ep-5 タマゴ亭さんのこれから

 俺達結局、貴賓客室で昼すぎまで食っちゃ寝でまったり過ごしたよ。で、ようやく身なりを整えてマハーラー王に挨拶に行ったら、もうシュヴァラ王女の今後ががっつり決まってた。


「では、国民には発表しないんですか」

「おお。そうじゃ」


 俺の問いに、王は大きく頷いた。


 正直、意外だ。だってそうだろ。国民に公表しないってことは、タマゴ亭さんは、ここ異世界で王女として活動できないってことになる。


「国民だけではないぞ。これまで真相を知った者限りの、厳秘とする。家族にも秘密じゃ」

「ドラゴンが出たばかりだ。誤解を招くのは避けたいとの、王と王女のお考えだ」


 傍らの近衛隊長、フラヴィオさんが、説明した。


「それにあたし、向こうの世界に実の親もいるし。ここに住んで王女としていろんな儀礼をこなすのは厳しいというかさ」


 玉座の隣。いつの間にか据え付けられた「ミニ玉座」みたいなのに座ったタマゴ亭さんが付け加えた。多分これ、王女座だろうなあ。これもきっと、すぐ取り払うんだろう。


 はあ。これでまあ、狙いの筋はなんとなく見えたな。


「ご主人様」


 レナが俺の耳元に這い上がってきた。


「額田さん、退屈な王宮暮らしはまっぴらなんだよ、きっと」


 黙ったまま、俺は頷いた。俺もそう思うわw うまいこと王を言いくるめたんだろう。


「あたし、いい解決策を思いついたんだ」

「ぜひ聞かせてください」


 吉野さんが口を挟んだ。やっぱ同じ女子として気になるんだろう。タマゴ亭さんの決断が。


「あたしは両親と、日本橋に住む。それで、これまでどおり三木本Iリサーチ社の外部協力者として、毎日この世界に来る。『仕事として』ね」


 時折横の王の顔を見ながら、タマゴ亭さんは説明を続けた。毎日この王都に顔出して、お忍びの一般人として、タマゴ亭異世界二号店「王都支店」を開き、弁当や定食を売りに出す。店に張り付く一方、ちょくちょく王宮に顔を出して、王と親子として接触する。


「なるほど」


 考えてみたら、そもそもシュヴァラ王女は、儀礼と政治でガチガチの王宮暮らしには向いていなかった。噂話を聞きまくったり王宮の壁を蹴り壊したりでストレス解消してたくらいだからな。だからこそ失踪したわけで。本質的には「外遊び」が大好きな猫みたいなもんだ。


 それは当然タマゴ亭さんも同じ。王宮の外にいて、いろいろな人と他愛ない会話を楽しみ、弁当の具材や仕入れで悩んだりスタッフや客の人生相談に乗ったりするのが、性に合ってるんだろう。


 時には俺と冒険にも出られるしな。なんたって実際グリーンドラゴンの巣に命懸けで乗り込んだり、混沌神との対決にも参加したりしたくらいだし。王女として生きていたら、危険な冒険にはもちろん参加させてもらえないはずだ。


 ならこの落とし所は、けっこういい線にまとまっている。王も王女も、そして日本橋の両親も、みんな幸せになるわけで。


「だから平さん。悪いけど三木本の本社に、二号店を開く許可をもらってほしいんだ。資材や厨房機器は、タマゴ亭の持ち出しでもいいからさ」

「いえ。それは三木本が出します」

「えっ……」


 大丈夫?――と言いたげに、吉野さんが俺を見上げた。


「平気です吉野さん。社長丸め込めばいいだけでしょ。いつもどおりw」

「そりゃそうだけど」

「大丈夫。俺、社長に怒鳴られるのは慣れてるし。あんなんアシカショーのアシカがイワシ欲しくて吠えてるのとおんなじ。かわいいもんすよ」

「すごい言い方……」


 苦笑してるな。


「でもそうね。平くん、いっつも最後には社長説得してボーナスとか出世とかまで引き出してたもんね。なぜだかよくわからないけれど、社長操縦がうまいとは思うわ」

「そもそも跳ね鯉村のタマゴ亭異世界店は、あっという間に三木本の出資分回収できて、やればやるほど儲かる黒字状態だ。ウチの社長がめついから、儲かってりゃ文句言いませんよ。二号店で売り上げ五倍増とか、俺が適当に煽るんでw」

