1-12 お年玉
「あたしこの、クリームあんみつってのにする」
品書きを睨んで、トリムが叫んだ。たかがおやつ選びに、就職先を決めるくらい真剣な顔つきで検討した末の話だ。
「好きにしろ。……みんなはどうだ」
各人、ばらばらと好みのスイーツを挙げてきた。
「面倒だから飲み物は抹茶縛りな。コーヒーとか煎茶は、家でいつも飲んでるし」
混み合う店内で、俺が取りまとめて注文した。初詣帰り。トリムに引きずられるようにして参道の甘味処に連れ込まれた。俺以外全員女子だから、そこはもう一致団結よ。あーキングーは女子じゃないか。まあいいや。
あんみつだの善哉、茶饅になぜか洋風のフルーツポンチやプリンアラモードなど、テーブルにずらりとスイーツが並ぶと、女子は一斉にスプーンを握り締めた。
全員、急に無口。カニ食いかよw
それぞれうまいだの苦いだの感想戦をしながら、凄い速度で口に放り込んでいく。
まあ、みんなが楽しいならいいや。
俺は栗蒸し羊羹だ。これ好きなんだよな。小豆と栗、微妙に異なる甘さと香りが鼻に抜けて、得も言われぬ味になるし。ぬろっとした羊羹ならではの歯応えがまた、絶品だしさ。ほろ苦い抹茶で甘みを洗うと、抹茶の香りがさわやかに鼻をくすぐるし。小さく切った羊羹を、胸に隠れたレナにも補給してやる。
「ところでお兄ちゃん」
プリンアラモードの皿から、キラリンが顔を起こした。
「鼻にクリーム付いてるぞ」
「あたしにお年玉ないの」
元スマホだけあって、余計な知識集めまくりだなあ……キラリン。隣の吉野さんが、クリームを拭ってやっている。
「お年玉ねえ……。そうだなあ……、ないことはないな」
思わせぶりに、俺は首を傾けてみせた。
「えっマジ。聞いて良かった。早く頂戴よ」
手を突き出した。
「ま、キラリン、活躍してくれたし……」
席の脇に置きっぱにしてあったいつものビジネスリュックに、俺は手を突っ込んだ。こんなこともあろうかと、実は全員分、用意してあるんだ。
「はいこれ。キラリンに。……あけましておめでとう」
「なにこの箱。……名刺でも入ってるのかな」
名刺なんか、いらんだろ、お前。てか変なこと知ってるなあ、キラリン。……そもそも、こんなでっかい名刺があってたまるか。
「わあ、スマホだ」
箱を開けたキラリンが歓声を上げた。
「みゆうちゃんと連絡取りたいだろ、自分のスマホで」
「ありがと、お兄ちゃん。さすが、嫁思いのご主人様だけあるねっ」
知識あるな。テキパキ起動して、さっさと設定始めてるし。というか、みゆうちゃんにメッセージ送ったと思ったら、もうスマホゲームダウンロードして熱中してるし。お前も元スマホだろ。恥ずかしくないのかw
「レナにもあるぞ」
取り出した焼鳥の串的なサムシングを、周囲の客にわからないように、胸のレナにこっそり渡してやった。
「なにこれ……。あっ、わかった」
レナの瞳が輝いた。
「ボクの剣の鞘だねっ」
マハーラー王に冒険の次第を報告に上がった折、みんなには内緒でミフネに相談したのは、これの製作さ。頼んでおいたんだわ。
「これでもっとボク、活躍できるね」
「持ち運びやすくなっただろ」
「うん」
さっそく剣を鞘に収め、腰に装着している。
「ご主人様、だーい好き」
「タマには、これ」
小さなパッケージを、タマに手渡す。
「なんだこれは。重いから、金属のナックルガードあたりか」
びりびりと無造作に包み紙を破って、中身を出す。
「これは……」
出てきたのは、鞄に付ける五センチくらいのバッグチャーム。十字形……というか、矢印が十字形で外を向いている奴。銀製だから、鈍く輝いている。
「本来はバッグ用なんだけど、タマなら服に提げるといいよ。タマにもおしゃれしてほしいんだ。かわいいんだから」
「ネックレスなんかとは違って、チャームなら戦闘時にも邪魔にならないわね」
吉野さんが、感心したような声を上げた。
「ありがとう平ボス」
俺の手を握ってきた。
