5-3 初手封じ

「ご主人様、こいつは悪魔バルバドスだよ」


 注意深く相手を睨みながら、レナが教えてくれた。


「知将タイプだから転送封印は、こいつの技だよきっと」


 ならやはり、ミノタウロスと同じパターンか。


「お兄ちゃん、バルバドスが従えているのはね、音響魔法を使うデーモン四体。神話通りだよ。手に金管楽器を持ってるでしょ」


 なんだよあれ、棍棒じゃなくてラッパの類かよ。


「あれで音響魔法を繰り出したり、殴って直接攻撃するんだ」

「ピクシーに謎の物知り亜人か……。ますます奇妙なパーティーです。……殺すのは惜しい」


 バルバドスは溜息をついた。


「あなた方、隠し財宝の回収にきたのでしょう。……ここに隠し扉があるとは、気付きませんでした」


 俺を見て微笑んだ。状況が状況でなかったら、いい奴にしか見えない。


「誰に頼まれました。アールヴに生き残りがいるのですか」

「いる」

「おやおや。……では、あなたに頼んだ相手を教えなさい。そうしたら逃してあげましょう」

「お前は魔族だろ。では今の言葉を契約書にしてもらおうか」

「ちっ……」


 舌打ちした。


「小賢しい。……これだからヒューマンは。猿知恵ばかりついて」

「生き残りは、お前らが押さえているだろ。アールヴの姫様が」

「それをどこで聞いた、小僧」


 目を剥いている。


「教えろ。教えたら苦しませずに殺してやる」


 急に言葉遣いがぞんざいになった。


「王女は無事なのか」

「無事……ねえ」


 唇の端をひん曲げた。


「どういう意味かによるな、それは」

「どういうことだ」

「死んではない。結晶化した」

「婿殿。エルフの魔法を使ったのだ。自らを封じるという」

「それするの、すごい魔力が必要だよ。あたしにも無理だもん」

「おそらく、情報を相手に与えないためだ」


 ケルクスとトリムが続けざまに解説する。


「ほう。ますます興味深いパーティーですな」


 またあの嫌味な口調に戻っている。


「ハイエルフとダークエルフが、古のアールヴを助けに来た……というところか。しかもひとりずつとか、斥候兼墓荒らしでしょうか」

「ボス、早くやりましょう」


 焦れたのか、デーモンが一体、「棍棒」を掲げてみせた。


「黙りなさい」


 バルバドスはそいつを睨んだ。


「紳士は紳士として話すものです」


 なに言ってんだこいつ。アールヴを利用した挙げ句、皆殺しにしたくせに。はらわたが煮えくり返ったが、顔には出さないようにした。こいつは俺達を見くびっている。弱い存在だと思わせといて、精一杯情報を引き出してやるさ。


「バルバドス。俺達はたしかに、頼まれただけだ。死にたくはない」


 俺は、手を広げてみせた。


「教えたら苦しませずに殺すと言ったが、それなら教えない。逃してくれるなら、教えてもいい」

「誓約書は書けませんよ」


 やっぱ殺すつもりじゃんよ。


「なら、ルシファーの居場所を教えろ。それでいい」

「なぜ知りたいのですか」

「ぶち殺す」


 バルバドスが噴き出した。背後のデーモン連中も大笑いしている。


「寄せ集めの数人パーティーが、ルシファー様を殺すとか……」


 腹を押さえながら笑っている。


「あなたは気に入りました。最高の冗談です。教えてあげましょう。ルシファー様は……」


 遠く、よこしまの火山を指差した。


「邪の火山九合目あたりに、横に開いた大穴があります。そこがルシファー様の本拠地。多くの魔族と使役モンスターが揃っている。たとえ高位の存在でも勝てやしないでしょう。……そもそも、あなた方は近づきもできませんよ。大穴も山筋も、猛毒の火山性ガスで満ちていますから」

「毒なんか平気さ。でないと俺達、ここまで来られなかったろ」

「……たしかに」


 バルバドスの瞳が輝いた。


「アールヴ連中はガスをマナに変換して使ってましたからね。……でもヒューマンにそんなことができるはずもなし。奇妙です……」


 ほっと息を吐いた。


「まあいいか。ではあなたの番です。あなたにアールヴの秘密の宝物庫を教えたのは誰です。王女をさらったことを教えたのは」

「ンターリーだ」

「宰相ンターリー……。そんな馬鹿な」


 首を捻って唸った。


「殺したはずだ。あのとき……」

「いや殺されてない。だからこそ、俺に頼めたんじゃないか」


 嘘はついてない。あのときは生きていたからな。


「どこにいます」

「教えてもいいが、王女と交換だ」


 そんときゃ、土の下にいるって教えてやるわ。


「強欲は身を滅ぼしますよ」


 バルバドスに睨まれた。


「強欲はお前らだろ。王女をさらってアールヴをこき使った上に、ソロモンの指輪を入手したら用済みとばかり虐殺したんだからな」

「ふむ……。よく知っている」


 顎を撫でている。


「だが何ということはない。ンターリーが生き残っていたとしても、他に数人のアールヴでも従えていればいいほう。というか道案内のアールヴすらいないということは、ンターリーはおそらく単身。サタンとかいうクズと同じ。ほっておけばよろしい」

「ならやりますか、ボス」


 嬉しそうに、デーモンがまた「棍棒」を握り締めた。


「焦るんじゃありませんよ。あなた方は間抜けですね、本当に」


 溜息をついている。


「楽に勝つ。それこそが紳士のやり方です。……例の『もの』を」


 頷いた一体が、陰からなにかを引きずり出してきた。後ろ手に縛られた人型モンスター。黒色の深い魔導ローブを着て、頭はフードに隠れている。よろよろとおぼつかない足取りでバルバドスの前まで連れてこられると、バルバドスがフードを外し、髪を掴んで顔を上げさせた。


「さあ始めなさい」


 一瞬見えた顔は女だ。


「ボスっ!」


 タマが叫んだ。敵に向かい走り出しながら。


「そいつはバンシーだ。先手を取らないとっ」

「くそっ!」


 俺もタマに続いた。泣き女バンシーから「死の叫び」を食らったら、攻撃などできない。体が硬直している間に、一方的に惨殺されるのは見えてる。


 背後から、詠唱と弓を絞る音が聞こえた。ケルクスとトリムだろう。


「全員、初手で全力だっ!」


 だが、俺の叫びは掻き消された。バンシーの金切り声に。まだこちらは一撃も繰り出せていないのに。



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