4-3 居並ぶ役員の前で、またしても落書きするw

「現担当をどうする。担当替えすると、転送ツールの個別開発にまたそれなりのコストがかかるのも厳しい」

「いいっしょ。そんなん」


 内ポケットから、俺はマジックペンを出した。俺対策されてるかもと思い、念のため「マイマジック」を用意してきてたわけよ。


「そ、それは……」


 秘書室長が震え上がった。


「せっかく隠したのに……」

「えーと……」


 役員どもにケツを向けると、自分の落書きを読み直した。




――補助金がなくなっても儲かる仕組み――




 その下に書き足した。キュッキュっとな。




――適材適所。豚もおだてりゃ木に登る――




 秘書室長は、もうなにも言わなかった。


 なんせ俺はシニアフェロー。秘書室長よりはるかに上の職階だから、さすがに前書いたときのように怒鳴ってきたりはしない。ただ、青くはなってたけどなー。


「これっすよ、これ」


 俺が落書きすることは共通認識化しているのか、役員連中、誰も文句は言わないわ。よし調教成功w


「どういうことだね」


 副社長も、ただ首を傾げているだけだ。落書きに関してツッコんではこない。


「異世界、つまり異なる環境で活躍したんだから、川岸課長補佐は――」

「川岸くんは課長です」


 秘書室長のツッコミが入った。


「そうでしたそうでした。それでですね、川岸課長『補佐』は、海外向きですよ。異世界に行ったくらいだから、日本と全然違うカルチャーにも適応しやすいでしょうし。地球の反対側くらいがお似合いかと」

「それはつまり……」


 目を細めると、副社長は俺をじっと見つめてきた。本心を見透かそうとするかのように。


「副社長。君の能力を生かせる場所で活躍してほしいって、川岸をおだてりゃいいんですよ。書いたでしょ」


 自分の落書きを、俺は叩いてみせた。




 ――適材適所。豚もおだてりゃ木に登る――




「現地の孫会社には課長職の空きがないから、ヒラで悪いが――ってことにして」


 何人か、役員が失笑した。


「ダメよ、平くん」


 吉野さんが口を挟んできた。


「異動はともかく、降格なんてできるわけないでしょ。譴責けんせき処分でもないんだから」

「できないこたないでしょ。前例がないだけで。ねっ副社長」


 呆れ返ったかのように、副社長は苦笑いを浮かべている。


「無茶言うな。相変わらず君は馬鹿だな、平シニアフェロー。三木本一の大馬鹿大将だ」


 はあ、社長には「三木本商事始まって以来の無責任野郎」扱いされたし、俺の二つ名、また増えたか。


「ダメだって、言ってるでしょ」


 吉野さんが、珍しく声を荒げた。副社長の軽口で緩んでいた会議室の空気が、急に張り詰めた。役員連中も、笑顔が凍りついたわ。


「あなた、立場をわきまえなさい。役員の方々の前ですよっ」


 興奮したのか、吉野さんはマイクを強く握り締めている。


「はあ? そんなん知らんし。吉野さん、ちょっと頭おかしいんじゃないですか」

「私は常識について話してるんです」

「はあそうすか」


 俺は、へらへら笑ってみせた。


「なに、その顔」


 吉野さんが、俺を睨みつけてきた。


 ――といっても、これは演技。今日の会議で頃合いを見て適当に喧嘩しようって、前もってふたりで決めてたからな。ここにいるかもしれない黒幕に仲違いを印象づける、社長命令の、例の芝居で。


