4-4 誕生日パーティー

「おかえりなさーいっ」


 マンションクラブハウスのドアを開けると、エプロン姿のキラリンが玄関に立っていたので驚いた。


「よくわかるな。俺がドア開けるの」

「平お兄ちゃんの使い魔だからねーっ。それにあたし、位置情報把握機能があるし」


 さすが元謎スマホ。いろいろ便利な奴だ。キラリンが振り返る。


「吉野さん、お兄ちゃん帰ったよ」

「はーいっ。火を使ってて、今、手を離せないから」


 キッチンから、吉野さんの返事が返ってきた。あの経営会議の後、予定通り吉野さんは半休を取って早帰りした。今日は俺の二十六歳の誕生日。使い魔連中やキングーと、パーティーの準備をしてくれているはずだ。


「お兄ちゃん。背広」

「あ、ああ」


 ビジネスリュックと上着を手渡すと、キラリンが受け取る。


「あとネクタイも」

「はいよ」


 するっと解いて、キラリンの首に掛けてやった。鞄と上着で、両手が塞がってるからな。


「あたしが片付けとくね。……上着とタイにはミョウバン水シューしておくから、皺も伸びるよ」

「頼む」


 キラリン、中学生な見た目なのに、マジ嫁みたいだな。


 パタパタとスリッパを鳴らし小部屋に消えたキラリンを見送ってから、リビングダイニングに入った。


「おかえり」


 吉野さんが振り返った。長い菜箸を持って、鍋の前に立っている。どうやらなんか揚げているようだ。脇では包丁人タマが、野菜を高速スライスしている。キングーはレナとダイニングテーブルにカトラリーを並べている。トリムはトリムらしいというか、酒の準備を進めているようだ。


 みんなエプロン姿でかわいい。レナまで吉野さん作のミニエプロン付けてるからな。これはいつの日か、全員裸エプロンを実現せんとならんな。男の夢だわ。裸エプロンのタマを膝に乗せたら、和毛やなんやらの触り心地、最高だろがい。


 パーティーじゃないとはいうものの、キングーもエプロン装備だ。背中側できゅっと帯を締めているから、胸が強調されている。あれ、前より大きくなったんじゃないか。ミノタウロスを倒すために天使の羽を拡げたとき、瞬時に大きくなった。あのときより今のほうが、幾分か豊かになった印象。


 吉野さんが言うには、キングー用のスポーツブラ、何度か買い直してるらしい。だから多分実際にも成長しているはず。


 天使の亜人ってのは謎だな。俺が初めて会ったときは微かに胸がある程度で全体の線は少年ぽかったし。それよりはるか以前、ドワーフ連中と暮らしていたときは、もっとずっと男だったって話だし。


「平くん、シャワー浴びてきたら? みんなもうお風呂入ったし」

「は、はい。吉野さん」


 いかんまた妄想暴発してた。


「じゃあ遠慮なく……」


         ●


「さて、乾杯ね」


 黄金色のシャンパンを満たしたグラスを、吉野さんが持ち上げた。


 俺もグラスを手に取った。グラスには細かな泡が立ち上り、弾けた泡のいい香りを放っている。


「平くん、誕生日おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとー」

「おめでとうございます」

「おめでとう、ご主人様」

「ありがとう」


 しばらく、酒を味わう沈黙の時間が流れた。


 うおっ、これうまいな。なめらかな舌触りにジャムにすら思える濃厚な果実味。ジュース的なものではなく、熟成された複雑な旨味がある。それに豊かな香り。ワイン好きの吉野さんが酒屋と相談して選んだとかいうとっておきらしいが、俺がこれまで味わったシャンパンでも最高だわ。


「おいしいっすねー」

「そう。良かった」


 吉野さんが微笑んだ。


 あーもちろん、これほどいい酒をよせばいいのに一気飲みしたトリムは、早々となんちゃってビール缶開けてるけどな。まあ好きな酒を好きなように飲めばいいのさ。このシャンパンも、全員一杯ずつでもう空みたいなもんだし。次からはコスパに優れた新世界ワインとか東欧ワイン、それに日本酒だの黒ビールだのが山ほど用意されている。