「平ボスの初めてのプレゼントだ。たとえ中身が食べ残しの弁当でも、あたしは嬉しいぞ」
……褒めてくれているようだから、まあいいか。
「トリムにはこれだ……」
バッグに突っ込んだ俺の手を、トリムが掴んだ。
「いらないよ、あたし」
「えっ……。でも用意はしてあるぞ」
「プレゼントなら、キスがいい」
「いやお前……」
全員いるんだぞ。ぎくっとなったが、とりあえず誰も問題とは思っていないようだ。使い魔やキングーはある意味当然かもしれないが、吉野さんも素知らぬ顔をしている。
そういやトリム、前々からパニクると謎告白してたし、みんなにも自明ってとこなのかもしれないな。とはいえこれはなあ……。
「ここで話すことじゃないだろ」
「でもまあ、せっかくだから、これももらっておいてあげるよ。ついでだし」
俺が掴んでいたパッケージを取り出すと、勝手に開け始めた。ちゃっかりした奴め。
「わあ。かわいいアクセ」
タマ用と一緒に見繕った奴だ。ペルシャ唐草模様の大きめのチャーム。蔓草が複雑に絡み合ったような形をしている。これも銀製だ。
「矢筒に取り付けたらかわいいかなって」
「平、意外に女子っぽいね」
余計なお世話だ。
「次はキングー」
「えっ」
息を呑んだ。
「僕にもプレゼントがあるんですか」
「ああ」
「僕はいいですよ。平さんのパーティーじゃなくて、ただの客人だし」
「そこなんだけどな……」
キングーのプレゼントには、実は悩んだ。アクセサリーってのもなー。男であるし女でもあるから、どっちの色が強くても気にするかもしれないし。
「キングーお前、俺達と暮らさないか。当面」
「僕がですか?」
目を見開いてるな。
「ひとりだと、なにかと寂しいだろ」
「は、はい……」
キングーは俺達の旅について来たがっている。今も半分同居しているようなものだが、それは単に「毎日朝、いちいちライカン村でキングーをピックアップするのが面倒」という理屈からだ。キングーが気に病んでも不思議ではない。
俺が頼む形にすれば、キングーも精神的な負担を感じず、堂々と同居できると思ったんだ。
「悪いな。形のあるプレゼントじゃなくて、俺の希望を押し付けるだけで」
「いえ。……僕も嬉しいかも……です」
赤くなって下を向いてしまった。
「ありがとう……ございます」
消え入りそうな声だ。
「吉野さんにはですね……」
「あら、私はお年玉なんか、いいのに。……上司だよ、私」
「まあ、上司にプレゼントしてもいいじゃないですか」
「それは……いいけど」
戸惑っている吉野さんの手を取ると、手のひらにプレゼントを置いた。
「これは……」
色白の手のひらに乗っているのは、赤くて丸い髪留め。それに透明ピンクでラメが輝いているリボン型の髪留め。プラスチック製で、どちらにも髪留めゴムが付いている。
「平くん……」
吉野さんの瞳が、見る見る潤んできた。
「あの日の話、覚えていてくれたんだ」
「ええ。最初のデートですからね」
吉野さんと最初にデートした、あの下町の遊園地。親に萎縮して好きなものを買ってもらえなかったって、俺に告白してくれた。あの話で出てきた、髪留めだ。子供の頃、欲しかったという。
「私を幸せにしてくれるってことね。……ありがとう」
涙がこぼれ落ちた。
「大事にする」
安っぽい髪留めを、愛おしそうに胸に抱いた。
「さて、これで全員お年玉もらったし」
焦れたような声を、トリムが上げた。
「ねえ平。スイーツおかわりしていいかな」
こいつ……。せっかくしっぽりしたのに、雰囲気台無しじゃん。
「いいでしょ。ずっと我慢してたんだから」
「あーわかったわかった。もう全員でなんでも好きなもの追加しろ」
歓声を上げて、キラリンが品書きを睨みつけた。
「あたしねえ……」
まあいいや。みんなハッピーなら、それが俺の幸せなんだ。後ろを向くと、俺は店員に声を掛けた。
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