 チラ見すると、社長はにやにやしてるな。始めやがったか――って顔さ。


「吉野さんは黙ってて下さい。俺は会社のために発言している」

「いえ黙らない。平くんは優れた人材だけれど、人事についてはまだまだね。かわいそうじゃない。いくら才能がないといっても、むやみに降格させるとか」


 吉野さん。うまいこと皮肉まで入れ込んでるな。まあ川岸の奴は吉野さんに女性蔑視のパワハラしやがるから、吉野さんも嫌いみたいだし。川岸の自業自得ではある。


「いいっしょ」

「ダメに決まってる」


 ふたり睨み合った。秘書室長がオロオロしてるな。


「よしたまえ、ふたりとも」


 大声を上げたのは副社長だ。


「平くん、役員会議での君の大暴れ、私は毎回楽しみにしている。……だが今日は、ちょっとやりすぎだ。君達が仲違いしたら、我が社の大損失だぞ」


 自分の振りを無視され喧嘩が始まったからか、当たり前だが怒ってるな。


「プライベートと業務は別です。業務はちゃんとします。ねえ吉野シニアフェロー」


 黙ったまま、悔しそうな顔を作って、吉野さんは頷いた。


「その程度では困る。平くんは明日の朝八時、副社長室に来たまえ」

「説教なら結構です。行きません」

「馬鹿者っ」


 怒鳴られた。


「前代未聞の出世をした、自分の立場をわきまえろ。どれだけの人間が、君達の失点を探していることか。鵜の目鷹の目で」

「はあ……」

「秘書に言っておく。忘れるなよ。朝八時だ」


 問答無用で話題を切られた。


 てか呼び出しされるなんて、もしかして副社長が黒幕とか。そもそも仲違いの芝居は、俺と吉野さんの離反を演出して、どちらかを抱き込もうと黒幕が動くのを炙り出す目的だったし。俺を呼び出すってことは、抱き込みの可能性がある。


 とはいえ、仲違いのその場でってのは、いくらなんでも動きが早すぎるか。社長や役員が居並ぶ会議の場で尻尾を出すとも思えない。この黒幕は狡猾だからな。つまり副社長は多分、シロだ。


 それにしても俺、「全員黒幕に見える症候群」だよなー、マジで。役員が絡んでくるだけで身構えちゃうんだから、自分でも嫌になるわ。


 まあいいか。明日の朝話せば、はっきりする。八時に呼び出しとか、時間外で勘弁してほしいが、よく考えたら普段の勤務時間中、俺と吉野さん、弁当タイムから後の午後はほとんど遊んでるしな、異世界で。プラマイで得しすぎてるんだから、文句言うほどじゃあないか。


 ちらと社長を見ると、俺の目をみて微かに、かろうじてわかる程度に頷いている。


「……はい」


 不承不承という表情をわざと作って、ふてくされ気味に俺は頷いた。


「じ、時間も予定より押しておりますので、異世界事業についてはここまでにします」


 秘書室長が悲痛な声を上げた。


「まだ話は終わってないだろ。もっとやってはどうか」


 社長が初めて口を挟んできた。なんたって、裏切り者炙り出しは、社長にとって最重要課題だからな。


「そうおっしゃいますが社長……」


 困り果ててるな、秘書室長。


「まあよろしいではないですか、社長」


 金属資源事業部の事業部長、海部が、秘書室長に助け舟を出した。


「たしかに今日は案件が全部押しており、もう三十分以上ずれてます。三木本Iリサーチ社の人事については所轄役員間で詰めることにして、次の案件に進んではいかがでしょうか」


 海部は今、黒幕炙り出しで、俺と裏で握っている。俺がチクったから、自分の部下の川岸に裏切られていることも知っている。


 川岸はまだ金属資源事業部と三木本Iリサーチ社の兼務だ。異世界事業から無事叩き出したとしても、自分の庭への復帰は防ぎたいだろう。


 介入には絶妙のタイミングだ。この会議の場が荒れて、川岸異動が流れたら困るからな。所轄役員間で詰めるってことにすれば、社内権力のある海部の発言が鍵を握る。社長や副社長がいる役員会議だと、話が異動取り止めに流れたとき分が悪いし。


 さすが海部、社長レース本命のひとりだけある。修羅場での判断瞬発力凄いわ。


「そうか」


 社長が一瞬だけ、鋭い瞳になった。


「……まあそれもそうだな。海部くんが言うなら、進行してもいいだろう」


 海部は社内のキーマン。社長も顔を立てた形で収めたか。


「では、吉野シニアフェローと平シニアフェロー、ご退出ください」


 秘書室長、あからさまにほっとした顔をしてるな。まあご苦労様です。後で胃薬飲んで下さいってことでひとつ。


「――では次は、カナダの鉱山権益会社、買収についての提案です」


 自分で書いた落書きを一瞥すると、秘書室長のファシリテーションを背中で聞きながら、俺は会議室を後にした。

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