4-7 タマにおねだりされる

「まっこと、さすがは異世界の勇者殿じゃ」


 例の漁師小屋で、トの長は、俺の手を握って振り回した。よほど嬉しかったのだろう。握手と言うより、もはや縄跳びの縄だ。


「あんな強いモンスターを倒すとはのう……」


 周囲に詰めかけた漁師連中から歓声が上がった。


「末代までの語り草だわ」

「おう本当に」

「今から孫に自慢してくる。俺は近くで見ていたと」

「嘘つくなや。お主は怖くて屋根裏で震えておったではないか」

「や、屋根裏で見ていた」


 もう大騒ぎだ。とっておきという酒樽が開けられ、俺達に薦めるだけじゃなく、全員でぐいぐい。村人も三々五々集まってきて、大宴会が始まった。子供の見た目のキラリンが鬼飲みしては地場の変わった料理を次々平らげるんで、例によって大人気になってるな。


「それにしても……」


 素朴な木のカップで酒を飲みながら、栗原がしみじみと言った。


「お前ら、強いんだな」


 心底感嘆した表情だ。


「吉野さん、どうだった」

「……俺が悪かった。俺よりはるか上だわ」


 苦笑いしている。


「だろ」

「それに平。同期の落ちこぼれだった奴とは、とても思えん。戦略に指揮に最前線に立っての戦いにと、八面六臂の大活躍だったじゃないか」

「なに、お前も一年冒険すれば、これくらいになるよ」

「いや無理だわ」


 首を振って即答した。


「一生かかっても、今のお前の位置には行けん。……シニアフェローまで出世したわけだわ」

「まあ俺、異世界と相性が良かったんだ」

「かもな……。どれ、俺はレオの様子を見てこよう」


 栗原は立ち上がった。例によって、レオは入り口に座っている。ご褒美のてんこ盛り魚介類を、うまそうに食べながら。


「レオ、酒も飲めるんだ」


 大きな陶器の酒瓶を掴むと、入り口へと向かう。後ろ姿を眺めていると、山本が空いた席に座ってきた。小便漏らした自分が恥ずかしかったのか、これまではどこか隅でこそこそ飲んでたようだ。


「平、強いな」


 夢から覚めたような、素の顔だ。


「そうか。お前らだってそこそこ異世界長いだろ」


 一応、持ち上げてやる。


「いや、全然違う。川岸さんなんかとはレベチすぎるわ。あの人、極端に戦闘避けてたし……」

「だろうなあ……。街道ぶらり旅してただけだから」

「そらお前らが段違いの成果を残すわけだわ」


 ぐいっと酒を呷った。


「……なあ山本。同期としてひとつ、アドバイスをやろう」

「なんだ。聞かせてくれ、ぜひ」


 すがるような瞳だ。


「川岸のことは忘れろ。お前は出世という悪い夢を見てたんだ。これからは、地道に仕事に励め」

「そうか……。そうかもな」


 頷いている。


「同期落ちこぼれの俺が大出世し、やはり同期の栗原がお前の上司になった。でもそれは気にするな。お前はお前で、淡々と働けばいい。見る人は見ているからな」

「ふふっ」


 自嘲気味の笑いを浮かべた。


「同期末席のお前にそんなことを言われると、普通ならムカつくもんだが……。だがなんだろう。今日は不思議と腹も立たん」


 それどころか平の言う通りだと思える――と、山本は続けた。


「まず山本、シーフをうまく手なづけろ。あいつら、主人であるお前を盾にしてたぞ。……そんな使い魔がいるか?」

「シーフかあ……」


 別テーブルでがつがつなにか、意地汚く食いまくっている二体を、横目で見た。


「三木本Iリサーチ社に異動になってからほとんど戦闘してなかったからわからなかったが、たしかに使い魔としてどうなんだとは思ったわ。今日」

「お前、出世したいんだろ」

「当たり前だろ。出世したくないって公言してた奴なんか、俺の知る限り平、お前しかいない」


 まあそうだな。そんな俺が超絶出世したんだから、世の中って面白いわ。


「管理職になりたいんなら、部下の扱いうまくなきゃダメだろ。シーフって、お前の最初の部下だぞ。しかも使い魔だから、本来お前の言うことを聞く立場だ。それすら使えなくて、部長になったとき、どうやって何十人もの部下を率いれるってんだ」

「返す返すもごもっともだ。なにも言えねえ……」


 うなだれてしまった。


「山本。お前のほうからもシーフに歩み寄ってやらないとダメだぞ。栗原を見ろ。お前より使い魔とよっぽど短い付き合いなのに、もうすっかりレオと仲良しじゃないか」


 招き猫座りのレオの肩を抱き、酒を酌み交わしている栗原を、山本はじっと眺めた。レオが栗原の顔をぺろぺろ舐めている。


「……そういや俺、まだシーフに名前すら付けてないわ」

「そういうとこだぞ」

「だなー。……とりあえず名前でも考えながら、シーフと飲んでくるわ」


 立ち上がった。まあ頑張れ。


「平ボス、こっちに来い」


 タマが俺の腕を取った。瞳が輝いて……というかトロンとしている。


「あっちの隅でごろごろ飲もう」


 粗末なクッションが並べられたコーナーを指差す。どうやら横になって飲めるみたいだな。


 タマは俺の頬をぺろぺろ舐め始めた。


「ボス、うまい……」

「どうした。タマ」

「マタタビのつまみもあるぞ。一緒に仲良くしよう」

「そうか……」


 タマに促され、俺は場所を変えた。タマ、マタタビで酔ってるな。……それだけじゃなく多分、俺ともしたがってる。そんな気配を感じる。


 まあみんな見てるからここではちょっと触るくらいしかできないだろうが、飲みといちゃつきに付き合おう。


 適当に飲んで今晩、タマを小部屋に誘うわ。タマから誘ってくるなんて、例の初発情の晩を除けば、これまで一度もない。


 そういやここのところ、タマと全然エッチなことをしてなかった。俺が吉野さんやケルクスと関係を持った日は、匂いでタマに全部バレているはず。俺がそっちで忙しいので、寂しいのかもな。タマは自分から弱音を吐くキャラじゃない。でも……だからこそ、俺は、タマの気持ちを積極的に汲んでやらないと。俺はタマのパートナーだ。かわいがってやらないと、かわいそうだ。

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