「吉野さん、ご主人様はね、人を丸め込むのに関しては天才的だよ。絶対先祖が詐欺師を百人殺してるね」


 おいレナw ちゃんと褒めれ。


 それにまあ、実際問題はないと、俺は踏んでる。


 タマゴ亭定食と弁当がこっちの連中の口に合うのは、跳ね鯉村で実証実験済んでるみたいなもんだ。加えてここは王都。村なんかよりはるかに人口が多い。タマゴ亭さんが王宮に入り浸った片手間としても、五倍なんて多分楽勝だ。


「うむ。話が着いたようじゃな」


 鷹揚に、王が頷いた。


「平殿。異世界の勇者様方は、これからどうなさる。このマハーラーに聞かせてもらえるかな。……民草のためにも、わしはこの玉座とかいう牢獄を離れるわけにはいかん。平殿や吉野殿の冒険は、このわしも楽しみでな」

「はい、マハーラー王。俺達はこれから蛮族の地を目指そうと思います」


 俺が言い切ると、吉野さんが横目で俺をちらと見た。口は開かない。俺の判断にすべてを任すつもりなのだろう。タマやレナ、トリムももちろん同様だろうな。一心同体のチームだから。


「ほう、蛮族の」


 王が目を丸くした。


「それはまた思い切ったのう……。命が惜しくはないのかな」

「王。平と吉野のパーティーは、我が軍一個師団に勝るとも劣らない力を持っております」


 今朝はフラヴィオ隊長の脇に控えていたミフネが、初めて口を開いた。やっぱミフネ、普段は寡黙なんだな。んで、必要なときだけ、適切な助言をするという……。


「なに、それほどか」


 相当驚いたのか、王が顎をさすっている。


「はい、王。魔力、戦闘力、判断力、そして知力。どれも極めて高いレベルにてバランスが取れております」

「俺にも言わせてくれ」


 賓客扱いのおかげで近衛兵と共に王の側に控えていたアーサーが割り込んできた。


「俺はスカウトとして辺境を放浪し、長年経験を積んできた。その俺の目から見ても、平のチームは一級品。実力があるだけでなく、パーティーメンバーは互いに心から信頼し合い、統率が取れております。正直、平の任務がなければ、このシタルダ王朝の賓客としてスカウト部隊に所属してもらい、生涯助力を願いたいほどにて」

「それは困る。平達は俺の近衛兵軍団がもらい受ける」

「いや、平チームの真の実力は、辺境行きでこそ発揮できる。ミフネには悪いが、俺が――」

「いや、王のお側にて、王国の統治にこそ協力してもらうべきだ。なぜなら――」

「もうよい」


 ミフネとアーサーの取り合いを、王が制した。


「平殿は蛮族の地に行くとおっしゃっておるではないか。無理を言うでない」

「……そうであった。これは失礼」

「悪いな、平。俺もミフネも、どうしてもお前とチームが欲しくてな。すまん」


 謝ってから、アーサーは背後のスカウト連中を振り返った。待ってましたとばかり全員、首をぶんぶん横に振っている。


「……だが平。俺達スカウトは蛮族の地、風俗、戦闘に詳しい。これまでのような戦い方では、命がいくつあっても足りないぞ。後ろのスカウト連中も、全員それを心配しているようだ」

「大丈夫。あたしがいる」


 トリムが手を上げた。


「あたしたちハイエルフはね、遠くからでも敵の気配を察知できる。もちろん遠距離攻撃も大得意だし。平はあたしが守るよ。なんたって平はあたしのご主人様だからねっ」

「フィールドを読むことに関しては、あたしたちケットシーだってハイエルフには劣らん」


 タマが唸り声を上げた。


「ふみえボスと平ボスは、あたしだって守ってみせる」

「ああわかったわかった。俺が悪かった。お前達は最高のパーティーだ。知ってるって」


 アーサーは苦笑いしている。それから真顔に戻った。


「お前達は強い。それは当然だ。だが、それだけに慢心は怖い。いいか、旅立つ前に俺達の詰め所に来い。俺達が知る蛮族情報のすべてを、三日ほどかけて教えてやろう」

「ありがとうアーサー、そうするよ」


 会釈すると、俺は王に向き直った。


「ついてはマハーラー王。王や図書館長のヴェーダ様にも、いろいろ伺いたいことがあります。……秘密裏に」

「うむ。その折は人払いしてやろう。安心せい」


 王は頷いた。


「いつでも玉座に来るがよい。平殿の願いであれば、このマハーラー、最優先にてすべてを叶えよう」

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