1-3 謁見で恥かいたw

 大門から王宮まで、曲がりくねった街路を通ったんだけど、まあ遠い。壁のすぐ内側には倉庫らしき大きな建物や幅広の道路が走っていたが、商店と思しき街路に入ると、やたらと狭い。左右には豪奢な商品を誇る商店が並んでいる。


「なかなか立派な都市だね。ご主人様」


 俺の胸から、レナが左右を見回している。


「ああ。王家の統治がいいからに違いない」

「お褒めに預かり恐縮です」


 衛兵隊長が話し始めた。


「シタルダ王家は、この世界最古の王朝です。というか世界の開闢かいびゃくに深く関係しているとされています」

「へえ」

「街路の狭さにも理由がありまして」


 衛兵隊長の話だと、太古、侵入してきた外敵を迷路のような街路で分断し、個別に撃破して王宮を護った名残らしい。


 道々、王都の地理など聞きながら一時間弱進んだくらいで、ようやく王宮の門に着いた。長くかかったとはいうものの、随分くねくね進んだからで、全体の広さはさほどでもなさそうだ。このあたりの「感覚を狂わす感じ」も、防衛のために違いない。


 跳ね鯉村も王都も、石積みの城壁を除けば、建物のほとんどは木造だった。ただ王宮に関しては、石造りでところどころに木材を使っている感じ。異国情緒豊かな中にもそこはかとなく和風の香りが漂うのは、やはり日本人の妄想が現在、この世界に大量に流れ込んでいる影響に違いない。


 王宮の門に近づくと、待機していた数人の兵士が駆け寄ってきた。


「おう隊長。こちらの方々か」


 衛兵隊長に呼びかける。


「そうだ」

「わざわざご足労いただいて恐縮です。私は近衛隊長のフラヴィオ。玉座の間にご案内します。王がお待ちですので」


 使いの衛兵から話を聞いていたのだろう。もう老人と言っていい風貌の近衛隊長が、衛兵隊長から俺達を引き取った。


 王宮内部も随分入り組んでいた。なんての。増築改築を重ねた温泉旅館みたいな感じよ。これも侵入者が王の寝室とかに辿り着きにくくする工夫だろうか。


 とにかく、方向感覚がすっかり麻痺した頃、ひときわ大きな扉が現れた。玉座の間だそうだ。くれぐれも粗相のないようにと近衛隊長に釘を差されてから、中に通された。


「おう。これは異世界の旅人の方々か」


 だだっぴろい空間の奥、ひとりぽつんと大きな玉座に佇んでいる王は、なんだか淋しげに見えた。四十代前半くらいだろうか。歳の割に皺が多い。


「ささこちらに。近くで顔を見せてくれ」


 手招きに応じて近づくと、膝でかしずくように、近衛隊長に促された。


「あーよいよい。堅苦しい挨拶など。さあ、ここに」


 玉座の脇の大テーブルを手で示している。


「しかし王。そこは神聖なる軍議のテーブル」

「もう軍議など何百年もしておらんではないか、フラヴィオ。お前は堅苦しくていかん」


 ふたりのやりとりがしばらく続いたが、とにかく結局、俺達パーティーは軍議のテーブルとやらに、王と向かい合って座ることになった。


「アーサーから話は聞いた。いろいろ世話になったようだな」

「いえ。成り行き……というか、こっちもドラゴンには用があったので」


 なんせ吉野さん、さらわれちゃったからなー。


「まあいずれにしろ、王家の借りだ。その方ら、名前は……」

「平です。こちらは上司の吉野さん」

「いえ、この世界では平くんがボスです」

「なんだそれは。どうやらややこしい関係らしいのう、ふたりは」


 王は笑っている。


「で、そこのふたりは使い魔だな」

「ボクはご主人様イチの使い魔、レナだよっ!」


 テーブルの上に立ったレナが、胸を張った。


「妖精か?」

「ボクはサキュ――」

「そんなようなもんです」


 余計なこと言って話をややこしくしてどうする。俺が睨むと、レナはぷいっとそっぽを向いた。


「ご主人様の意地悪」

「あたしはボスのボスに仕える、ケットシーだ。名はタマ」

「ボスのボス?」

「ボスはふみえだ。ボスのボスがそいつ」


 俺を顎でしゃくる。タマの奴もなあ……。リーダーとしての俺の権威が地に落ちるじゃん。フラヴィオなんか、にやにやしてやがるし。


「わしはシタルダ王家のマハーラー。その方らには感謝しておる。存分に王宮で休まれるとよろしい。我が王家は、その方を最上級の賓客として遇しよう。酒も女も望みのままだ」

「いえそれは……」


 横で吉野さんがひくひくしているのを感じるw 俺はあわてて口を挟んだ。


「それよりマハーラー王。頼みがあります」

「なにかな。その方の頼みであれば、なんなりと叶えよう。のうフラヴィオ」

「王。可能な限り、ですぞ。言葉に気を付けなされ」


 フラヴィオは苦い笑顔を浮かべている。どうやら彼は苦労が絶えないようだな。まあわからなくはない。


「うるさいのう。恩人の前で恥をかかせるものではないぞ、フラヴィオ」

「王、俺と吉野さんは、世界の地図を作るという命を背負ってここにいます」

「ほう。地図を」

「ついてはそれに協力願いたい」

「どのような協力だ。護衛でもつけてほしいのか」

「いえ。それは結構」


 サボるのバレるしな。


「それより、王都周辺のモンスター出現具合を細かく教えてほしい」

「なに。退治して回ると申すか」

「いえ。……なんと言うか」


 困ったな。サボるためとは言えないし。


「王。我々は地図作りが火急の務め。ならばこそ、モンスターの影薄い方角を選び進みたいのです」


 おお。吉野さんナイスフォロー。口調もなんだか厳かで、王との会話向けだし。やっぱこういうの、俺より適任だよなあ。俺、まだるっこしい会話、途中でめんどくさくなってきてバンバン言いたいこと言っちゃうからさ。社長会議でも毎度大暴れしちゃうし。


「なるほど。いちいち戦闘していては埒が明かないか。わからんでもない」


 高い天井を見つめて、なにか考えている。


「よかろう。明朝、王立図書館の館長ヴェーダを訪ねるとよい。奴は知恵者だ。万事手配しておく」

「ありがたき幸せ」


 思わず口に出た。ぷぷっと、脇で吉野さんが噴き出した。くそっ、吉野口調に引っ張られたら、時代劇みたいになったわ。俺、やっぱ向いてないかも。


「ただ、この王にも条件がある」


 まっすぐ、俺の瞳を見つめてきた。


「条件とはなんでしょうか、マハーラー王」

「うむ。実は――」

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