1-4 王宮お泊まりの夜に

「今日はここにお泊まりなんだね、ご主人様」


 王宮の客間のテーブルに乗って、レナが周囲を見回した。


「豪勢な部屋だね。広いし。この居間だけで、ご主人様の邸宅の十倍以上あるよ」


 余計なこと言うなし。


 まあ、周囲を近衛兵とか王に取り囲まれてたからなー。ようやく俺達パーティーだけになれたんだから、軽口が出るのも仕方ないか。


「私なんか、まだ緊張してる」


 吉野さんは、ほっと息を吐いた。


「なんだか家に帰りたいかも」

「仕方ないっすよ。泊まってけって言うんだから」

「断ると、王の顔を潰すことになる。一泊くらいは仕方ない」


 言い残すと、タマは立ち上がった。


「念のため、ここを調べておく」


 あちこちの調度品の扉を開けたり窓から外を覗いたりし始めた。


「わあ、おっきいお風呂」


 便乗して部屋を見て回っていたレナが叫んだ。


「ご主人様、これならみんな一緒に入れるよ」


 悪気はないんだろうが、ひとこと多い。吉野さんが体を硬くしてるじゃないか。


「あっ!」

「どうした、レナ」

「ここ、寝台がひとつしかないよ」

「お、おう……」


 吉野さんが、またしても微妙な雰囲気になる。


「問題はなかろう」


 タマがテーブルに戻ってきた。


「見てきたが、寝台は大きいから四人、充分眠れる。レナは特に小さいしな」


 いやそういう問題でもないんだが。


「あの……。私」


 吉野さん、消え入りそうな声だ。


「平くんがいいなら、私は……別に……」

「でも寝間着とか持ってきてないからなあ」


 考えたらいろいろ面倒そうだ。


「俺、異世界村に泊まるときは裸だったし」

「わ、私もそうしてた」


 じっと見つめてくる。


「私はそれでもいいけど……。掛け物くらいはあるだろうし」

「裸で寒いなんて、ヒューマンは弱いな。なら侍女じじょにでも頼めばいい。こっちは王の客人だ。夜着くらい、百や二百でも持ってきてくれるだろう」


 いやタマ、だからそういう問題じゃないんだっての。


「まあそんなのどうでもいい。それより――」


 とりあえず話題を変えることにした。微妙な空気は苦手なんだよ。


「それより王の頼みだ。レナ、どう思う?」

「消えた王女の謎を解いてくれって話だったよね。ご主人様」

「ああ。できれば見つけて連れ戻してほしいとかなんとか」

「無理だと思うよ」


 あっさり言うなあ。まあ俺もそう思うけど。


 話はこうだった。王女シュヴァラは一年前、二十二歳の夏に消えた。どうやら退屈な王宮暮らしにうんざりしていたようで、うまいこと隙を衝いて逃げたらしい。


 書き置きにより、冒険を求めて旧都の遺跡へと向かったと思われている。これまでも繰り返し捜索隊を全土に送ったが、手がかりはない。ついては、異世界の知恵で旧都遺跡を調査してほしいという。


「だって旧都の遺跡って、王女が家出した直後の地殻変動で周辺が大荒れになって、未だに誰も辿り着けていないって言ってたもんね。精鋭部隊が無理だったのに、ボクたちが行けるはずないじゃん」

「まあそうだな。それに王女が遺跡に行ったかどうかだって怪しいし。家出するときわざと逆の方を書き残すの、誰だって考えるよな。逃げたいんだったら」

「そんなことは王もわかっているだろう。馬鹿じゃない。仮にも一国の王だからな」


 皿にてんこ盛りになっている果物をかじると脚を組んで、タマが続けた。


「だが、そこは親だ。一筋の光を求めて、異国のパーティーに助力を願うというのも当然とは言える」

「きっと、できることは全部やったって、自分を納得させたいんだと思う。……ねえ平くん」

「なんです、吉野さん」

「地割れだの火山の溶岩や有毒ガスだので、近づけないって話でしょう。その古い遺跡には」

「ええ」

「なら現実世界からの転送時に、その座標を指定してもらったらどうかな」

「それは考えたんですけど吉野さん、多分無理ですね」


 そもそも転送技術はまだ発展途上。飛ばしやすいところと無理なところがあちこちにある。最初からイージーポイントを狙うか、俺達が足で稼いだ直近の調査データで安定しているところに転送されるのがこれまでだ。いきなり絶海の孤島みたいな場所には転送できないはず。


