第二部 「王都の謎」編
1 マハーラー王の依頼
1-1 異世界子会社への転籍希望者
「異世界地図事業に関する定例会議を始める」
社長が切り出した。社長の向かい、俺と吉野さんが殊勝ぶって座っているのは、異世界子会社のボロい会議室兼応接室ではなく、本社社長室。今日は使い魔やタマゴ亭さんといった部外者がいないからな。
「吉野くん、進捗を」
「はい。前回ご報告したとおり、予定に従い跳ね鯉村を出た地図作製チームは、街道を順調に進行。地図作りのペースは加速し、期初計画の120%を超えました」
「ほう」
満足げな笑みを、社長が浮かべた。役人からふんだくる補助金の札束でも、目の裏にちらついたんだろう。
「それはいいな」
すでに王都への道筋の八割を踏破したこと、跳ね鯉村でのように高リスクのトラブルは皆無で順調であることなどを、吉野さんは社長に告げた。
「この間聞いたアレ、そう、後をついてきているとかいう、敵の残党はどうした」
「バンシーっすね。彼女はいつの間にか消えました」
俺は説明した。俺達を追う道筋でどこか身の置き所でも見つけて、そこに居着いたのだろうと。
「そうか、ならリスクゼロだな。よろしい。……では王都での予定を聞かせてもらおうか」
「はい。王都ではまず王宮に向かい――」
「ちょっと待った、吉野さん」
「う、うん」
急に俺が割り込んだから、吉野さん、びっくりしてるな。
「社長、なにか忘れていませんか」
「はあ? なんだね、平くん。現状報告を聞いたんだから、次は今後の予定だろう」
「ボーナス」
「は?」
「特別ボーナス」
「……」
「特別ボーナスを出すって、約束したでしょ。社長が。以前」
「そんなこと言ったかな」
「はい。以前の会議の議事録です」
ばさっとA4用紙を渡す。こんなこともあろうかと、俺が事前に用意していたものだ。
社長は無言で目を走らせている。
「ここにありますよね。達成率120%で特別ボーナス百万円。150%で二百万円。200%で五百万円と昇進って」
俺は、紙を指差してみせた。
「たしかに書いてあるな。……こんな約束、した覚えはないのだが」
「しましたよ。議事録は毎度社長にメールしているので、過去のメールで確認してください」
「そうだったか。いや、私にも困ったもんだ」
笑い出した。困ったのはこっちだっての。
「まあ150パー行かなかったのは残念だが、君達も約束通り頑張ってくれたんだ。私もそれに報いよう。関係部署に命じておく」
「あざーっす!」
ここぞとばかり全力で頭を下げる。頭下げるのはタダだ。心を込めてないから、いくら下げたってメンタルダメージゼロだしなw
それに頑張りすぎて今後のハードルが上がらないよう、思いっきり手を抜きながら120パーに調整した。作戦勝ちだ。
「今後も頑張ってくれ」
「はい。……まあ120%はもう無理だとは思いますが」
「そう言わず頑張れ」
「まあ、全力で取り組みます」
と適当に相槌を打っておく。「全力で(サボることに)取り組みます」だから、嘘は言ってない。
「では社長。今後の予定の前に、跳ね鯉村のタマゴ亭異世界支店の売上報告をしておきます」
吉野さんが、資料をめくって説明を始めた。タマゴ亭食堂および売店は絶好調で、我が社には売上の10%のマージンが砂金の形で入ってきていること。事業拡大を実現したタマゴ亭からも感謝されていることなどを。
「ですので、今後も継続してタマゴ亭との関係は維持していく予定です」
「ふむ。建設費持ち出しでどうなることかと思ったが、すでに投資額を回収したわけだな」
「はい。今後はやればやるほど社長の儲けになります」
「ほうほう」
うれしそうだ。
「このスキームを考えたのは、どっちだ。吉野くんか、平くんか」
「平くんです」
「ほう」
俺の考えた事業計画はこうだった。我が社は、食堂建設資材などを提供する代わりに、売上から歩合を受け取る。村に望まれての出店なので、店舗の賃貸費はゼロ。
タマゴ亭側から見れば、初期投資ゼロのリスク皆無で、事業拡大に挑戦できる。
さらに跳ね鯉村としては、余ってた土地と人材を提供するだけだからコストゼロも同然。食堂が村民の福利厚生になるし、弁当は名産として村おこしも可能になる。
どうよこれ。初期費用持ち出しになる社長さえ丸め込めれば――あわわ説得できれば、全員満足できるスキームだろ。
「つまり、地図作りでの補助金という本来の売上以外に、新規事業すら立ち上げたってことか」
「はい。平くんは戦略思考が得意です。我々の大きな戦力かと」
吉野さんが持ち上げてくれた。
「平くん、君は意外に商売人の能力がありそうだな。我が社は商社だ。商売人は大歓迎。その才能を、今後も存分に発揮してくれ」
「どうですかね。自分では成り行きで思いついただけですが」
あんまり自慢して、ヘンな部署に回されても困る。俺の居場所はここ。サボり放題でそこそこ手当がもらえる、この謎子会社にしかない。他に行ったら毎日定時+有給全取得の俺は、どうせ速攻でまたぞろ無能扱いされる。それは見えてるしなー。
「引き続き、王都での予定を報告します」
吉野さんが説明をした。王都ではまず王宮に向かい、地図作りに有用な情報を入手して今後の計画を算定すると。
社長は満足したようだった。なにせ異世界での予定。実際どう転ぶかはわからない。そこは出たとこ勝負しかない。なので計画も大アバウトになるのは避けられないからだ。
