4-8 オフィスラブ
「これが平くんの読みなの」
「はい。一応、全役員に接触してみました。その感触です」
いつもの雑居ビルで、吉野さんと俺は、数枚の資料を前にしていた。ここは週次で俺が盗聴器チェックをしている。秘密会議をしても安心な場所だ。
「全役員を、社長派、反社長派、中立と、大雑把に分類してみました。いずれも感触から推察した可能性で、濃淡がある。だから実際にはこれとそこそこ違うと思いますが」
なにしろ面と向かって「あんた社長派? それとも反社長派」とか聞いたわけじゃないからな。そんなん聞いても正直に告白するはずもないし。
「思ったより、反社長派が増えてるわね」
「ええ、俺も驚いた次第で」
ここは旧三木本Iリサーチ社、現経営企画室吉野グループ出島。基本、俺と吉野さんしか来ない。せいぜいあと、タマゴ亭さんくらい。たまーにもちろんレナやら呼び出す。事務作業が溜まってえらいことになったときはタマを呼んで、パソコン事務員さんとして雇用する。
あれだよなー、キラリンとかトリムにもいろいろ仕込んどくかなー。キラリンなら作業マニュアル自体は脳内検索で楽勝だろうから、あとは単純にブラインドタッチ覚えるだけだし。
「これがグラフね」
「ええ。円グラフ化してみました」
ふたりでグラフを眺めた。
社長派:四十三%
反社長派:二十四%
中立:三十三%
社長派のブルーが最大派閥なのは当然だろうが、反社長派のレッドがすでに四分の一も占めている。一番の問題は、三分の一にも達するイエロー、つまり中立派だ。
「中立派といえば聞こえはいいですが、要するに権力者になびくだけの風見鶏。反社長派が勢いを増せば、そちらに転ぶ連中が大半と言っていい」
「反社長派と中立派を合わせると六十%近いものね。多少読みが外れたとしても五十パーを超える。ということは平くん、取締役会で社長解任動議が可決されるリスクが高まってるってことだものね」
椅子に深く背をもたせると、吉野さんはほっと息を吐いた。お茶を飲む。
「社長、この状況わかってるのかしら」
「どうでしょうね。あのハゲは自信に満ちてるし、足元の大岩にヒビが入ってるとか思いもしないんじゃないすか」
「またそんな口の悪い」
苦笑いされたわ。
「一度、お報せしたほうが良さそうね、これ」
「そうっすね。社内では一応、俺達、社長の側近扱いですし」
「平くん、毎度社長に楯突いて怒らせてるのにね」
「俺、言いたいことしか口にしないんで」
実際、社長派閥に入ってほしかったら出世させろとかボーナスよこせとか、言いたい放題だったからな。それでも俺はおべんちゃらを言わないんで、正しい情報を社長に上げる。それが重宝されているのは確かだわ。
「じゃあ近々、社長をいつものワインバーに呼び出しますか」
「銀座七丁目ね」
「ええ」
「あそこ、いいワイン置いてるものねー。社長よりお酒のが楽しみ」
珍しく、吉野さんがガチ本音を口にした。
「俺にはワインのクラスなんてよくわからないけど、社長が出してくる奴がうまいってのは感じます」
「高いとかじゃなくて、普通じゃ買えない品が多いんだよ、社長のセレクション。父に話したら、目を丸くしてた」
「へえ……」
吉野さん、ちゃんと両親と連絡取ってるんだな。俺なんか実家とは疎遠だわ。「便りの無いは良い便り」って線で。そもそも割と俺、家でも粗雑に扱われてたから、向こうが薄情なほうが、むしろサバサバするし。
「社長に教えるのはいいとして、役員の名前まで伝えるべきですかね」
「そこよね……」
天井を見て、吉野さんはしばらく黙った。
「名前出すと、血を見るわよね絶対」
「あいつは反社長派確定か。あの野郎……とか、社長の頭に血が上りますよね」
「そもそもこれ、平くんの推察であって、確定事実ってわけじゃないのにね」
「なのに反社長派というレッテルが独り歩きする」
「あちこちで抗争が始まるわね」
「それ、むしろ反社長派の思う壺では」
「そうよねえ……」
社内が荒れれば、反社長派は、むしろ堂々と多数派工作に打って出られる。「反社長派」と決めつけられた役員は、事実が違うとしても「どうせ疑われたならもう反社長派になるしかない」となる。
俺がそう指摘すると、吉野さんも同意した。
