1-10 「日常の謎」――キラリン探偵大活躍

「あっ」


 吉野さんが叫んだ。


「なにか聞こえた」

「猫ですか」

「多分……ほらっ」


 俺にも聞こえた。微かだが、たしかに鳴き声だ。木の音とかじゃあない。


「でも、タマちゃんにもわからなかったのに、どこに猫が……」


 吉野さんと俺は、顔を見合わせた。


「見た感じ、いないっぽいですね」

「白猫なのかな。雪に紛れてるとか」

「お兄ちゃん」


 キラリンが俺の手を握った。


「聞こえたのは、あっちだよ」


 俺の手を引く。山道をどんどん下りて。


「いや、こっちだと舗装路に戻るぞ」

「いいから。感じたんだ」


 キラリンに先導され、俺達は舗装路へと出た。ごく普通の田舎道。センターラインすらない荒れた道が、うねうねと山肌に張り付いているだけだ。


「猫なんて、どこにも見えないぞ」


 タマが見回している。


「僕にもわかりません」


 キングーは、側溝を覗き回っている。


「溝に落ちたとかも、ないようです」

「あそこから響いたんだ」


 キラリンが上を指差した。道路脇に鉄柱が立っており、四メートルくらい上に、小さな拡声器のようなものが取り付けられている。


「なんだあれ」

「自治体の無線じゃないの、平くん」

「無線?」

「うん。地震とかの緊急事態を放送する奴」

「ああ。あれですかね。午後五時になると子供に帰宅を促す音楽が流れる、あれ」

「そうそう」


 吉野さんは頷いている。


「俺、あの音楽嫌いなんですよ。物悲しくなるから。もっと勇ましい、軍歌みたいな奴でも流せばいいのに」

「それじゃあ子供が勇んで、なおのこと遊び回るな」


 タマが冷静にツッコんできた。まあそりゃそうか。


「あそこから猫ちゃんの声がしたんだ。電波を感じたもん」


 そうか。さすがキラリン。元謎スマホだけあって、そういうのを感じ取れるんか。


「でも、自治体が猫の鳴き声流すわけないよね」

「よっぽど猫好きな自治体なんじゃないですかね」

「馬鹿言わないの」


 吉野さんにはたかれた。見事なツッコミ!


 冗談はさておき、たしかにそうだ。猫で再生を荒稼ぎする、動画のプロってわけでもないだろうしな。


「ねえご主人様。さっきの甘味処で聞き込みするといいよ」

「しっ」


 服の中から、レナの声がした。口を挟めないのに、我慢できなくなったんだろう。


「あとボクにもお汁粉食べさせて」

「今のなに?」


 みゆうちゃんが俺の胸をガン見している。


「お、俺、腹話術が得意で」


 苦しい言い訳。


「そうそう。本当にお腹から声が出てるみたいに聞こえるのよ」


 吉野さんが適当に話を合わせてくれた。


「ほら、平くん、やってみせなよ」

「はい」


 口をもごもごさせながら、胸を軽くはたいた。


「ボク、妖精のレナだよ」


 レナが適当に合わせてくれる。


「わあすごーい。……ねえねえ、レナちゃんは、どういう妖精」


 みゆうちゃんの瞳が輝いてるな。


「ボクはねえみゆうちゃん……。愛の妖精」

「愛の妖精?」

「そうだよ。ご主人様と、夜な夜な体を重ねてモグーッ」


 服の上からつねってやった。子供相手になに口走ってるんだよ、アホ。


「まあ、こんな感じで腹話術するんだよ」

「へえーっ凄いね」

「それよりお兄ちゃん、レナが言ってたみたいに、聞き込みしようよ」


 キラリンにまた手を引かれた。


「お、おう」

「んじゃあ、またついでになんか食べよっ」


 トリムの野郎、ウキウキじゃん。フードファイターかよ、お前。


 甘味処に着くと、みんな席に勝手に着いて、それぞれ注文し始めるし。タマとかキングーとかの冷静組まで乗ってるからな。女子のスイーツ愛は凄いわ。まあキングーはハーフ女子ではあるが……。


 勝手にスイーツ宴会始めた連中を尻目に店の人に事情を話すと、教えてくれたよ。自治体無線は、「ITに強い」と自称するおっさんが受託してるんだと。このへん人口少なそうだし、そんなもんなんだろう。


「そう言えば、毎日ここでお茶を飲むんだけど、今日は来てない。天変地異だわ、これ」


 首を捻ったのは、この店でバイトしてるとかいう女子高生だ。おっさんに電話してくれたが、誰も出ない。メッセンジャーで呼び掛けても同じだ。


「おかしい。女好きだから、あたしからの連絡、絶対無視するはずないのに」


 女子高生にしっかり本性見抜かれてるじゃん、おっさん。


「なにしろ、毎日手を握ってきたりお尻触ろうとするし」


 おっさんw ここはキャバクラとかじゃないぞ。健全な女子の聖地、甘味処だ。


「ちょっと待っててね」


 役場に連絡してくれた。役場のほうで確認してみるとのことだったわ。


 当面なにもやることがないので、俺と吉野さんも席に着いて、香り高い抹茶など嗜む。みゆうちゃんがよそ見してる隙に、服の中に汁粉の木の匙を突っ込んだ。レナが匙に飛び着いた感触がする。服がちょっと小豆で汚れちゃったが、まあ仕方ない。レナにも楽しませてやらんとな。確かに。


 そのうち電話が来て、大騒ぎになっていたことがわかった。


 なんでもおっさん、部屋で倒れてたらしい。異変を見て取った飼い猫は鳴き続けたが、もちろん誰にも聞こえやしない。おっさん、一人暮らしだったからさ。


 あちこち走り回ってはにゃあにゃあやってた猫が、たまたま自治体無線の送信スイッチを踏んだ。そこで鳴いたから、鳴き声が無線で放送されたんだと。断言はできないが、そうじゃないかって話だったわ。


 おっさんは緊急搬送された。たいした事態ではなかったというが、放置されてたら命が危なかったらしい。ぜひお礼を――というので、役場の人が車で駆けつけてきて、俺と吉野さん、それに最大の功労者、みゆうちゃんに何度も頭を下げてたわ。


「キラリンお姉ちゃん、ありがとう」


 ドタバタがあらかた終わると、みゆうちゃんはキラリンの手を握った。


「お姉ちゃんが信じなかったら、かわいそうなおじさんも、猫ちゃんも困ったと思う」

「最初に気づいたみゆうちゃんが偉いよ」

「ねえ、お友達になってくれる」

「いいよ」

「これ、交換して」


 スマホを取り出した。そうか、今どきの子は、小学生でもスマホか。


 メッセンジャーを起動している。


「……ねえ平お兄ちゃん」


 キラリンに見つめられた。


「わかったよ。ほら」


 私用スマホを渡してやる。


「でもこれ、お兄ちゃんのじゃん」

「お前用の奴、今度買ってやる。それまではこれ使ってろ」

「やったあ!」


 キラリン、飛び上がって喜んでるな。


「さすがはお兄ちゃん。嫁思いのご主人様だけあるねっ」


 だからそれやめれ。女子高生にガン見されてるじゃん。


「ご主人様。お汁粉……」


 にゅっ。


 服からレナの手が突き出た。女子高生、ガン見アゲイン。


 あーもう知らん。お前ら勝手にしろ。


 日常の謎は、こうして解決した。……だが腹話術と魔術を使う謎男の伝説が、ここ秋猫温泉一帯に広まるのも時間の問題だ。女子高生、早くもなんかスマホに打ち込んでるし。

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