5-5 グレーターデーモン、召喚不能
「ご主人様、本当にグレーターデーモンを召喚するの」
俺の肩にちょこんと座ったまま、レナは不安そうだ。
「使い魔を追加するしかないだろ、レナ。ルシファーとの一戦が避けられないとわかったんだから」
「それはそうなんだけど……」
レナは、遠い地平線を見つめた。ここはウルク沙漠中央部。ここなら召喚でなにか不測の事態が起こっても、村や町を傷つけることはないだろうからな。ドワーフの地下宮殿からもかなり離れてるし。
「それにしても、ルシファーが侵攻直前だなんてね」
頬に手を当てて、吉野さんが溜息をついた。
「エリーナちゃんの話聞いて私、信じられない思いだった」
「残された時間は、もうあまりありません」
バンシーのエリーナは、深刻な表情だ。
「アールヴを利用してソロモンの指輪を入手したルシファーは、魔力を劇的に高めました。多少手勢が心許なくても、自分の力で亜人もヒューマンも叩き潰せると思い上がっています」
魔族にこき使われていたのが奇貨となり、エリーナは、ルシファーの動向や魔族の布陣をそれなりに知っていた。ルシファー出兵近しの一報を俺は、各王に報せて回った。冥王ハーデスや天使イシスから聞き出した情報と一緒に。結果、ヒューマン、エルフ各部族、ドワーフまで含んだ軍勢を出すと決まったが、大軍勢は、大軍勢というだけで問題が多い。
「大規模の軍が動けば、すぐに魔族に知られるだろう」
タマも厳しい顔だ。
「そうなると難しい。空を飛ぶ魔族は多い。ヒットアンドアウェイで空から波状攻撃を仕掛けられたら、行軍の間に戦力をざくざく削られるだろう」
「怪我人が出れば、それを後方に送るのにまた人員が取られるしなー」
「それに
キングーが付け加えた。
「僕がいれば周辺のチームは無毒化されますが、大軍勢となると、本拠地には近づけません。なんとかして敵をおびき出して撃破する必要があります」
「仮におびき出しに成功したとしても、ルシファーまで出てくるかはわからないよね。平」
ペットボトルの茶を飲みながら、トリムは矢筒の矢を確かめている。
「トカゲの尻尾なんか、いくら切っても同じだよ。敵の軍勢を八割潰すとかできたら、話は別だけど」
「それならルシファーは何百年かは侵攻なんかできなくなるだろうからな」
「ルシファーが出てくるか、はたまた敵をほとんど潰せるか、どちらも望み薄だよね、お兄ちゃん」
「だから、大軍勢は陽動作戦に使うってことね」
「そうです。吉野さん」
何度議論しても、結局そこに落ち着いた。
大軍勢で敵を誘い出し、本拠地の守りを手薄にさせる。そこを少人数のチームが神出鬼没に襲い、一気に中枢を潰して離脱する。それしかない。
それができるのは、自由自在にワープでき毒も無効化できる、俺のチームだけ。
シタルダ王国のマハーラー王、ハイエルフのケイリューシ王、そしてダークエルフのブラスファロン王も、はっきりは言わなかったが、俺がそれを決断して立候補するのを待っていた。
そして、俺はそれを受けた。
たしかに業務でこの異世界に関係しているわけだが、すでにこの世界は、俺にとって現実より大きな存在になっている。延寿の件で、エルフやドワーフには借りがあるし。それになにより、ここは俺の遊び場だ。そこを荒らす害虫がいたら、駆除するのは当然。
なに、いつものように、なんとかなるだろ。これまで何度も死地をかい潜ってきた、俺と吉野さんだし。
「アールヴの珠をエルフ宝玉に合成したことで、俺は再度延寿を受けた。その恩もありますしね」
「平くんの寿命、二十一年も回復したんだものね。……良かった」
嬉しそうに、吉野さんが手を握ってきた。
そうなんだよな。さすがは「旧き
「ご主人様、これまで三回の延寿で、ざっくり八年、六年、二十一年と回復したから、合計約三十五年。最初に五十年失った寿命は、今は十五年。ご主人様は今、二十六歳だから、実質四十一歳かあ……」
ふわふわ浮かび俺の顔をまじまじと見つめて、レナが微笑んだ。
「良かったね。後期高齢者から中年くらいまでは戻ったよ」
「四十歳なら、本来の語義としては初老だよ。レナ」
「嫌な知識披露するなよ、キラリン」
「だって本当だもん」
「中年でも初老でもいいんだよ」
また俺の肩に戻ってくると、レナが胸を張った。
「なんせご主人様、吉野さんとタマ、ふたり相手に、一晩で二十回くらいできるからね。その後夢の中で、ボクとも十回くらいするし。思春期の男の子でも、こうはいかないよっ」
「……」
レナの謎自慢で、微妙な空気になった。吉野さんはまっかになっちゃったし。ケルクスになんだか、熱い瞳で見つめられたわ。これあれだなー。次の新月の夜、朝まで求められるな、きっと。あータマは無表情だわ。こういうの気にする奴じゃないし。
