1-11 初詣

「早く歩きなよ、平」

「あわてるな、トリム。神様は逃げない」


 参拝客でごった返す神社の参道を、トリムは跳び跳ねるようにして進んでいる。もちろん例の薬で耳を小さくし、人間化けしてな。


「ハツモデイって初めてだから、楽しみ」

「初詣な」

「ハーツ・モデー」

「は・つ・も・う・で」

「わかったから早くお参りして、ドナツーでも食べようよ」


 頭が痛くなってきた。


「……もういいわ、それで」


 毎日温泉でまったりしているうちに、年が開け元旦になった。俺達は、秋猫温泉近くの神社にお参りに向かうところだ。


 あーちなみにあれから何度か、隙を見て吉野さんとは仲良くした。みんなから隠れながらになるから、どうしても風呂場とかが多かったが。旅館の広大な庭をふたりで散策中、浴衣の裾を捲り上げて木陰で襲ったこともある。


 吉野さんも、立ったまま後ろから犯されるの、なんとか慣れたみたい。恥ずかしがってたけど、着衣での行為もOKさせた。これは東京に戻ってからも、いろいろ期待できるな(ムラムラ)


「賑やかな場所だな」


 目深に帽子を被ってネコミミを隠したタマが、周囲を見回した。


「温泉はあんなに静かだったのに、これだけの人、どこから湧いたんだ」


 山中にある田舎神社なのに参道は広く、両側に土産物屋だの門前蕎麦屋だのが並んでいる。お参りに向かう人や済ませてきた人が、あちこちの店を楽しげに覗いて回っている。温泉旅館の丹前姿のままの人もいるが、大多数は普通の服だ。もちろん艶やかな着物姿の女子も多い。


「ここ秋猫神社はね、平安時代の創建。つまり千年以上歴史ある、由緒正しい神社だよ。戦いの神様として有名だから、受験生とかビジネスマンとかが、県外からもお参りに来るみたい」


 さすがキラリンは元スマホだけある。さっそく頭の中で検索して調べたみたいだな。


 長い参道を抜けると古そうな木製の鳥居がある。どえらく大きいから、よほどいい木を使っているんだろう。鳥居を潜ると、本殿に向け、これまた長い階段が続いている。


 キラリンによれば、この神社の祭神は、戦神いくさがみに付き従い妖怪退治したとされる眷属けんぞく建御名方猫たけみなかたのねこ。それにちなんでだろうが、狛犬は獅子じゃなくて、猫だ。


 考えたらそもそも獅子だってライオン、つまり猫科だ。だから、それほどおかしな話ではない。獅子以外にも、犬や狼、兎の狛犬を掲げる神社だってあるしな。稲荷社とかだと狐だし。


 ここの狛犬は猫ではあるが、口を大きく開けて吠えている阿形あぎょうと、きつく口を閉じている吽形うんぎょうと、ちゃんとしている。かわいい姿ながら、前足で魔物を踏みつけているところとか、さすが戦神の眷属だけある。


「さて……」


 階段を上り、参拝を待つ行列も、ようやく俺達の番になった。全員で五円玉を投げ、一心にこうべを垂れる。目をつぶると、去年の破魔矢を焼く香ばしい芳香が、鼻をくすぐった。ここの破魔矢、多分香木を使ってるな。


 俺は、みんなの無事と幸せや武運。それに俺の延寿成就を願った。たった五円でかなり図々しいから、建御名方猫も神器の陰で呆れてることだろうさ。


「さて、行こうか。次の人が待ちかねてるし」


 いつまでも瞳を閉じ祈っているトリムを、そっと促した。


「興味深い習俗ですね。こうして神に祈るとは」


 感心したかのように、キングーが呟いた。


「あっちの世界の神とは、ちょっと違うかもなー」


 特にキングー、なんたって天使の子供だし。


「平くん、おみくじ引こうか」

「はい。……ところで吉野さん、なに願いました」

「内緒……」


 微笑むと、俺の手を握った。


「……でも、平くんのこと」

「ありがとうございます」


 おみくじも全員引いてみた。吉野さんとキングーが大吉だった。タマと(俺が代わりに引いた)レナは中吉。キラリンが小吉。俺が末吉。トリムは凶だった。


「なにこれ。あたしだけ酷いんですけどー」

「ただの占いだよ、トリム」

「あたしだって占いする巫女だもん、本来なら。ライバルだから蹴落とそうとしてるんでしょ、ここのネコ」


 眉を上げて怒ってるな。


「いちばんいいの引くまで、何度でもやる」

「そういうもんじゃないんだよ、おみくじって」

「トリムちゃん。おみくじは、ここのところに結んでおくと、凶が大吉に変わるのよ」


 吉野さんが、トリムにおみくじ掛けの紐を示した。


「本当? ここのネコもやるわね」


 あっさり機嫌直ったな。現金な奴。さっそく結んでいる。落ちてたまるかってんで、どえらく固く結んでるがな。


 自分のおみくじを、俺は読み返してみた。




末吉


あづまにて 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ



願事   いずれ叶う 心を強く持て

待人   来たらず

商い   宜しくない

縁結えんむすび   人の声を聞け

家庭   精進せよ

御産   良し 子作りに励め

家移やうつり   時を待て

吉方きっぽう   あづま

病     軽く見るな 養生せよ

争事あらそいごと  恐れるな 進め

相場   悪し

失物うせもの   時が掛かる

金運   悪し




 うーん……。さすが末吉だけあり、あんまり良くはないな。


 とはいえ和歌の意味は、割といいほうな気がする。野っ原で、日の出に暖められて東にかげろうが立っていて、振り返れば西に月が沈むところだ――って意味だろ、これ。つまり暗い夜は明けて暖かな日になる。これからは、いずれいいことがあるって線だ。時間は掛かりそうだが。


 おまけに吉方は東。俺達はこれから、アスピスの大湿地帯を東に向け、大森林地帯に向かう。その意味で縁起はいい。


 まあいいや。これも結んどいて、さらなる運気アップを願うわ。

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