1-13 トリムの初夢
初詣した元旦深夜、トリムに起こされた俺は、隣の部屋に連れ込まれた。暖房はしっかり入ってはいるが、誰もいない部屋は妙に薄ら寒い気がする。なんだか落ち着かない。
入り口近くにリモコンを見つけると、俺は暖房を強めた。
「そんなのいいから、こっちに来てよ」
袖を引かれ、バルコニーに面するテーブル席へと導かれた。並んで座る。
「なんだよ、用事って」
「約束果たしてもらうから」
「約束?」
「うん。キスの約束」
やっぱそれか。
「あれは約束じゃないだろ。お前が勝手に――」
「とにかく、お年玉だから」
「お年玉なら、アクセサリーあげたろ」
「それとこれとは別」
決然とした表情だ。俺の腕を取ると、胸に抱く。
「ねえ、早くぅ」
「いやムードもくそもないな、お前」
「ムード出してほしいんだ」
くすくす笑うと、浴衣の前を拡げた。きれいな胸が半分くらい露出する。
「これでどう」
「それじゃ妖怪おひきずりさんだ」
なんかおかしくなってきた。毎日のように風呂で三助やらされてるのに、今さら半乳くらいで俺を落とせると思ってるのか。
「なにがおかしいのよ」
くすくす笑っていると、睨まれた。
「いやトリム、かわいいなあって」
「ほら……」
顔を寄せ、唇を近づけてくる。仕方ないんで、キスに応えた。面倒だし、たかがキスだ。大きな問題はない。前に一度したし。
触れ合うと、トリムは唇を開いた。舌を入れてやると、吸っている。
「ふう……」
長いくちづけが終わると、トリムは溜息を漏らした。瞳が濡れ、とろんとしている。
「……もう一度」
俺の唇を奪うと、俺の舌を誘い出すようにする。応えてやると、美味しそうに吸っている。
長い間、俺の舌を吸い唾液をねだると、トリムの体は次第に発熱してきた。うっすら汗をかいている。暖房上げすぎたかもしれない。
「平ぁ……」
俺の首筋に唇を着けた。呟く。
「好き……」
そのまま、くたくたっと倒れ込んできた。
「おい、トリム……」
俺の膝に体を預け、はあはあ息をしている。甘えているというのとは、ちょっと違う感じだ。
「平……あたし……」
「大丈夫か、トリム」
「少し……気持ち悪い」
「こっち来い。今、布団出してやる」
「うん……」
だが布団を出すまで、もたなかった。畳に横になると、そのまま荒い呼吸を続ける。
「これは……」
前もこんなことがあった。ケーキバイキングのときだ。あのときも、そう言えばキスしていた。杏ジャムかなんかが原因だと思っていたが、もしや……。
「やっぱり……」
後ろから声がした。
「レナ」
部屋の入り口に、レナがふわふわと浮かんでいた。
「いつまで経ってもご主人様が寝ないから、夢エッチができないじゃん。おかしいから起きてみたんだよ。そしたら……」
「それより、やっぱりって、どういう意味だよ」
「トリム、変でしょ」
「ああ」
たしかに。甘えているのでも、興奮しているのでもない。これは……。
「聖なる刻印だよ、ご主人様」
「なんだそれ」
「刻印が発動したんだ。……前、話さなかったっけ」
そういや、その名前、どこかで聞いた気がする。そうそう。初めてトリムが俺のボロアパートに来たときだ。レナが言ってたんだわ、たしか。エルフならではの聖なる刻印がどうとかって。
「なんだかわからんが、手当てしなくていいのか」
「平気だよ。刻印が体に刻まれれば収まるから」
レナが言うなら、正しいんだろう。ホテルのときも、しばらく休ませていたら元気になったしな。
「聖なる刻印だっけ。……なんなんだ、それって」
「エルフの女子はね、連れ合いができると、体液で刻印が打たれるんだ」
「体液って、唾液か」
「まあね」
それで、キスでこうなったのか。
「刻印が打たれるって、どういう意味なんだ」
