4 俺は社内に引っ掛けの網を張るぜw

4-1 役員会議で追い込まれる

「まだですかねー、順番」


 いらいらして思わず、テーブルを指でトントン叩いちゃったよ。俺と吉野さんは、またぞろ経営会議に呼び出されている。役員会議室の脇、いつもの役員応接室で順番待ちってことさ。


「焦らないの。経営会議はいっつも押すでしょ。案件が多いんだから」

「でも、女神ペレ戦の戦略を練っておきたいのに。会議はいいんですが、待ち時間はただ無駄なだけじゃないですか」

「あら意外」


 吉野さんに笑われた。


「平くん、異世界で時間潰す達人じゃない。だいたい午後はお茶飲んで遊ぶだけだし」

「そりゃそうだけど、人にコントロールされる無駄時間は、話が別なんですよ」

「その気持ち、わからなくはないわね」


 吉野さんは、コーヒーのプラカップを俺の目の前に置き直した。


「ほら飲んで。リラックスしましょ。一般階のコーヒーマシーン用じゃなくて秘書室が管理してる特別な豆だから、おいしいわよ」


 カップからは湯気が立ち上っている。


「ですねー」


 コーヒーを口に含む。うまい。香ばしい複雑なフレーバーが鼻に抜け、コーヒーならではの安らぎを与えてくれる。コーヒーがうまいと発見した、はるか古代のエチオピア人に感謝だな。


 俺は、ほっと息を吐いた。


「……まあ今日はムカつく野郎もいないし。それはいいか」

「そうそう。気を取り直して」


 異世界案件の呼び出しって話なんで、三木本Iリサーチ社の川岸チームが呼ばれていても不思議じゃあないんだが、川岸も山本も今日はここにいない。理由はわからん。まあ不愉快なつらを見ないで済むからラッキーだ。川岸の奴、どうせ吉野さんのこといじめるしな。


「でも変ですね。連中がいないのもだし、俺達の異世界業務は現在、経営企画室の所轄だ。進捗状況報告とかなら、経営企画室内の会議であらかた済むはずだし」

「少しきな臭いわね」


 吉野さんも首を傾げている。


「異世界絡みとしても、どういう用件なのか、普通は事前に教えてくれるのに」

「ですよね。でないと資料も用意できないし、聞かれても急には答えられないかもだし」

「用心深くいこうね」

「ええ、吉野さん」

「それに……」


 吉野さんは、思わせぶりな表情で俺に微笑みかけてきた。


「経営会議は、ちょうどいいタイミングではあるし」

「アレですね」

「平くん、うまく口火切ってよね」

「任せて下さい。あくまで俺が悪役で突っ走って、吉野さんが良識で止めるパターンで行きましょう」

「わかった」


 吉野さんは、カップを口に運んだ。


「ふう。こういうの初めてだから、なんだか緊張してきちゃった」

「大丈夫ですよ」

「あと今晩、パーティーね」

「はい。嬉しいです」


 今日は俺の二十六歳の誕生日。この会議後に吉野さんが半休取って、クラブハウスでパーティーの準備をしてくれる段取りになっている。


「タマちゃんもキラリンちゃんも、料理手伝うって張り切ってたしね」

「楽しみですねー。メニューはなんです」

「秘密。……まあ家庭料理だから、お店みたいなのを期待されても困るけどね」

「いえ吉野さんの作ってくれた料理なら、たとえ焦げ焦げでも大感激です」

「あら……」


 呆れたように笑われた。


「それ、褒めてるつもり?」

「す、すみません。俺、本当に――」


 ガチャリと音を立てて、入り口のドアが開いた。いつもの秘書室長が顔を覗かせる。


「吉野シニアフェロー、平シニアフェロー。お待たせしました。役員の方々がお待ちです」

「はい。今、行きます。さ、平くん……」

「はい」


 本当に嬉しいんです――と言いかけた言葉を、俺は飲み込んだ。


         ●


 寒々しく感じるほどだだっ広い役員会議室。楕円形の大テーブルには、二十人ほどの役員が顔を揃えていた。もちろん社長もいる。


「経営企画室の吉野シニアフェローと平シニアフェローです」


 秘書室長に紹介される間、俺は部屋を見回してみた。なんだよプロジェクタースクリーン、まだ落書き消してないのか。社長の奴、どんだけケチなんだよ。


 まあ落書きしたの俺だから、文句は言えないんだが。……って、おい。ホワイトボードのマーカー、全部撤去されてるじゃんw 俺がもうスクリーンに落書きできないようにってことか。「平対策」とか、秘書室長、やるときゃやるな(違)


