5-2 悪魔バルバドスと四体のデーモン

「さて戻るぞ。ベッドに……じゃなかったマンションに。……キラリン頼む」

「まっかせてー、お兄ちゃん」


 キラリンが手を上げた。……そのままの形で、固まる。


「どうした」

「ダメ……」


 泣きそうな顔だ。


「跳べないよお兄ちゃん。あのときとおんなじ感じ。あの、ミノタウロスのときと……」

「なんだと」

「平くん……」


 吉野さんが俺の手を握ってきた。不安げな表情で。


「まさかまた魔族なんじゃあ……」

「落ち着きましょう吉野さん。……なにかキラリンの不具合かもしれないし」


 社畜スマホを取り出した。キラリンから分離した奴だ。転送モードを起動する。


「くそっ」


 転送可能ゲージの表示が消えている。


「吉野さんのゲージはどうです」

「こっちもダメ。棒が立ってない」


 自分の謎スマホを持ったまま、眉を寄せている。


「ここ地下深くだからじゃないの、平くん」

「かもしれませんね」


 三木本商事の次元転送機は、「地下だから電波がどうのこうの」はない。ウチのマシンを劣化コピーしたと思われる競合社のマシンでは、グリーンドラゴン・イシュタルの洞窟では動作しなかったが。でもここは深すぎるから……という可能性はある。


「ご主人様。ここは宝物庫だよ」


 俺の胸元から、レナが見上げてきた。


「だからどうした」

「盗賊や盗掘よけに、なにかの魔法で空間がロックされてるんじゃないの」

「ハイエルフには、そういう魔法はないよ」


 トリムが口を挟んできた。


「ケルクスのとこはどう」

「ダークエルフにもない」


 首を振った。


「だがアールヴは、エルフの中でも、もっとも古い御業みわざを引き継いだ部族だ。ないとは言い切れない」

「いずれにしろ、地上に戻ったほうがいいですよ、平さん」

「そうだな、キングー」


 俺は考えた。


「だが、敵の罠という可能性もある。戦闘の心構えで、最大限警戒しつつ道を戻ろう」

「それがいいわね」


 吉野さんが、顔を引き締めた。


 跳べるとわかったらすぐ跳ぶようキラリンに命じ、タマ先頭、次が俺、ケルクスの前衛陣。その後に後衛のみんなを配置して、俺達は進んだ。吉野さんも、すでにミネルヴァの大太刀を抜刀している。あれ、自分ひとりでは鞘から抜けないからな。厳しい戦闘時には、その数秒が惜しい。


「……」


 地上出口すぐ前まで戻ると、タマが身振りで俺達を止めた。頭上にぽっかり空いた出口を階段から見上げながら、瞳を閉じる。ネコミミがせわしなく動いた。


「……わからん」


 振り返って首を振る。


「不審な音はない。魔族の臭いはするが、それは最初からだ」

「ご主人様」


 レナが胸から飛び出してきた。


「ボクが見てみるよ。小さいから見つかりにくいし。一番危険なのは、地上に出た瞬間。こっちの戦闘準備が整ってないし、隊列だって一列なままだからね」


 それはそうだ。隊列が半分出たあたりを狙われるとヤバい。地上と地下に分断されるから。


「どうだキラリン、跳べるか」

「まだダメだよ、お兄ちゃん」


 眉を寄せている。


「よしレナ、頼む」

「みんな動かないでね」


 ふわふわと飛ぶと、おそるおそるといった風情で、レナが穴から首を出した。三六〇度、見回している。


 戻ってくると、俺の胸にまた体を押し込んできた。


「特に動きはないよ、ご主人様。誰もいない」

「なら出よう。原因がなんであれ、状況を見て対策したい」

「最悪でもアールヴの里から出れば、跳べる可能性が高いと思います」


 背後からキングーの声がした。


「そうだな……。タマ、頼む」


 黙って頷くと、タマが階段を上り始めた。地上に出たタマの和毛が、陽射しを受け金色に輝く。


 幸い、なにも起こらなかった。あっけらかんとした異世界の雲が、青い空に流れているだけ。先程までの曇り空から一転、ピクニック日和と言える陽気だ。……まあ周囲の瓦礫の山で、そんな気分は吹き飛ぶが。


「まだダメか……」


 ここでも転送機能は死んだまま。


「特になにもないのに、なんでかな」


 吉野さんは首を傾げている。


「いや……」


 タマが吉野さんの前に立った。かばうように。


「誰かいる。その瓦礫の陰に」


 唸った。


「魔族の臭いだ」

「くそっ」


 ソロモンの杖を、背中から抜いた。通常戦なら跳ね鯉村のロングスウォード、中ボス戦ならバスカヴィル家の魔剣を抜くところだが、相手が魔族なら、退魔武器の一択だろう。


 俺達は、瞬時に戦闘フォーメーションを組んだ。


「おやおや、もうバレましたか…」


 十五メートルほど離れた瓦礫の陰から、声がした。のんびりした男の声が。


「索敵の魔法を廃墟に置いておいて良かったです。さっそく間抜けが引っかかるとか」


 姿を現した。見た感じ、小柄な人間の男といった感じ。着ているのも、古い西洋絵画で見るような、大昔の貴族の服みたいな奴だ。続いて、四人……というか四体。こちらは見るからに魔族といったところ。二メートルくらい。赤黒い皮膚。ゴツゴツした体躯にボロをまとった人型の雄で、四体とも、棍棒状の金属を握り締めている。


「てっきりアールヴ残党と思っていましたが、ケットシーとはね。索敵に役立ちそうです。私どもに従いなさい。あなただけは殺さずに、私が使ってあげましょう」

「誰が……」


 タマが唸った。


「あたしが従うのは、ふみえボスと平ボスだけだ」

「ふん」


 じろじろと、俺達を見回した。


「リーダーはどなたです」


 どうやら、「とにかく襲いかかってくる」脳筋魔族ではなさそうだ。


 横目でキラリンを伺うと、小さく首を振った。まだ跳べないなら、とりあえず相手の出方を見るしかない。俺が話している間、全員、相手との戦闘をシミュレーションするだろうし。


「俺だ」

「おやまあ」


 人の良さそうな声で、目を見開いた。


「まさかのヒューマンですか。てっきり、奥の正体不明の方だと思ったのですが……」


 キングーのことだな。そりゃ、天使の亜人なんて、ほぼ誰も知らないだろうからな。


「ご主人様、こいつは悪魔バルバドスだよ」


 注意深く相手を睨みながら、レナが教えてくれた。


「知将タイプだから転送封印は、こいつの技だよきっと」




★やっと書けましたー。次話からは通常ペースでの更新予定です。当面週一程度になるかもです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る