4-5 喧嘩芝居の落とし前
「お芝居とはいえ、平くんと
吉野さん、溜息ついてるな。
「だから……」
耳に口を寄せてきた。ひそひそ声で。
「今晩、小部屋にお邪魔するね(ひそひそ)」
「……」
俺は黙って頷いた。みんなに聞かせるわけにはいかない。はあー吉野さんがベッドでも誕生日を祝ってくれるとか、天国だろ。
「タマちゃんも一緒にお祝いしたいって(ひそひそ)」
「……」
マジか。三人でエッチなことするの、これで三回めだわ。嬉しい。朝まであれこれできるじゃん、これ。明日副社長に早朝呼び出しされてるけど、知るかw 明日の説教より今晩の極楽のが、はるかに重要だ。
「それにレナちゃんもだって(ひそひそひそ)」
「……」
おいおい。四人プレイとか、初めてなんですけど。吉野さんも灯り消さないでのアレ、最近は許してくれるようになったことだし、ここはひとつ誕生日記念に動画にでも……という欲望が、ふと頭をよぎった。
まあしないけどな、撮影とか。気が散るし。それより思うがまま三人を組み敷くほうが、絶対楽しいし。
どうすっかなー。最初はまず、服着たままのキスからだな。吉野さん、ていねいにキスするとそれだけでとろんとして、触ってもいないのに部屋着を持ち上げるくらい胸の先が立ってくるからな。脱がせると部屋着に染みができるくらいになってて、恥ずかしがりなのに夢中で俺に抱き着いてきてくれるし。
それからタマにいつもどおり全身舐めてもらって。そうだ、タマのやり方を見て、吉野さんも真似してくれるかもしれんぞ。これまでそういうこと、してくれたことないし。……となるとタマと吉野さんがあれこれしている間、手持ち無沙汰になるレナをどうするか。えーとえーと……。
「どうしたのご主人様。ぼーっとしちゃって」
テーブルに立ったレナが、俺の顔を面白そうに眺めてやがる。
「四つん這いになってだな」
「は?」
「い、いや、なんでもない」
いかん。例によって妄想暴発した。恥。このままでは、女神ペレ大噴火くらいの地殻変動が、今この場で下半身に起こりそうだわ。そうなったら恥の恥の恥。
レナの奴、にやにやしてやがる。俺と吉野さんの内緒話の内容でも想像して楽しんでるに違いないな。サキュバスの想像だから、まず図星だろうが。
「ま、まあ。とりあえず宴会だ。楽しくやろう」
「その後も楽しみだね、ご主人様」
レナの奴。悪ノリやめれ。
「キラリンちゃんは、宴会好きだよね」
気を利かせて、吉野さんが話題を戻した。
「ち、ちょっと待って。今、たこ焼きを……」
キラリンは口をもぐもぐさせている。
「はあーおいしかった。ねっとりした生地の真ん中にコリコリしたタコがあるの、最高だね。タコ、香りいいし旨味がある。タウリンっていうアミノ酸のせいかな」
さすが検索マシンだ。
「知らない人とご飯食べるの、好きだよ。トリムの一族なんかとの宴会、面白かったし。……ねえお兄ちゃん」
俺をじっと見つめてきた。
「ダークエルフの人達とも、ご飯食べたい。ケルクスさんとか、ブラスファロン国王とか。手配してよ」
「マジか、お前……」
キラリン、本当に宴会ガールだな。ハイエルフ、特に能天気なトリムの妹なんかと飲むのは、たしかに面白い。でもダークエルフのブラスファロン国王とかなんちゃって軍師ケルクスとか、どうかなあ……。隙あらばなんかぶっこんで来そうだし、楽しく飲めるヴィジョンが見えない。職場飲み会よりめんどくさそう。気も抜けそうにないし。
「ねえお兄ちゃん。お願い……」
「……まあ考えとくよ」
「そのうち心を開いてくれるかもね」
吉野さんが口添えしてくれた。
「よかった」
安心したのか、キラリンは自分のグラスに冷酒をガン注ぎした。黒猫龍純米吟醸、俺のお気に入りだ。
ぐいーっ。
おいおい。ビールと同じ飲み方やめれ。酔っ払っても知らんぞ、キラリン。
「エルフとの因縁といえば、ペレはどうしましょう」
たこ焼きを器用に作り続けながら、キングーが口を挟んできた。天使亜人だけに、ほとんどなにも食べてない。でもみんなと飲むのは好きな奴だ。せっせとたこ焼きを取り分けたりしながら、たまーに自分でもワインを口に運んでいる。
「長い放浪で、神々との戦闘についてはあちこちで耳にしてきました。歴史として語り継がれてきたり、単なる伝説や神話っぽかったりしますが」
「ペレについて知ってるのか、キングー」
「いえ平さん。一般的な女神などについてです。それによると、たしかに神は普通殺すことはできません。ただ倒すことは可能。そう母も言っていました」
「天使イシスな」
キングーは頷いた。
「殺せはしないが倒せるってのは、今回のように封印するってことか」
「はい。あるいは説得して怒りを鎮めてもらうとか、攻撃の方法だけを封印するとかで。攻撃さえ封じれば、時間を掛けて話せばいい。相手は邪悪な魔族ではなく女神です。誠意を込めて説得すれば、わかってくれる……こともある」
「なるほど」
たしかにそうだ。攻撃を受けながらでは説得もクソもないが、神だものな。
