1-2 王都ニルヴァーナ 大門の大騒動

「主ら、何奴なにやつ


 王都入り口。大門の門番が、俺の胸に槍を突きつけた。大男で、今にも突っかかってきそうだ。


 モンスターの侵入が稀であり、かつ人間同士の争いも現在はほぼない。それでも過去に大乱の経緯があり、王都は低い壁で取り囲まれていた。四方に伸びる街道筋にだけ大門があり、門番が守っている。


 何日もかけてようやく王都に辿り着いたってのに、初っ端からトラブルはごめんなんだが……。


「見てのとおり、俺達は冒険者だ。王への害意はない」


 腕を広げて笑顔を作りながら、跳ね鯉村の村長のアドバイスどおりに返答する。俺の脇で、吉野さんがはらはらしている。その吉野さんをかばうように、憮然たる表情のタマが立ち塞がっている。


「そこにいるのは使い魔であろう。怪しい奴」


 騒ぎを聞きつけて、脇の衛兵詰所から助っ人が何人も駆け寄ってきた。皆、手に手に武器を構えている。


「そう使い魔。だからこそ冒険者と名乗ったじゃないか」


 この世界では、使い魔を使役できる人間は数少ないらしい。警戒されるのは当然と、村長も言っていた。冒険者と名乗れば、少なくとも問答無用で斬り殺されることはないというのが、村長の見立てだった。


「俺達は異世界から来た」

「い、異世界だと」


 明らかに、衛兵に動揺が広がった。さすがは王都。異世界から何人か入り込んできていることを、情報として得ているのだろう。


「たしかに異世界からの冒険者の噂は聞いている。だが貴様、騙りだな。ますます怪しい」


 いきり立っている。


「大丈夫だよ」


 連中を刺激しないよう、努めて穏やかに話しかけた。


「そうだ。王都の使いにも会ったぞ。跳ね鯉村で。たしか隊長の名前は……」

「アーサーだよ。ご主人様」


 ひょいっと、俺の胸からレナが顔を覗かせた。


「ひいっ」

「妖精の使い魔かっ!?」


 衛兵の腰が引けている。


「まあそんなところかな」


 俺は口を濁した。サキュバスとは言いづらいしなあw ましてや小型&低レベルでエロ系の技も使えないし。


「ねえあんたたち。ご主人様はね、ここの王家に貸しを作った勇者なんだからね。きちんと扱わないと、後でどうなっても知らないよ、ボク」

「……うっ」

「あんまり脅かすなよ、レナ」

「どうする?」


 衛兵は顔を見合わせている。


「アーサー様はたしかに、あっちで異世界からの旅人に会ったと言っていたぞ」

「貴様、名を名乗れ」

「平だ。平ひとし」

「……どうだ」

「そんな名前だったか?」


 みんな首を捻っている。


「いずれにしろ、本物とは限らん」

「捕縛して少し痛めつけるか」

「そうだな」


 衛兵の長と思しき年配のおっさんが、俺を睨んだ。


「ボスのボス」


 タマが身構えた。大暴れ直前ってか。


「まあ待て、タマ。こんなところで暴れたら、かえって話がこじれる。これから王に願い事をする身だぞ、こっちは」


 そう。サボり放題の安全な方面を教えてもらって、地図作りに生かさないとならないしなー。


 俺はおっさんに笑いかけた。とりあえずこいつを味方にしなくては。


「どうやったら信じてくれるんだ」

「もし本物の異世界人なら、ドラゴンと話を着けたはずだ。アーサー様が言っていた」

「ああそうだ」

「ドラゴンの名前は」

「それは知っているとも知らないとも言えない」


 真名を勝手に明かすわけにはいかない。信義に反する。


「ただ、種族はグリーンドラゴンだ。王なら知っているはず」


 顔を合わせて、ひそひそ話をしている。どうやらドラゴンの種類も名前も知らないようだ。まあ当然だな。


「そうだ。ドラゴンからは、これを受け取ったぞ」

「う、動くんじゃない」

「大丈夫だって。取り出すだけだから刺すなよ」


 ことさらゆっくりした動きでビジネスリュックを下ろすと、中から透明の珠を取り出して連中の目の前に突き出した。


「ひっひいいいいーっ!」

「そ、それは」

「ド、ドラゴンの珠っ!」


 ずさっと、連中が三歩も引き下がった。昼時の太陽を受けて、珠はきらきら輝いている。


「本当に心を許した友にしか託さないという、秘跡の珠」

「ドラゴンと盟約を交わす我が王家ですら所持していないのにっ」

「でっでは本当に、主らは異世界の勇者様」

「これは失礼をば」

「知らぬこととはいえ、ひ、平にご容赦をっ」


 全員ぺこぺこして、今にも土下座しそうだ。


「だから言ったじゃん」


 レナが溜息をついた。


「そんなに気にしなくていいよ。あんたらは忠実に職務を果たしただけだし。そうですよね、吉野さん」

「ええ。衛兵としての務めを見事に果たしたと、王もお喜びになるに違いないわ」


 さすが吉野さん。仕事ができすぎてハブにされただけあって、そつない受け答えだ。こういうときは、俺より吉野さんに話してもらったほうがいいかもな、今後は。俺、面倒になって適当に話しちゃいそうだし。


「そ、そう仰って頂けると、望外の喜び。――おいっ。城に伝令だ」

「はいっ」


 若手の衛兵がふたり、全速力で駆け出した。


「それと、アーサー様にも伝えておけ」

「了解っ!」


 伝令の後ろ姿が小さくなるまで見送ると、隊長は、俺を振り返った。


「ご無礼つかまつった」

「いえ。誤解が解けてなによりです」

「王は、異世界勇者殿のご助力にいたく感謝しておられます。これから王宮に案内いたしますので、ぜひ王にお目通りください」


 隊長に案内されて、俺達は大門を潜った。周囲の商人や旅人が大勢、唖然として俺達を見つめている。

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