」
「すみません」
注いでもらってひとくち含むと、たしかに言うとおりだった。基本ドライなんだが、無味乾燥というわけじゃなくて深い旨味がある。俺がたまに飲む葡萄ジュース並にだらけたコンビニワインとは大違いだ。
「決めなきゃいけないことよね。……まず王女発見とその正体を、アーサーやミフネ、もちろんマハーラー王に教えるのか」
「今、アーサーやミフネ達は近くの扉の前で待機している。彼らとその先に踏み込むかどうか」
「それにもちろん、混沌神のことを王や仲間に教えるのか」
「……そんなところですかね」
「まだあるよ。ご主人様」
俺の胸からレナが飛び出した。
「混沌神をどうするのか。一番大事だと思うんだ」
「そうだな。たしかに」
「それにボクにもお酒ちょうだいよ。黙ってたらなにもくれないんだから、もう」
腕組んでむくれてやがる。
「ああ悪かった。いろいろ考えることが多くてさ」
小さなプラのカップに注いでやると、器用に飲む。
「ふう……。おいしい」
テーブルから俺を見上げた。
「あと天ぷらも小さく切って」
「わかったわかった」
天ぷらの細切れをレナが食べ始めたので、俺は吉野さんに向き直った。緊急案件なので、俺も吉野さんも、今日は社用スーツのままだ。
「まず知覚の扉の件。あれを開けて古代魔法を使って、王女は転生した。俺達はそんなことをする必要はない。扉をなんとか開けたとしても、王女はいやしないから無意味だ」
「それにもし知覚の扉を開ければ、その向こうのどこかの部屋かなんかに封印されている混沌神を活性化させちゃうかもしれない。王女のときのように」
「だから開けるのはむしろ危険だ。戻るべきです」
「でもあそこまで来て引き返すって、アーサー達が納得するわけないわよね。王女探索にそれこそ命を懸けてるんだし」
「ええ」
俺は蕎麦をひとすべ食べた。ワインで口を洗う。
「ビールも持ってくる?」
「はい。お願いします。やっぱ夏はね」
「トリムちゃんがいればビール、大喜びなのにね。なんか大好きみたいだし」
「ええまあ」
俺は口を濁した。ビール系といっても、特になんちゃってビール限定だけどな、あいつの場合。
トリムを呼ぶと面倒なことになる。だからもちろん召喚してない。絶対酔っ払ってすっぽんぽんになるのは見えてる。吉野さんに見られたらあらぬ誤解を受けそうだしなw
「話を戻しますが、扉前から戻るためにも、王女発見を、少なくともアーサーとミフネには明かさないとならない」
「ここまでは確定ね」
発見したと言っても、証拠を見せなければ納得しない。なのでタマゴ亭さんを彼らに引き合わせる必要が出る。タマゴ亭さんをそう説得しないとならないが、ここが微妙だ。なんせ王宮生活が嫌で逃げ出した王女だからな。
俺達は打開策を検討した。
「ミフネには会ってもらうが、王に会う必要はないって説得する手はありますね」
「うん平くん。……できれば王にも会ってもらいたいけどね」
「そりゃ、一人娘に急に失踪された王の気持ち考えるとなあ……」
俺達はしばらく蕎麦をつまみにワインを飲んだ。
「ただまあ、タマゴ亭さんがどう判断するかはある。まず彼女に話してみる手ですかね」
「それしかないものね」
「じゃあ次は、混沌神のことだね、ご主人様」
「ああレナ。……これも教えざるを得ないだろうなあ」
なんせ混沌神とやらをほっておくと、あの世界が危機に陥るのは明白だ。それに連中、こっちの現実世界まで触手を伸ばしそうだしな。王に告げて、全力で対処してもらわないとならないだろう。
「それに、タマゴ亭さんのお願いもあるし」
タマゴ亭さんのお願い、それは自分も一緒に混沌神討伐に参加するという申し出だった。自分の我儘の責任があるんだから、なにかの役に立ちたいんだと。まあ当然ではある。それに彼女は王女でもある。国民やあの世界の住人達のために奉仕したいという本心もあるだろうしな。
いずれにしろ、討伐隊を組織するってことは、敵の正体を国王他に告知することになる。
「私は、割と反対かなあ」
吉野さんが俺を見つめた。
「だって手伝ってくれって、王に頼まれるの決まってるもの。封印に成功したのは賢者バスカヴィルがいたから。それも善の混沌神の力を借りて廃人寸前まで追い込まれてやっとでしょう」
「たしかに……」
もちろん国王はやってくれるはず。でもそんな異世界のバケモンに対し、戦力が充分かは不明だ。過去にはかなり追い込まれたわけだし。俺の短剣がバスカヴィル絡みとは、王もミフネ達にも教えていない。ただそれでも魔封じの効果を持つのはバレている。助力を請われるのは確実だろう。
「冷たいようだけど、平くんが異世界のためにそこまでする必要ないよね。私達、ただ業務で取り組んでるだけだし。平くんだって、あっちでのんびりしたかったわけでしょ」
「そうなんですけど……」
俺は思い返した。異世界での楽しい日々を。跳ね鯉村での冒険を。そして向こうで得た仲間達のことを。
「ここまで関わっちゃうと、情もありますし。それに俺達の世界すら危険に晒されている」
「……言うと思った」
じっと見つめられた。
「本当に、仕方のない子……」
吉野さんの瞳は、こころなしか潤んできた。しばらく黙って俺を見つめていたが、なにかを振っ切ったかのように、ほっと息を吐いた。そして口を開いた。
「ねえ平くん」
「なんです吉野さん」
「今晩……泊まっていってね」
「えっ……」
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