「生殖の刻印だよ」
話はこうだった。恋人の体液を摂取すると、それが体に刻まれ、一種の鍵のような役割を果たすようになる。言ってみれば、恋人専用の鍵穴が体にできるってことさ。一度鍵穴ができると、そのエルフは恋人の体液を欲するようになる。さらに体液で興奮するようにもなる。
「前、エルフとのアレ、気持ちいいって言ってたよな。これのことか」
「ひとつの要素っていうだけだよ、ご主人様。他にもいろいろね。……ご主人様も、トリムとしてみればわかるよ」
「そうは言うがなあ……。こんな状態、かわいそうというか」
「大丈夫。初期反応なだけだから。……ご主人様、トリムと何回キスしたの」
「今日で二回めだな」
「ならこれからは、もうキスではおかしくならないと思う。……興奮はするだろうけど」
「なるほど。体液って、唾液のことなんだな」
「それだけじゃないよ」
なにが嬉しいんだかわからんが、楽しそうだ。
「唾液は言ってみれば、第一段階。他にもいろいろあるでしょ」
「……そうか」
なんとなくわかったわ。
「第一段階の刻印が終わって、トリムはもうご主人様にしか反応しなくなったはず。第二段階の刻印で、もっと色々凄くなるよ」
あーこれ、ヤバい奴だ。
「なに話してんの」
トリムだ。振り返ると、もう起き上がってた。
「あれ、レナがいる」
「大丈夫か」
「うん。……あたし、もしかして寝てた?」
「まあそんなようなもんだ」
トリム自身にも、聖なる刻印の知識ないみたいだな。やっぱり巫女になる身だから、教えてもらってなかったんだろう。
「なんかぼーっとして、変な夢見てた。あれ、初夢ってことかな」
「かもなー」
どんな夢か知らんが。
「変な夢だったよ。なんか偉そうなエルフがあたしの前に立って、なにかを教えてくれたんだ。……古代の衣装だった」
「なに教えてもらったんだよ」
「忘れたー」
けろっとしている。
「なんだそりゃ」
「だって夢だもん」
まあ、そんなこともあるか。なんで夢って、起きてすぐ忘れちゃったりするんだろうな。
「えへーっ。キスしてもらっちゃった。……これは夢じゃないよね」
なんか知らんが、喜んでるな。
「良かったな、トリム」
「平のキスって、甘いんだよね」
「そうか」
この味覚異常も、もしかしたら刻印関係なのかも。前んときも、甘いって言ってたし。比喩的な意味じゃないんだな。
「また、してね」
「気が向いたらな」
適当にごまかしておく。トリムがキス魔に育ったりしたら、なにかと困るからなあ……今でも三助で参ってるのに。
「これは将来が楽しみだねー、ご主人様」
嬉しそうなのはレナひとりだわ。困った奴だ、本当に。
「さて、なんやらわからんが、とにかく『お年玉』って奴も終わったし、向こう戻って寝ようぜ。俺、眠いわ」
「あたしも眠いかも」
トリムが俺の腕を胸に抱えた。
「どうでもいいが、浴衣直せ。胸が当たる」
倒れてさらに乱れたから、先まで見えて……というか俺の腕に当たってるし。
「あっ本当だ。平がやったの?」
「知らんがな」
今日は元旦。のんびりするはずの日だったが、想像以上にいろんなことがあった。もう寝よう。
今晩は初夢。姫始めとか称して、レナが夢で待ち構えているだろうさ。相手してやらんとならないし。パーティーリーダーってのも、なにかと忙しいもんだな。
●次話より新章です。お楽しみにー。
――アスピスの大湿地帯を抜け、ハイエルフの里に踏み込んだパーティー。トリムの両親に引き合わされ、刻印の件で親父に睨まれる平。一方、巫女になったトリムの妹からは、重大な神託を告げられる。それは……。
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