「では開始します」


 秘書室長は、マイクの前で手元のレジュメに目を走らせた。


「異世界マッピング事業に関し、所轄官庁から要望が来ています。それについて、両シニアフェローのご意見を伺います」

「要望?」

「平シニアフェロー、マイクをお渡ししますので、発言はそれまでお待ちを」


 秘書室長に制せられた。俺と吉野さんにマイクを手渡してくる。ついでに付け加えて――


「平シニアフェロー。このマイクはテスト済みですので今回、マイクテストはご勘弁を」


 役員の何人かが笑った。ちぇっ釘刺されたか。「マイクのテスト中」も「元気ですかっ」もなしとか、つまらん。秘書室長の奴、俺の必殺技封印するとか、つまんない対策立てとくなっての。


「両シニアフェローに事前に案件をご説明しなかったのは、まだ極秘の要望だからでして。そのため、三木本Iリサーチ社の現場従業員にも伏せてあります」

「はあ」


 わけわからん。


「ふたりはシニアフェローだからな」


 俺の不審顔を見て取ったのか、社長が口を挟んできた。


「情報へのアクセス権レベルは、川岸課長チームより高いということだ」

「それはわかりましたが、どういうご要望でしょうか」


 吉野さんは、やや緊張気味だ。要望とかいう謎を突き付けられちゃなあ、当然ではある。


「はい。それはですね……」


 秘書室長が、手元のレジュメに目を走らせる。


「異世界マッピング事業に関して、もっと資源獲得に振った地図が作れないかということだそうです」

「そうですか……」


 吉野さんが、俺にアイコンタクトしてきた。


 そういうことか。そりゃそうではある。もともと異世界マッピング事業は、日本が将来異世界に資源権益を獲得するための基礎調査として、ウチ、つまり三木本商事が国から委託されたものだ。もう開始一年、そろそろその目的に沿った方向に舵を切りたくなってきたとしても、不思議ではない。


「俺達はもう、異世界マッピング事業から外された身の上です」


 不本意に異動させられたというニュアンスを込めて、嫌味たらたらで言ってやった。


「マッピング事業のことなら、三木本Iリサーチ社の方々と調整してもらえませんかね」

「君達の踏破距離は、今でもマッピング距離としてカウントされている。関係ないことはなかろう」


 なんか知らん役員が吠えてきた。


 そんなん知らんがな。カウントされてるたって、俺達の手柄にはされずに、三木本Iリサーチ社の実績として川岸チームの業績扱いなんだからよ。ムカつきこそすれ、川岸を助けてやる義理もないだろう。――概要こんなことを、水飴でくるんだ甘々な言い回しで突き付けてやった。


「まあそう怒るな。君達の意見を聞きたいだけだ」


 社長がやんわりと制止してきた。


「言質を取ったってことで、後で責任を負わせたりはしないから、安心しろ」

「はあ……」


 ああこれ、社長が助けてくれてるのか。風見鶏役員が俺と吉野さんに後々責任おっ被せないよう、そういう展開を事前に否定してくれたんだな。たしかに、詰腹を切らされるのは勘弁だわ。


 社長発言は経営会議議事録に収録される。俺と吉野さんは社長の言質を逆に取ったことになる。役員会議だから、「失敗しても俺達に責任は負わせないから意見出せ」ってのは、ここに在籍する役員全員の言質ってことになる。この場で反対してないわけだからな。


「君達が担当している経営企画室の案件では、異世界で新規資源の獲得に動いているんだろ。なら同じようなものじゃないか」


 さっきとは別の役員の言葉だ。やかましわハゲ。何度も死にかけたこっちの苦労も知らんで、いけしゃあしゃあと。


「まず最初に言っておきますが、俺と吉野さんが探しているのは、鉱物資源じゃない。だから官庁の要望とは基本的に無関係です」

「ならどんな資源だと言うんだ。君は前も役員会議で、そこだけは、はっきりさせなかったじゃないか。裏でもあるのか」

「それは……」


 俺は口を濁した。経営企画室内と社長に対してだけは、「魔法など、現実世界にない特殊な資源を探している」と説明してある。


 経営企画室の面々は切れ者だから問題ないが、役員会議で話せば社内に噂が広がるのは止められない。逃げ切れなくなるまでは、バラしたくない。


 それにそもそも、本当に探してるのは俺の寿命だしな。マジックアイテムとか、探す気もないし。だが、裏があると思われると、俺と吉野さんの異世界サボり旅に、超絶マイナスだ。


「それはわかりません」

「なんだそりゃ」


 失笑が広がった。


 とりあえず言い切ったものの。ここから一分くらいで、なんかいい言い逃れを考えないとならない。くそっ。胸にレナでも潜ませとくんだった。あいつ頭いいから、こういうときひそひそ話してくれて、結構頼りになるからな。


 居並ぶ役員連中が全員、お手並み拝見といった冷酷な瞳で俺を見つめてきている。だが、なんか頭空っぽで、いつもの口八丁が出てこないわ。


 ……やばいなこれ。どうしよう。


 会議で追い込まれ、脇から、冷たい汗がしたってきた。

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