5 魔族の渦

5-1 「秘密の宝物庫」探索

「いいかみんな。ここアールヴの里はヤバい。この間もヤツメウナギが偵察に来たしな。短時間でミッションをクリアして戻るぞ」


 俺の言葉に、パーティー全員、真剣な瞳で頷いた。邪の火山は、今日も活発に煙を噴いていて、焦げ臭い硫黄臭が漂っている。火山灰が影響するのだろうが、どんより分厚い雲がこのあたり一帯を覆っている。そのため、昼前というのに周囲は薄暗い。


 破壊され尽くしたアールヴの里は、そのままだった。さすがにもう戦火の煙はない。死臭も薄れており、幾分かは救われる。あれ嗅いでると、悲しい気持ちになるからな。


「隠し階段のある、玉座の場所はもうわかっている」


 タマが唸った。ドワーフに頼んだ防具はまだ出来上がっていないので、革の軽防具姿だ。


「ンターリーが指し示してくれたし、匂いでも再確認している」

「玉座の床をエルフの魔法で破って、隠し階段の先に、延寿アイテムがあるのよね」

「そうです吉野さん。いにしえのエルフが持っていた宝玉の一片。アールヴの欠片かけらです」

「じゃあとっとと行こうよお兄ちゃん。あたし、お昼に鰻丼食べたいし」


 キラリンはケロッとしている。危機感は全く感じられない。ここ来ると、例のヤツメ野郎、シムルグールを思い出して、どうにも鰻が食いたくなるみたいだな。


「いざとなれば、キラリン頼むぞ」

「すぐ逃げるんでしょ。わかってるって」


 ふざけて手を挙げると、チェインメイルのミスリルがじゃらんと音を立てた。キラリンを人型にしているのは、もちろん瞬時に逃げ帰るためだ。


「でも魔族と交戦だと、跳ぶのは難しいかもしれませんよ、平さん」


 遠慮がちに、キングーが口を挟んできた。


「わかってる。ミノタウロスの件だろ」

「ええ」


 冥王ハーデスの妻、コレーことペルセポネーを救いにミノタウロスの迷宮に突っ込んだときも、魔族ミノタウロスが出現した途端、キラリンの技が封印されたんだよな。


「たしかにその可能性は高い。でもそれはあくまで『見つかったら』かつ相手が高位の魔族だったらの話だ」


 ルシファーと遭遇して悲惨な「負け確戦」にでもなれば別だが、ここはすでに魔族が滅ぼした地。出会うとしても雑魚だろう。そう俺は踏んでいた。そもそもここは異世界。リスクを取って行動しなくては、寿命回復など夢のまた夢でしかない。


「急ごう婿殿」


 ケルクスに手を取られた。


「いつまでもここに突っ立っていたら、それこそ危険だ」


 たしかにそのとおりだ。タマを先頭に索敵モードで、素早く移動した。


「ここだ」


 指差す床に、青く澄んだ透明の欠片が、大量に転がっていた。


「これが玉座だったのか」

「文字どおり、宝玉でできていたのね」

「ご主人様」


 俺の胸から、レナが見上げてきた。


「これだけ大きな宝玉、奇跡だよ」

「さすがは古の部族だ」


 ケルクスが呟いた。


「古代の品だろう。今はこのような宝玉、もう見つからん」

「貴重な宝石いしなのに、魔族は略奪しなかったのか」

「多分、エルフのマジックアイテムだから……」


 エルフへの残虐な仕打ちが悔しいのか、トリムは唇を噛んでいる。


「魔族にとっては不浄の品なんだよ。これ、使用者に幸運を授ける魔力がかかってるのを感じるもん」

「幸運を授けられてたのに滅ぼされたなんて、悲しいわね」


 吉野さんが溜息をついた。


「始めよう。トリムにケルクス、頼む」

「うん」

「婿殿」


 顔を見合わせたふたりが、詠唱を開始した。事前に打ち合わせしていたとおりの手順で。複雑な旋律を持つ詠唱が続くと、青い欠片が消えた。音を立てて。床に空いた穴に落ちたんだ。


「階段がある」


 覗き込んだケルクスが振り返った。


「中は魔法の光で満ちているから普通に歩ける。あたしとトリムが先頭を取る。盗賊除けの仕掛けがあるかもしれん。エルフの仕掛けは、あたしらなら馴染みがあるから」

「ならあたしが殿しんがりを取ろう」

「いやタマ。お前は目も耳も鼻もいい。ふたりに続いて索敵警戒で進め。殿はキラリンに頼む。なにかあったら跳んでくれ」

「任せて。お兄ちゃん」


 珍しく重要な位置に置かれたせいか、キラリンは嬉しそうだ。


「行くぞ。続け」


 トリムとケルクスが穴に消える。タマに続いて踏み込むと、狭い階段が五十段ほど続いていた。


「これ、大きな魔族だと通れないわね。ミノタウロスとかトロールとか」

「ええ。吉野さん」


 階段を降り切ると、狭い通路になっていた。大理石のように磨き上げられた石製。床も壁も魔法で白く輝いていて、明るい……というか眩しいくらい。ちょうど頭の高さあたりに、例のエルフ唐草模様がびっしりと彫り込まれていた。


