5-4 意外な助っ人


「どういうことだ……」


 目の前で起こったできごとが、まだ信じられなかった。俺の目前に、敵の死体が転がっている。俺も仲間も、こちらは全くの無傷だ。


 デーモン四体を引き連れた悪魔バルバドスと戦闘になったのは確かだ。だが、こちらの無力化を狙って敵が繰り出したバンシー「死の叫び」は、なぜか俺達には効かなかった。バンシーの金切り声に頭を抱えてうずくまったのは、魔族連中だった。


 そこに殺到した俺とタマの肉体戦、それにケルクスの魔法で攻撃を加え、一方的に蹂躙した。退魔専用武器「ソロモンの聖杖せいじょう」が、ミノタウロス戦同様、大活躍。あっという間に決着が着いた。


「わからないのは、こいつか……」


 俺はバンシーを振り返った。「死の叫び」でバルバドスを無力化したバンシーは、戦いには加わらず、うつむいたままじっとしていた。隠れたり、体を守ろうともしていない。こちらの攻撃で殺されても構わないと言わんばかりだった。今はタマとケルクスが側に立ち、注意深く監視している。


 後ろ手に縛られていたのだから、魔族の仲間でないのは確かだ。なにかの捕虜かもしれない。解放を願って、俺達に協力したのかも。


「タマ、その女、あいつらの捕虜だと思うか」

「それよりも、平ボス……」


 タマが唸った。


「見知った顔だ」

「知り合いだってのか」


 顔を上げて、バンシーが俺を見た。黒い魔導ローブから覗く顔が、訴えるような瞳で。


「お前は……」

「……」


 情けなさそうに微笑んだ。


 黒い髪に藍色の瞳。その顔、たしかに見覚えがある。あれはそう、グリーンドラゴン・イシュタルの洞窟で。ライバル会社のクズな異世界担当者の使い魔だった。脅されてこき使われていたのを、俺が解放してやった女だ。


「あのときのバンシーか」

「はい。エリーナと申します」


         ●


「そういうわけです」

「そうか……」


 長い話が終わると、バンシーは涙を拭った。アールヴの里は敵地も同然。俺達にとってはアウェイだ。バルバドスの死体を隠し、地下通路もエルフの魔法でまた封じ、バンシーを連れたまま、王都ニルヴァーナ近郊に帰還した。森の中にぽっかり開いた、いつも昼飯を食う気持ちのいい広場で、話を聞き終わったところだ。


 話はこうだった。悪逆な使い手が俺に倒されたエリーナは、隷属的な使い魔の地位から解放された。だが寄る辺ない身寄りで、行く場所がない。解放してくれた俺を追い、後を辿ったという。このとき、タマと俺に目撃されている。


 だが数日のうちに、俺を見失った。多分夜、俺達が現実経由であちこち行ったり来たりしたためだ。考えてみれば、成り行きとはいえ一度は敵の立場だった。このまま追うのも迷惑かもと思ったエリーナは、放浪の旅に出た。ところどころの村や街で下働きをして、金が貯まると辺境へと進んだ。人間の地でバンシーは恐れられ、生きにくい。ハーピーに頼み国境を隔てる大河を飛んで渡ったエリーナは、亜人とモンスターが跋扈ばっこする「蛮族の地」へと進んだ。


 エルフの森を抜けたあたりで人さらいに捕まり、「便利な戦闘道具」として魔族に売られた。楽な戦闘を嗜好する知将バルバドスに気に入られ、偵察や斥候任務でこき使われてきた。それで……。


「で、ある日の戦闘相手が俺達とわかり、魔族を裏切ったんだな」

「はい」


 エリーナは頷いた。吉野さんが淹れたお茶を、遠慮がちに口に含む。


「……おいしい。こんなおいしいお茶、飲んだのは久しぶりです」


 ようやく微笑んだ。そりゃあな。荒っぽい魔族にこき使われてたんじゃあ、飯や茶なんかロクなものがあるはずもない。バルバドスの下なら、まだ多少はマシだったろうが。


「命の恩人と戦うなんてできません。それなら死んだほうがいい。私は魔族ではない。最低限の礼儀は心得ています」

「なるほど」


 おかげで助かった。知将バルバドスはなんでも、高位魔法の使い手だというし。片腕のデーモン四体がまた、厄介なんだと。肉体戦と音響魔法を使い分けての同時攻撃とか、あるらしいから。