「ところで、最後に君達に相談がある」
会議がもう終わろうかという頃、社長は突然切り出した。
「実は、この異世界子会社への転籍希望が来ている」
「はあ……」
吉野さんと俺は、目を見合わせた。
「誰ですか」
「まだ話せないが、吉野くんより少しだけ年次が上だ。現部署では営業のホープと言われている」
嫌な予感がぷんぷんする。
この貧乏子会社。姥捨て山みたいな扱いで俺と吉野さん放り込んだくせにな。落ちこぼれの俺達が同期の出世頭になったのを見て、誰だか知らんが、目の色変えてやがる。
成果が出そうとなったら、途端にこれかよ。しかも単なる出向ではなく、こんな辺境の謎子会社に転籍希望だ。俺や吉野さんだって籍は本社で、ここには出向で来てるってのに。社長だの形だけの役員連中は、もちろん兼務人事だしなー。
なのにここに籍を置きたいとか笑える。転籍すればそうそう異動はされない。根を生やした強みでいずれ俺達追い出して、甘い汁吸うつもりなのは明白だ。
それに営業のホープだと? 暑苦しいムサ男に決まってる。そんな奴仲間に入れたら、まったりサボりつつ異世界で遊ぶなんてビジネススタイル、秒速で否定されるのは見えてる。
「どうでしょうそれは。あんまりいい手段とは言えないっすね」
「平くんの言うとおりです。異世界業務はそもそも危険ですし」
吉野さんも眉を寄せている。素直で真面目な吉野さんが社長に楯突くのは珍しい。
「それは君達から以前聞いた。例のドラゴン騒ぎだろ。先方は、命の危険があっても、我が社のために貢献したいと意気込んでいる」
ますますヤバいw
「いえ、平さ……平くんと私のチームだからこそ、阿吽の呼吸で危機に対処できているんです。部外者を入れて今のチームの良好な関係をかき乱されるのは困ります」
「どうにも、ふたりとも反対のようだね」
「社長、はっきり言っときます」
俺は切り出した。社長から目を逸らさないよう注意しながら。
「調子が良さそうとわかってから手を挙げる奴なんか、クズっすよ。楽して儲けて出世するつもりに違いないし」
後半、自分のこと言ってる気がしたが、まあいいや。
「それに転籍願いでしょ。単なる異動願いじゃなくて。この子会社に長期間陣取って情報を集め、誰かに流すに決まってる」
「社外にか? 平くん」
「それもあるかもしれませんが、いちばん可能性が高いのは、誰か社内の権力者の腰巾着ってことかな」
「ほう」
面白そうに、社長は首を傾げた。
「続けたまえ」
「そいつが仮にこの部署に来ると、最初はおとなしく殊勝に振る舞って、情報を集めるに決まってる。異世界業務のノウハウを俺と吉野さんから盗み取り、一方で、俺や吉野さん、そして社長のウイークポイントを調べ始める」
「私もか」
「もちろん。なぜならそいつの陰にいる奴は、いずれ社長の座を狙っているから。社長の弱点を知っておきたい。ここは事実上三人で事業をやってます。平社員が社長の動向を身近に掴むには最高の部署――というか、ここ以外では無理でしょう。だからこそ、悪党が子飼いの平社員を送り込もうとしている」
「なるほど。一理ある」
頷いている。
「その点、俺と吉野さんは違う。なにせ自分から頼んでここに来たわけじゃない。はっきり言えば、社内で浮いてた存在だ。だからこそ謎子会社の使い捨て社員として候補に上がったし、社長も遠慮なく地獄の釜に放り込んだわけで」
「私は違うぞ。適材適所を考えて――」
「嘘はけっこう。社員全員が知ってることだ」
「まあいい」
手を振ると、社長はほっと息を吐いた。
「では、転籍希望は断れと」
「はい」
ここぞとばかり、俺は真面目な顔を作ってみせた。俺と吉野さんの平和とサボりを守る正念場だ。
「そんな奴、希望を受理するどころか、人事のブラックリストに入れとけばいいんですよ。どうせどっかのクズ役員の腰巾着だ。社長追い落としの芽は、今のうちに摘んどかないと」
「うむ。説得力はある」
社長は唸った。
「君はヒラのくせに、ずばずば物を言うし、けっこう鋭いな」
そりゃな。なんせ謎子会社への左遷という底辺社員で、俺にはもう「下」はない。だから好き勝手言うわ。
「社長、ヒラではなく係長です。そして吉野さんは課長です」
「ああそうだったそうだった。悪い悪い」
苦笑いしてやがる。どうせ俺達木っ端社員のことなんか、ろくに覚えてもいないんだろうさ。
「まあ、たしかに。君達のおかげで距離は稼げているし、異世界タマゴ亭という想定外の収入源も確保してくれた。その意見は尊重したい」
「なら断ってください」
「そうしよう。そして見張っておく。そいつの動きを。陰にいる役員の炙り出しも進めよう。……もし黒幕役員の追放に成功したら、そのときは」
社長が俺の握手を求めてきた。
「吉野くんと平くんは、私個人に貸しを作ることになる。それには応えよう。私個人でか、あるいは組織としての我が社としてな」
俺は社長の手を取った。おっさんとの握手なんて趣味じゃないけど、仕方ない。
「では今後も頑張ってくれたまえ。吉野くん、そして平くん。君達には期待している」
――ご主人様、カッコいいーっ。
これまでずっと存在を消していたレナが、俺の胸で囁くのを感じた。
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