「豪勢ね」


 吉野さんがきょろきょろ見回している。


「左右に扉がある」

「ふみえボス。あたしが開ける。なにかあると危ない」


 右の扉にタマが手を掛けた。だがノブどころか、手を掛けるところがなにもない。


「エルフじゃないと無理だよ」


 トリムが手を当てた。その場所が一瞬赤く輝くと、扉は内側に開いた。


「みんなは待ってて」


 トリムは中に消えた。トリムを見守っているタマの肩越しに覗き込むと、壁は規則的にえぐられていて、なにかが並んでいる。ひとつをトリムが手に取る。


「これは本だよ。平」


 開いてページを繰ると、ほこりが飛ぶのが見えた。


「アールヴの歴史書みたい。古代の話や、王族の由来が書いてある」

「どれも貴重だ」


 俺の脇で、ケルクスが唸った。


「フィーリー様なら、跳び上がって喜ぶだろう」

「ヴェーダでもな」

「誰だそれ」

「シタルダ王国の王立図書館長だ」


 そういや、まだケルクスは知らんかったか。


「今度会わせてやるよ」


 ダークエルフを見たら、それだけで卒倒しそうだが。


「ここにはない」


 トリムが戻ってきた。


「罠もないよ」

「そもそもエルフじゃないと踏み込めない場所だもんな」

「罠の必要性がないのかもね」

「ええ。吉野さん」

「貴重な資料だけど、とりあえず先に進もう。平の命のほうが大事だもん」

「そうだなトリム」


 次、少し先の左の扉は、ケルクスが開けた。


「ここは宝物庫のようだ。多分ここにある」


 部屋の入り口で振り返った。


「時間が惜しい。全員で探そう」

「よし」


 踏み込んだ。この部屋もやはり壁が穿たれていて、そこに大小様々な品が並んでいる。よくわからない弦楽器のようなものがほこりを被っていたり、すっかり錆びた金属製の釜のようなものが半ば崩れていたり。


「とにかく宝玉の欠片だ。それっぽいものを見つけたら声を出せ。あたしが調べる」


 てきぱきと、ケルクスが指示した。


「あ、あたしも調べるもん」


 トリムが声を張り上げた。


「ふたりに頼もう。ハイエルフとダークエルフのダブル鑑定なら確実だ」

「ありました!」


 どこか奥の方から、キングーの叫び声が聞こえた。


「多分これです。……欠片だし」


 それは、腰ぐらいの高さの壁の「棚」にあった。なにか古びた金色の布の上に、無造作に置かれている。野球の球を割ったくらいの感じ。ほこりにまみれて真っ黒だが、明らかになにかの破片だ。


「これは……」


 おそるおそるといった感じでトリムがほこりを拭うと、緑に透ける、透明の素材だった。


「うん。間違いないよ、平。色もハイエルフやダークエルフの珠と同じだし、なにより凄い力を感じるもん」

「そうか。……ケルクス」

「あたしもトリムと同意見だ」


 それに触れたケルクスは頷いた。


「凄いパワーを感じる」

「よし」


 ずっしり重い珠を手に取ると、用意してきた巾着にそっと収納した。ふと思い立って、下に敷かれていた布も入れる。巾着を懐に収めた。


「ミッションクリアだ」

「良かったわね、平くん」


 嬉しそうに、吉野さんが俺の手を取った。


「これで平くんの寿命も……」


 熱い瞳で見つめられた。なんだかんだ言って、俺達恋人だもんな。心配してくれて嬉しいわ。


「ついでに宝物も探索していくか、平ボス」

「いやタマ。たしかにンターリーはここのもの全てをくれるとは言っていた。でもとりあえずそれは後日だ。運搬装備にして、書物庫と共に調べよう」

「それがいいな。さすがはボス。たいした判断力だ」


 タマが俺の顔を舐めてきた。


「……今日もうまいぞ」


 あら、またおねだりされたか。どうもこれ、タマなりの合図みたいだな。よく新婚さんとかがやる、ああいう……。


 ならもう、とっとと業務終えて今晩またタマを寝室に呼ばないと。こういう積極的になってるときのタマ、どえらく色っぽいからな。ベッドの上で。あー思い出しただけで前かがみになりそうだわ。


「さて戻るぞ。ベッドに……じゃなかったマンションに」


 いかん。期待で声が裏返った上に間違えた。これは恥づいw


「と、とにかくキラリン頼む」

「まっかせてー、お兄ちゃん」


 キラリンが手を上げた。……そのままの形で、固まる。


「どうした」

「ダメ……」


 泣きそうな顔だ。


「跳べないよお兄ちゃん。あのときとおんなじ感じ。あの、ミノタウロスのときと……」





★なんとか1話書く時間を取れましたー! いつも応援ありがとうございます。

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