3-12 悲しげな瞳
「大きいのね」
こわごわと、吉野さんが女神の顔を覗き込んだ。俺達は、火山女神ペレのすぐそばまで近づいている。封印されているので、危険はない。
「ええ吉野さん。二メートルはありますね。体長」
女神だからなー。それにしても、こうしてすぐそばまで寄っても安全なのは助かる。いろいろな状況を観察できるからな。
「本当に、彫刻のようですね」
キングーが感心したかのような声を出した。
「たしかに」
ユミルの杖で急速冷却され、ペレはチャコールグレイの彫像のように固まっていた。海風に髪がなびいた、そのままの形で。水平線をしっかり見つめたまま、瞳も固定されて。
着ているのは、ゆったりしたドレーブを持つ、たおやかなワンピース……というか貫頭衣のようなドレスだ。熱に耐えられる、滑らかな布でできていたはずだが、袖を触ってみると、もちろん冷たくて硬い。石像そのままだ。
全体にほっこりした雰囲気。それだけに、背中に刺さった杖が痛々しい。
「これがユミルの杖だな」
「どけっ」
ケルクスに押しのけられた。
「これが……あたしたちのアーティファクト」
杖を愛しげに撫でた。
「ああ……微かに霊力を感じる。まだあたしたちダークエルフを護ろうとしているんだな。健気に」
「杖というより、槍だな」
タマが感想を口にする。
「たしかに……」
ユミルの杖は、思ったより大きかった。立てたら俺の背よりちょっと低いくらいだろう。ファンタジーで魔法使いが持つ杖のような形ではなく、楕円断面の滑らかな表面。突き出た先は尖っているから、背に刺さっている部分も同じような形だろう。
太さは木刀などより太いから、しっかり握っての投擲にも向いていそう。まさしく槍投げの槍といった印象だ。
「霜の巨人の力を持つためでしょう」
ケルクスの脇から、キングーも杖を撫でている。
「そうか。霜柱のような、鋭い杖ってことか」
「そうですよ、平さん」
女神は現代的な美の感覚よりは少しふくよかで、見るからに柔らかそうだ。いかにも古代の女神って感じさ。む……胸も大きいし。吉野さんよりちょっと大きいんじゃないか、これ。
「ご主人様。さっきから胸ガン見してる」
「んなこたあない」
図星だが。
「ダメだよ。柔らかそうだからって、胸触ったりしたら。セクハラ」
「触るわけないだろ」
レナの奴、にやにやしながら余計なことを口にする。いくらサキュバスだからって、やたらとエロコントのフリ入れるのやめろ。まあ、一応乗ってはおくが。
「おっと手が滑った」
胸に手が届く寸前、吉野さんに手を掴まれた。
「ふざけてる場合じゃないでしょ」
かわいらしく睨まれた。
「すみません」
「お前ら、よく冗談言えるな」
ハイエルフの参謀に呆れられた。
「次ここに来るときは、生きるか死ぬかなのに」
「こいつらは阿呆だ。あたしたちの森に二度も押しかけてきたくらいだからな」
珍しく、ケルクスがハイエルフに賛同した。まあ俺がアホってことが両部族の共通認識になって仲良くなれるなら。俺はそれでいいやw
「近くで見るとジャコメッティーっていうより、ヘレニズムの彫像みたいだよ、お兄ちゃん。それか鎌倉時代の運慶の仏像」
キラリンが感想を口にする。検索マシーンだな、キラリン。
「だって現代彫刻の孤独な侘しさより、大地と繋がった豊穣な悲しみを感じるし。……なにを嘆いているんだろ、この人」
「痛いに決まってるのにな。こんな杖だか槍だかに背中を貫かれて」
たしかに。俺にも淋しげに見えるわ。杖に体を貫かれたというのに、痛みを感じている表情ではない。ただただ悲しげに眉を寄せたまま、時間が止まったように動かない。
「なに見てるんだろうね、ペレは」
女神の視線を追い、トリムも荒れた海の先を見つめている。
「戦いの最中の姿とは思えんな」
タマが頷いた。