「エリーナさん、大変だったのね」


 自分のカップを握ったまま、吉野さんが呟いた。


「はい……」


 訴えるような瞳で、俺を見る。吉野さんも、俺を見て頷いている。


 今後、エリーナの人生が厳しいのは見えている。なんせ魔族を裏切った。


 裏切りが日常化している魔族のことだ。バルバドスが戦闘で死んだとは思わないはず。頭のいい奴だけに、ルシファーの権勢を恐れ、部下を引き連れて逃げたとでも判断されるだろう。だからエリーナの背信は公にはならないだろうが、どこかで顔を合わせれば殺される。


 ならどうする。……答えは決まっているだろう。吉野さんも、それがわかっているからこそ頷いたはずだ。


「エリーナは俺達の命の恩人だ。身の寄せ処が見つかるまで、一緒に行動してくれないだろうか。飯と寝床は、俺が保証する。……まあ俺達と暮らすことになってはしまうが」

「えっ……」


 エリーナが瞳を見開いた。


「い、いいんでしょうか……」

「構わないさ。なあみんな」


 全員、頷いた。俺からエリーナに同居を頼む形にしたのは、彼女に引け目を感じてほしくないからだ。遠慮しいしいの暮らしなんかアホらしい。みんなと同じに、伸び伸びと生活を楽しんでほしいんだ。


「いいね」


 レナが最初に反応した。


「にぎやかになるもん。……ベッドだってまだまだ余裕があるし」


 物理的な広さのことを言っているんだろう。だがなんせサキュバスの発言だ。微妙に危ない意味にも取れる。ツッコむべきか、一瞬迷った。


 まあどっちにしろ俺は、そういう期待はしてないんだがな。俺には吉野さんもレナも、ケルクスもいる。ついこの間も、二回目の発情期を迎えたタマと、濃厚な一夜を過ごしたばかりだ。夜だけじゃ我慢できないなら、昼にオフィスで吉野さんに頼む手だってあるし。


「パーティーの戦闘バランスも、これまで以上に高まる。初手で相手の攻撃と防御を無力化できるからな」


 冷静に、タマが分析した。


「死の叫びは効かない敵もいるが、雑魚戦などでは無敵だろう」


 たしかに。人さらいに捕まったのは寝込みを襲われたかららしいが、少なくともグリーンドラゴンのイシュタルには効かなかった。相手が魔族でも、ルシファーなどは無効化してくるだろうし。


「飲み相手が増えるねっ」


 キラリンはにこにこ顔だ。


「僕も居候の身。同じ立場だから安心して下さい」


 キングーがエリーナに話しかけた。


「というより、僕は押しかけ居候ですので」

「あたしも使い魔じゃない」


 ケルクスが口を挟んだ。


「婿殿の嫁のひとりだ」

「あたしも嫁だよ」


 負けじとトリムが対抗する。


「よ、嫁……」


 エリーナは絶句した。


「わ、私はまだ心の準備が……」

「誰が嫁にすると言った。エリーナは俺の客人だわ。安心してくれ」

「そうですよね。なんだろ私ったら先走って」


 見る見る赤くなった。面白いなあ。おしとやかに見えて、意外にいじられキャラかな。


「なら決まりね。よろしく、エリーナさん」


 吉野さんに振られて、エリーナは笑顔を作った。


「はい。皆さんよろしくお願いします」

「さっそくで悪いがエリーナ。俺からひとつ、頼みがある」

「はい。なんでしょう」

「魔族に使われていたということは、ルシファーの動向なんかもある程度わかるだろ」

「え、ええ……。バルバドスはそれなりに幹部。彼の側にいたので、ある程度の状況ならわかります」

「ならそれを教えてくれないか。ルシファー絡みは、ちょっとあちこちの手勢から頼まれていてな」

「はい」


 頷いた。


「長くなるけどよろしいですか」

「ああ」


 俺は空を見上げた。


「まだ午後早いし。今日はこの話が終わったらあっちの世界に帰還する。エリーナ歓迎会を開かなくちゃな」


 宴会の気配を感じ取ったキラリンが、歓声を上げた。


「あっちの世界?」

「ああそれは、後で説明するよ」


 俺と吉野さんが異世界人だってところからな。


「ルシファーの軍勢はですね……」


 手元のお茶をひとくち飲むと、エリーナは話し始めた。




●業務連絡

新作「序盤死モブ転生」投稿開始しました。

本作同様、破天荒な主人公が自分の居場所を求めて異世界うろうろする話。

第一話だけでも読んでみて下さい。期待できそうだったら、フォロー&星評価などよろしくです。当方喜んで馬力が上がります。


第一話:

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16816927860525949404


トップ:

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739

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