 基本、俺達の飯では誰かが延々サーブするってのも嫌だから、各人勝手に持ってきて飲む手はずにしてある。


「さて、食べようか。家庭料理で悪いけど」

「いえそんな。吉野さんが作ってくれたんだったら、たとえ――」

「たとえ、なに?」

「……たとえ超ご馳走でも超絶歓迎です」

「あら」


 呆れたような笑顔だ。まあ役員会議の前に失言したからな、俺。


「今日は全部手作りにしたから。みんな手伝ってくれたし」

「ありがとうございます」

「最後、誕生日ケーキも、スポンジから焼いたから。キラリンちゃん、レシピ検索できるから完璧」

「さすがキラリンだな」

「へへーっ」


 珍しくはにかんでるな、キラリン。


「それよりもう食べていい?」


 いやトリム、どんだけ空腹か知らんが、早く食べたくて苛ついてるじゃんw


「召し上がれ」

「よしっ! 指差し確認っ」


 自分の取り皿に、海老フライだの唐揚げだのの揚げ物を次々に盛り始めた。テーブルに並んでいるのは、大量の揚げ物に大盛りサラダ、それにナスやししとうの揚げ浸しといった副菜の数々。全体に日本の日常料理といった趣だ。


 トリム大好物の、ケチャップスパも付け合わせとして大量に盛ってある。もちろんトリムはそれを別皿に取って自分の前に置いた。


「家庭料理もいいもんだね」


 トリムも箸を使い始めた。


「焼き肉も始めようね。あとたこ焼きも」


 二面ホットプレートが置いてあり、片方はたこ焼きプレートになっている。


「吉野さん、それは俺がやります」

「ダメよ。今日は平くんがゲストでしょ」

「あたしがやろう」


 タマが超速で肉を並べる。隙間なくびっしり敷き詰めるところとか生真面目で、妙にタマらしいわ。この焼き肉、吉野さんが気を利かせて、マタタビ入りの垂れで下味を着けてあるんだと。そりゃタマが仕切りたがるわけだわ。


「では、こちらは僕がやります」


 キングーが、たこ焼きの生地を流し込んだ。ふつふつと泡が出始めると、器用に裏返し始める。聞いたら、レナと一緒にレシピ動画を見て予習してたらしい。


「焼けたぞ、平ボス」


 タマが全員に肉を取り分ける。


「わあ、おいしい。軟らかいし脂が甘いし、なんちゃってビールに合うねっ」


 トリム、なんちゃってビールぐいーっ。負けじとキラリンが黒ビールぐいーっ。いつもどおり、交互にぐいぐいやってるから面白いわ。


「銘柄豚だからな。よくサシの入った牛肉がどうとか言うけど、脂自体は豚のがうまいと俺は思うんだよな」

「ラードで揚げたとんかつとか、おいしいよね、ご主人様。揚げ油自体が豚由来だから、甘みと香りが良くて。半額弁当でも猫泉の奴とか、高いだけに絶品だし」

「いや本当に」


 まあ猫泉のとんかつ弁当、半額までスーパーで残ってることがめったにないんだけどな。


「あたしは脂身の少ない赤身の牛が好みだな」

「タマは獣人だからさ。こっちの世界の日本人はだいたい、オイリーな食べ物が好きなもんだよ」

「ところで……今日、平くんと喧嘩のお芝居したんだよ」


 みんなでわいわいやってると、吉野さんが例の話題を出した。


「どういうこと?」


 トリムが目を見開いた。


「社内の悪党を燻り出す罠を仕掛けたんだ」


 俺が細かく説明すると、レナが頷いた。


「いい戦略だね、ご主人様」


 たこ焼きのかけらと格闘していたが、楊枝を置く。


「黒幕がどうとかだけじゃなく、ご主人様と吉野さんのチームもそうそう順風満帆じゃないって社内で噂になるから、嫉妬の力学をガス抜きできるし」


 おう。レナ、相変わらず頭いいな。


「はあ、そんなもんでしょうか。僕、感心しました。さすがは平さんと吉野さんだ」


 キングーは首を傾げている。天使の子だけに、権謀術数とは無関係に生きてきたんだろう、きっと。


「お芝居とはいえ、平くんと喧嘩けんかしたら悲しくなってきちゃった」


 吉野さん、溜息ついてるな。


「だから……」


 耳に口を寄せてきた。ひそひそ声で。


「今晩、小部屋にお邪魔するね(ひそひそ)」

「……」


 俺は黙って頷いた。みんなに聞かせるわけにはいかない。はあー吉野さんがベッドでも誕生日を祝ってくれるとか、天国だろ。


「タマちゃんも一緒にお祝いしたいって(ひそひそ)」

「……」


 マジか。三人でエッチなことするの、これで三回めだわ。嬉しい。朝まであれこれできるじゃん、これ。明日副社長に早朝呼び出しされてるけど、知るかw 明日の説教より今晩の極楽のが、はるかに重要だ。


「それにレナちゃんもだって(ひそひそひそ)」

「……」


 おいおい。四人プレイとか、初めてなんですけど。

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