「と、とにかくグレーターデーモンを召喚しよう」
「そうだね、ご主人様。忘れるところだったよ」
ぺろっと舌を出す。いやお前が余計なサキュバストークぶっ込むからだろうが。
「でないとルシファーと戦えないもんね」
「そういうことだな」
ルシファーを討滅するなら、俺の持つアーティファクト、退魔武具たる「ソロモンの
つまり、こちらのチームに、魔族がいないとならない。
それも、雑魚ではダメだ。ルシファーに近い力を持っていないと結界は破れない。そんな奴を魔族から探して裏切らせるのは困難だし時間が掛かる。ルシファーの侵攻に間に合うとは思えない。
なら使い魔として魔族を召喚するしかない。幸い、俺の第二次使い魔候補に、サタンとグレーターデーモンという、強力な魔族がいる。
なんせ先代サタンはルシファーを使役していたんだからな。本来、ルシファーなんか瞬殺だ。今代はなぜか力が弱く、ルシファーの裏切りに遭って姿を消した。だからルシファー撃破は無理だろう。だが今でも、結界を破るくらいの力はあるかもしれない。
とはいえサタンはなんせ「魔王」だ。使役は難しく、召喚した途端、こちらが全員殺される恐れが高い。ならグレーターデーモンに懸けるしかない。こちらも魔族としてはかなり強いって話だ。結界を突破する可能性に懸けるぜ。
「始めるか」
焦って取り出そうとして、俺は謎スマホを取り落とした。
「いかんいかん」
拾い上げた。特に壊れてはいない。なんせ異世界に持ち込むデバイスだけに、防水防塵耐衝撃性については、特に留意して作ってあるって話だしな。
「さて召喚するぞ。……念のためみんな、少し離れててくれな」
「ボクはここにいるよ」
レナが胸に入り込んできた。
「ああいいよ。お前はそこで」
胸にレナが入ってないと俺、なんだかなにか足りない気分がするんだよな。もう慣れすぎてて。
「さて……と」
全員離れたのを確認すると、俺はスマホの使い魔召喚モードを起動した。
みんなは一箇所に固まり、ケルクスとタマ、トリムが前面に立って警戒している。吉野さんとキングー、キラリン、それにエリーナは、その背後だ。
「えーと……」
「第二次使い魔召喚。アイコンはそこだよ、ご主人様」
「だな」
レナが指差すアイコンをタッチする。使い魔候補が表示された。
「あっ」
レナが口に手を当てた。
「大変だよ、ご主人様。グレーターデーモンがいない!」
俺も表示に目を落とした。
――第二次使い魔候補――
ヴァンパイア
サタン
モバイルデバイス(契約済)
「えっ!?」
どういうこと。たしかに「グレーターデーモン」が消えて、「ヴァンパイア」になってるじゃん。
「説明読んで、ご主人様」
「ああ」
ヴァンパイアってことは、吸血鬼だよな、これ。
――ヴァンパイア――
特に夜に能力が高まるが、昼でも活動自体はできる。攻撃型モンスターだが、直接攻撃する前衛でも、魔法で攻撃する後衛でもない。即死系や無力化系の、奇妙な技を使う。
その意味でパーティーに一体いると攻撃のバリエーションが増えて頼りになる。ただし、技の発揮には召喚主の生命力を吸収――つまり吸血――する必要がある。また、精神的に使い手との強い繋がりがないと、発動はできない。
その意味で、使い手との心の相性が良くないと、使役するのは難しいだろう。使い手の人間力が問われるモンスターだ。
以下、サタンとモバイルデバイスの説明は、以前と同じままだった。
「レナ。ヴァンパイアって、魔族か」
「ううん」
首を振った。使い魔が変わったことに、困惑した表情だ。
「どちらかというとアンデッドとか、あっち系列。……といってもミイラみたいな見た目じゃないけど」
そりゃそうだ。だがいずれにしろ……。
「うーむ……」
グレーターデーモンの代用として、ルシファーのシールドを突破させるのは無理か……。
「どうしたの、平くん」
遠くからこっちを見つめる吉野さんは、心配げだ。
「ちょっとトラブルですね」
「大丈夫?」
「まあ危険な話じゃあないんですが」
「どうする、ご主人様」
振り返って俺を見上げたレナも、困惑顔だ。
「まあ、今すぐ召喚しなきゃならないわけでもない。まず、使い魔候補が変更になった原因を探ろう」
「キラリンに聞いてみようか」
「だなー」
でもおそらくキラリンでもわからないだろう。ここに表示されるモンスターは、キラリンが(つまり異世界デバイスが)選んでるわけじゃなくて、相性パラメーターから機械的に選定されるって前、話してたからな。
こりゃ、開発者たるマリリン博士んとこ行かなきゃならんな多分。
気が重いわ。あそこ、男の身としては危険だからなーw
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