「じゃあ、ドラゴンさんに頼んで連れて行ってもらうとか」

「そうか。空飛んじゃえば、溶岩だろうが大海だろうが関係ないすね」

「無理だな」


 ひと言のもとに、タマに否定された。


「なんでだよ」


 ちょっとむっとしたが、タマは知らん顔をしている。


「考えてもみろ。ドラゴンロードは呼べない」

「あいつ、俺のこと遠くから見てるはずだぞ。なあレナ」

「そうだけど、駄目な気がする」

「ボスのボス、お前の使い魔でもないからな。無理だ」

「ならグリーンドラゴンのイシュタル。あいつがいるじゃないか。俺達のこと気に入ってるって言ってたぞ。そうだよな、レナ」

「うーん……」


 いつも能天気で明るいレナが、珍しく考え込んだ。


「ドラゴンは気位の高い種族だよ。意味なく人間の頼みを聞いてくれるかなあ……」

「でも課長はドラゴンライダーだぞ。あんときも、我の魂の乗り手って言ってたし。あれからだって、もう何度かマッサージしに行ってるからな。ドラゴンの珠使って」

「うん。でも、自在に言うことをきかせるのは無理じゃないかな」

「気位が高いからか」

「それもあるが、まだ早かろう」


 タマが引き取った。


「ふみえはドラゴンライダーだから、もっとドラゴンと親しくなれば、乗せて連れて行ってくれるかもな。ただ、あたしらは無理だ。遠乗りなんてとてもとても。興に乗れば、遊びとしては乗せてくれるかもしれん。だがこっちの頼みとして馬車のように自由に使おうとしても、まず断られるだろう」


 かじり終わった果物を、脇の籠に放り込んだ。


「それにボスのボス。お前、ふみえひとりで遺跡に行かせるってのか」

「いやそれは無茶だ」


 俺は即答した。そもそも王女の探索ったって、ひとりじゃとても無理。俺達パーティーでも難しいはず。なんせこの王国のことだの歴史だの知らないし。ここは王室の知恵どころでも連れて行くしかないのは見えてる。


「危険だし、探せるはずもない」

「だろ。すべては明日、図書館で情報を集めてからだ」

「館長に会えって言ってたよな。たしか――」

「ヴェーダさんだよ。ご主人様」

「そうそう」

「モンスターの少ない地域とかの情報を聞くわけだけど、そのとき王女の件も尋ねたらいいよ」

「そうね。王の頼みを無下に断るのもできないだろうから、明日情報を集めてから方策を考えましょ。ねっ平くん」

「はい。……なら、王の使いだったアーサーにも会っておくか」

「それがいいよご主人様。アーサーさんは王の命でどこにでも赴く使い。言ってみればスカウト職だから、遺跡にも道中の危険にも詳しいだろうし」

「多分、あいつ自身も王女探索しただろうからな。王の懐刀の隠密ならさ」

「それが良さそうね、平くん」

「よし。悩むのはとにかくその後だ。今頭使っても無駄になるだけだからな」

「わーいっ。じゃあお風呂だねっ」


 レナが飛び上がった。


「みんなで入ろ。そしてもう寝ちゃおうよ。おんなじ寝台で」

「こらこら、ここですぐ脱ぐんじゃない」

「だって、いつもお風呂一緒じゃん。ご主人様の邸宅で」

「ま、まあな」

「ほらほら、タマも吉野さんも脱いで脱いで」


 なんか知らんがうれしそうだな。


「ボク一番乗りだあーっ」


 秒速ですっぽんぽんになって、風呂場に文字通り飛んでいったよ。後に俺と吉野さんの気まずい沈黙を残して。


 ああタマ? あいつは、なんにも考えてないみたいだ。さっそく脱ぎ始めてるから。

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