「殺すことも可能だ」
タマが口を挟んだ。マタタビ焼き肉は在庫ゼロになったので、とりあえず落ち着いたようだ。
さっきまではそれこそ殺気立った雰囲気でがつがつ食ってたし。かと思うと、瞳がとろんとした挙げ句、座ってる俺にいきなり馬乗りになってぺろぺろ顔を舐め回しにきたからな。どこのエロキャバクラかよって感じで。
マタタビタマが酔っ払っていちゃついてくる「発作」はみんな慣れてるから、誰も気にしてやしないが。キングーでさえ、最近はもう最初の頃のようにびっくりしなくなってるからな。
「世界には、神殺しと謳われるアーティファクトがいくつかある」
「マジか」
「そうだよご主人様。ボクも聞いたことはある」
レナが同意した。テーブルの上に胡座を組んで、小さく刻んだ海老フライなどやっつけている。
「……ただボクたちは持ってないけどね」
「ならとりあえず意味ないじゃないか。もうすぐにでも戦わないとならないってのに」
「へへっ。そうでした」
「大雑把にはこんな感じでしょ」
どこからか紙を取り出して、吉野さんがなにか書き付け始めた。
一 布陣:ハイエルフ弓兵および戦士(できれば多数)/ダークエルフ魔道士(ケルクス)/平パーティー
二
三 再封印:戦闘による援護を受け、ペルセポネーの珠により、ペレを再封印
「こう書くと、簡単そうに見えるんだけどね」
溜息を漏らしている。
「問題は三の再封印だな」
当該部分を、タマが指でとんとんと叩いた。
「ユミルの杖での封印には、杖自身を突き立てる必要があった。ペルセポネーの珠なら、珠自体を消費することなく、封印はできる」
「そう言ってたな、ドワーフの地下迷宮で、ペルセポネーが」
ペレ戦に備え、みんなで話を聞いてきたからな。
「だがペルセポネーの珠発動には時間が掛かるという話だった。それに対象と接触しないとならないとも」
「長時間、火山の女神ペレと接触しないとならないってことね」
吉野さんが唸った。
「ペレは高熱を発してるんでしょ。それに周囲にはどろどろの熔岩が湧き出してるよね、多分」
「そうだよトリム」
「ペルセポネーの珠は、平しか使えない」
「ああ」
「てことは、平、全身大火傷じゃん」
トリムに見つめられた。まあ火傷で済めばいいけどな。多分なんも対策しなかったら死ぬわ。
「前回の封印では、ダークエルフの勇者が死んだ。その再現となるだろう」
冷静に、タマが言い切った。
「そんなの困る!」
突然、トリムが立ち上がった。
「この間あたし、母様から、刻印のこと聞いたんだ。エルフの聖なる刻印」
あらー。エロ方面完全無知識のトリムが、とうとう真実を知ったか。まあもう妹が巫女になって、そっちに進む目は消えたからな。母親が教えてくれるのも当然だ。すでに俺と第一の刻印は済んでるって両親は知ってる。ならその先も教えておかないとと思うだろうし。
「せっかく……刻印を受けたのに、平が消えちゃうなんて困るよ。まだまだ『先』があるってのに。……あたし、楽しみにしてるんだから」
「そ、そうか。ありがとな、トリム」
いやーみんなの前で「その先楽しみ」とかあっけらかんと宣言されると、なんか困る。全員、刻印の意味、もう知ってるし。
「それに平はそもそもあたしの召喚主だし。いなくなったらあたし、どうしたらいいんだか……」
「大丈夫よトリムちゃん」
吉野さんがトリムの手を取った。
「死にやしないわ。そうでしょ、平くん」
「はい。もちろんです」
「ご主人様だもんね、トリムの」
俺は黙って頷いた。
ご主人様てか、下僕だがな。風呂場で三助やらされてるし。まあこのクラブハウスで暮らすようになって、トリムはだいたいタマとか吉野さんなんかと風呂入るから、俺は三助役からほぼ解放されたわけだが。
それに俺はもう下男体質に調教済みだ。風呂で背中だの胸だの洗ってやってても、興奮しないからな。自動で反応する謎棒以外は。謎棒は別人格だから、俺にはコントロールできないわけよ。
「大丈夫ですよ、吉野さん。それにみんなも。一応戦略は考えてあるんで」
「どうやる。平ボス」
「まずダークエルフの魔法で、俺を熱から遮断する」
「前の封印のとき使った奴ね。……でも短時間しか効かないんでしょ」
「前の勇者は結局焼かれて死んだよね」
「だから超短時間でなんとか封印する。魔法の効果が消える前に。……で、封印したら、瞬時にキラリンに遠くまで飛ばしてもらえばいい」
「なるほど」
タマは頷いた。
「で、どうやって超短時間で封印するんだ。ペルセポネーの珠による封印には時間が掛かるってのに」
「そこは考え中だ」
「……」
お誕生会のテーブルに、重苦しい沈黙が降りた。
「まあなんとかなるだろ。……駄目だったら即座にユミルの杖で再封印する。キラリンに飛ばしてもらえばいいから、前回の勇者のようには焼かれないはずだ」
「次善の策があるのだけは、救いね」
頬に手を当てて、吉野さんが溜息を漏らした。
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