「なにか、死んだ家族を恋しがっているような姿だ」
無骨な獣人としては珍しい感想を口にする。
「そうだな……」
ふと、俺は違和感を覚えた。エルフ軍団は、森から戦いを仕掛けたはず。海側に陣取れば背後は崖で、追い込まれたも同然だから。
――ならなんで、女神ペレは、敵に背を向けているんだ。
そんな戦い方があるだろうか。いくら格下相手の戦闘としても。
ハイエルフの参謀を振り返る。
「なあ、女神ペレは、ただ地下から登場して熔岩を出しただけなのか」
「どういう意味だ」
参謀が眉を寄せた。
「ご主人様が言いたいのは、女神から要求があったかとか、そういうことだよ」
レナが解説してくれた。さすが俺の一の使い魔。フォロー完璧だな。
「なにもない。ここの異変に気づいた衛兵が急を報せ、急ぎスカウトが駆けつけて遠くから声を掛けた」
「ペレはなにも答えず、ただ足元から大量の熔岩を噴出させ始めたのだ」
参謀の後を、スカウトが継いで答えた。
「急ぎダークエルフと軍議を持った。ハイエルフの森とダークエルフの森。双方の危機ということで連合軍を組んだのだ」
「なにせ熔岩だ。森の全滅は防ぎたい。じっくり対策を検討する時間はなかった。双方手持ちの兵とアーティファクトをかき集め、急いで戦いに挑んだわけさ」
「火急の危機に乗じ、ハイエルフは我等を騙したのだ」
ケルクスが決めつけた。女神ペレを取り囲む俺達とは少し離れた位置で、ただひとり海なんか眺めてやがる。
「もうよせ、ケルクス」
ハイエルフはもう誰も反論しなかったが、俺がたしなめた。
どうもケルクス、ブラスファロン王からなにか「裏命令」を吹き込まれてる様子だからな。俺のアーティファクト関連かハイエルフの秘跡、このあたりだとは思うが、よくわからん。
とにかく、ケルクスを一度、王の命令から解放しておいてやらないとならない。ブラスファロン王は馬鹿じゃない。狡猾だ。霊力の衰えってことにして、出す兵力をたったひとりにケチったからな。
ダークエルフ側からすれば、失敗しても失うのはまだ若いケルクス、たったひとり。過去戦より兵力に劣るからハイエルフ側の犠牲は増えるはずで、ダークエルフとしては、成功しようが失敗しようが、勢力バランス的に得をする。
しかも万一成功すれば、ハイエルフに恩を売った上で、貴重なアーティファクトが戻ってくる。
たったひとりの加勢にしても、ただの若手なのに「軍師」扱いってことにして、どえらく協力したような体に仕上げてあるしな。やり手だわ、ブラスファロン王。三木本商事の経営企画室に勤めてくれないかなw
俺は心を決めた。
「ケルクス。過去はどうあれ、今、この場にいるのはまさしく戦友だ。俺達はこれからペレに挑むんだからな。お前がハイエルフといがみ合っていてどうする」
「ふん……」
「しかも過去戦と異なり、今回はダークエルフの助けがない」
「あたしがいるじゃないか」
ようやく、俺の目を見つめてきた。
「そうだ。お前がいる。ケルクス。お前は参謀として、ダークエルフの名代だろ。……ならダークエルフの誇りを見せてみろ。たったひとりで古のダークエルフの軍勢を凌ぐには、俺達と協力するしかないぞ」
黙ったまま、また海を見つめ始めた。かなり時間が経ってから、口を開く。
「……もちろんだ。あたしはお前に協力する。ハイエルフにではない。お前があたしとハイエルフを束ねるんだ。……それなら不満はない」
「よし。その言葉、ダークエルフの祖霊にかけて忘れるなよ」
俺は畳み掛けた。ケルクスが俺に向き直る。
「あたしは森の護り手ケルクス。あたしの言葉に嘘はない。誓う」
「わかった。頼りにしているぞ」
強い瞳で俺を見つめたまま、ケルクスは頷いた。
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