「吉野さん。副社長なんか、風見鶏になるって公言しましたからね、俺の前で。反社長派が大派閥になればそっちに転んで、社長には
「三木本商事の副社長は、上がりポストだもんね。もう社長の目はないから、遠慮なしで自分の思うがままに動けるのよ」
「反社長派が勝つのだとしたら、そのボスに事前に恩を売っておけば、社長交代後も副社長の地位に残れますしね」
「ならやっぱり、社長には『反社長派の勢いが増してる』くらいに言っておこうか」
「ええ。中立派も多いから、中立と社長が思う連中を自派閥に取り込んで下さい――くらいのアドバイスにしておきましょう」
「いいわね」
またしばらく、吉野さんはなにか考えていた。
「それなら血も流れないし、社長にもそれなりの危機感をもたせられる、穏便な多数派工作をするでしょう。……さすがは平くんね。戦略考えさせると、一級品」
俺の手に、そっと手を重ねてきた。誰も見てやしないからな。多少いちゃついたってかまやしない。
「そうっすかねー。俺、ちょっと前まで底辺社員で、どの部署でも嫌な顔されてたらい回しになってましたけど」
「それはね。誰も平くんの本質、わかろうともしなかったからよ」
俺をじっと見つめた。
「……私は知ってる。平くんが世界一だって。ビジネスでも、男としても」
「吉野さん……」
ふたり見つめ合った。
「ちょっとこっちに来て下さい」
「なあに……って」
腰を持って抱え上げると、吉野さんをテーブルにちょこんと座らせた。テディベアか招き猫のように。
「なに、平くん」
戸惑ってるな。
「ちょっとだけ、いいことしましょう」
「えっ……」
絶句したな。ちらりと入り口を見て。
「まだ真っ昼間だよ。それにここ、オフィスなのに」
「平気ですよ。こんな場末の雑居ビル、誰も来ないし。それに今日は使い魔もいない」
つまりチャンスってことだ。
「だけど……あっ!」
テーブルに吉野さんを押し倒すと、スカートを捲り上げた。薄い黒のストッキング。白の下着が透けてて色っぽい。脚とパンティ部分の境を、俺は爪で破った。
「ダメよ。恥ずかしい」
スカートに手をやり体を起こそうとするのを、俺は押さえつけた。
「ストッキングは、後でコンビニで買ってきてあげますから」
「でも……」
オフィスエッチっての、一度ここでしてみたかったんだ。吉野さんの機嫌のいいときを見計らって。さっき割といいムードだったし、今しかないだろ、チャンス。
それにもうストッキング破っちゃった。やるしかない。
「好きです。吉野さん」
俺は奥の手を使った。
「そんなこと言うのずるい。……んっ」
そのままキスを奪う。ていねいにキスを与えながら髪を撫でていると、吉野さんの体からすっと力が抜けた。
「馬鹿な子……」
呟く。
俺の頭を抱え、自分の胸に導いてくれる。俺は、シャツの上から吉野さんの胸を口に含んだ。そのまま舐めていると、シャツが透け、黄色のブラが浮かぶ。カップの小さい、ハーフカップって奴だ。俺が吉野さんの胸を好きだと知って、最近はこのタイプばかり身に着けていてくれる。胸の先のあたりを唇で挟んだ。
吉野さんの手が近づいてくると、シャツのボタンをいくつか外し、胸を広げてくれた。俺はブラをずらし、そこを口に含む。甘い香りがする。俺が胸を夢中で吸っている間、頭を優しく撫でてくれる。
強く吸い、唇と舌で胸の先にいたずらしていると、吉野さんの息遣いが荒くなってきた。
「平くんは……私の大事なご主人様だものね」
「いいですね、吉野さん」
「……」
返事はなかった。顔を横にして、窓の外の電柱を見ている。準備をして、俺もテーブルに上った。
破れたストッキングの隙間から、白い肌と下着が覗いている。痛々しくも色っぽい。脚を開かせ下着をずらす。そこはもう、とろとろになっていた。
「好きです」
もう一度言うと、吉野さんは顔を回し、俺をじっと見つめた。
「私も。世界で一番、平くんが好き。私の命より好き」
「俺もです」
見つめ合っていると、心が通じ合うのを感じた。俺、幸せだわ。
●次話から新章。アールヴの里で珠回収!
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