4-2 吉野さんの機転
やばいなこれ。どうしよう……。
会議で役員どもに追い込まれ、脇を冷たい汗がつたった。
「平と私が探しているのは、これまで誰も見たことがないような資源です」
俺の窮地に、吉野さんが斬り込んできてくれた。さす吉野。いざというとき、頼りになるわー。
「今は各所で情報を集めているところ。現地には、多くの秘密があります。それを解いてけば、奇跡を起こせる秘跡が手に入るでしょう」
「なんだそりゃ」
またぞろ知らん役員だ。
「危ない宗教にでもハマっているのかね」
少なくとも、三木本Iリサーチ社の所轄役員八人の誰かじゃあない。あの八人、俺は人事情報を閲覧して、しっかり顔を覚えたからな。こいつは、無関係だから早く次の案件に移りたくて、引っ掻き回してるんだろう。
「十九世紀、初めて発電と給電が始まったとき、ヨーロッパの民衆はどうしたと思いますか」
いきなり、吉野さんが意味不明の話題を取り出した。さっぱり訳わからんが、俺も意味ありげに、重々しく頷いておく。
「知らんよ、そんなの。吉野くんはなにが言いたいんだ」
「これは魔法だろうと
「だからなんだね」
呆気にとられてるな。当然だが。俺にもわからんし。
「私と平が探しているのは、そういうものです。初見では信じられない。でも将来、必ずや世界を変える」
「魔法のようなものってことかね」
「なにも知らない人が見れば、そう思うかもしれません」
吉野さんグッジョブ。うまい逃げ方だ。実際、「魔法」ではあるしな。
「それにそもそも、俺と吉野さんの踏破速度は、川岸チームの百倍とかです」
ここぞとばかり、俺も加勢に入った。
「そちらで充分三木本商事に貢献してるんだから、なにを見つけるかなんてオマケみたいなもんですよね」
前もこれで逃げたけど、まだ何回か使えるな、これ。手持ちカードが頼もしいのは、いいことだ。
「それは……まあ……そうだが」
相手が怯んだ今がチャンスだ。俺は畳み掛けた。
「鉱物資源獲得なんて、川岸チームの責任だ。俺達の一パーセントの実績しか上げられず、無駄飯を食ってる連中になんとかさせてはどうですか」
広い会議室が、重苦しい沈黙に包まれた。なんせ正論だからな。表立って反論できる余地はない。
「といっても、たしかに俺達には経験がある。だからご要望どおり、アドバイスをしましょう」
室内に、明らかにほっとした空気が流れた。役員連中を詰めても、逆恨みされるだけで、俺に得はない。ちゃんと言いつけを守ったという体にしとかないとな。
「俺達は、今、山脈地帯を調査し始めたところです。鉱物資源豊富だし、所轄官庁の要望に沿ってそちらに進んでいると説明しておけばいい。見つかるかどうかは時の運ってことで逃げられる」
「なるほど」
「山地は俺達が確保した。だから三木本Iリサーチ社のチームには、河原から海岸にかけての調査をさせてはどうでしょう」
「異世界現地に砂金があるのは判明しており、三木本商事も、現地食堂の売上を、現地から砂金の形で受け取っています」
俺の意図を悟った吉野さんが、阿吽の呼吸で補足してくれた。
「ご承知の通り、山の鉱物は川が削って運びます。河原や海岸線で砂金やレア鉱物、宝石などが採取できるのは、地球も異世界も同じでしょう」
「たしかに……」
なんせ三木本商事は鉱物商社が祖業だ。全員、鉱物の基本知識は持っている。役員は各々、頷いたり顎に手を当てたりしてなにか考えている様子だ。
「吉野さんの言う通りですね。俺達が山、Iリサーチ社は川と海。これなら所轄官庁の担当者も、上司に説明しやすいじゃないですか。『俺が間抜けな三木本商事を導いて、成果を出しました』とね」
えばりくさった役員の保身まで考えてやってる俺、偉いわw
「説得力のある話だ」
誰かが唸った。
「だが現地では、なかなかそのあたりの探索が難しいという報告が上がっている」
「三木本Iリサーチ社は臆病風に吹かれて『街道ぶらり旅』してるんだから、そりゃ当然ですよね」
「ならどうしろと」
「担当者を替えたらどうです」
話の流れが勝手にこうなった。ちょうどいい機会だ。俺は探り針を打つことにした。
「資源獲得の方向に振るなら、街道ばかり歩いてたって仕方ない。そうでしょ」
何人かが首を縦に振った。ただ声は出さない。下手に賛成して言質を取られると、その方向性が失敗したときに、責められるからな。リーマンならではの処世術だよ。出世レースのノウハウは、役員になっても変わらないからな。基本、徒党を組むのと、足の引っ張り合いだ。
特に例の三木本Iリサーチ社「八人の役員衆」なんか、所轄してるんだからなおのことだ。下手に口を突っ込めば、責任を取らされる。
俺が当初陰謀の黒幕と踏んでいた、CFO、つまり最高財務責任者の石元も当然この役員会議の場にはいる。だが俺が川岸更迭を口にしても、黙ったままだ。頷きも反対もせず、腕を組んで無念無想の表情。狸だw
石元も陰謀排除ですでに俺と握っている。てか黒幕だとしたら「俺と握っているフリをしている」だが。俺はまだ石元を全面的には信じていない。
いずれにしろこの会議では地蔵を決め込むことに、石元は肚を決めたようだ。ここで発言しないと川岸更迭に流れが決まる可能性があるが、それでもいいのだろう。陰謀排除派なら当然だし、黒幕の煙幕だとしたら、川岸以外の二の手の人材を用意していることになる。
「たしかにそれは一理ある」
沈黙を破ったのは、副社長だ。三木本商事の副社長は、伝統的に上がりのポスト。社長の目はない。もう出世がないだけに遠慮なく発言できるのは、副社長ならではだ。保身の必要がないから。
社長は社長で、部門のバランスを気にしないとならないから、どっちかについたと思われないよう、発言が難しいし。
「それにIリサーチ社の人員調整については、社内や役員からも声が上がっている」
おや。労務担当役員の高田、川岸更迭の件、マジで動いてくれてたのか。てことは黒幕候補から外れるかな。黒幕だとしたら、自分の息の掛かった駒を、まだ隠し持ってるのかも。
……まあ、俺の推した同期の栗原を入れるかどうかで判断できるか。全然違う奴が押し込まれてきたら、まだ高田を黒幕候補から外すわけにはいかない。
「だが平くん」
副社長は、周囲の役員を見回してから続けた。反応を見たのかな。
「現担当をどうする。担当替えすると、転送ツールの個別開発にまたそれなりのコストがかかるのも厳しい」
「いいっしょ。そんなん」
内ポケットから、俺はマジックペンを出した。俺対策されてるかもと思い、念のため「マイマジック」を用意してきてたわけよw
「そ、それは……」
秘書室長が震え上がった。
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