3-11 女神ペレ戦の事前調査隊
「あれがペレか……」
ハイエルフのスカウトが指差す彼方を、俺は望見した。
「そうだ」
女神ペレ戦に備えて、俺達は戦場の下見に来ている。なんせ相手は現在封印中。危険性はない。
「ようやく封印した姿が、あれだ」
スカウトは、人間で言うなら五十代くらいの男で、頬に大きな傷跡がある。この見た目ならおそらく二百年以上は生きているはずで、おそらく対ペレ戦にも参加した兵士だろう。
「森の外なんだね。ご主人様」
遠くを見通そうとしたのか、俺の胸で、レナが瞳を細めた。
俺達――つまりいつもの仲間と道案内のハイエルフのスカウト一名、ハイエルフ兵の参謀一名、そしてダークエルフのなんちゃって軍師ケルクス――は今、ハイエルフの森の外れに立っている。
森はここで途絶えていて、強風に白波の立つ荒れた外洋に向かい、広大な草原が続いている。柔らかそうな低草が風に揺れている。見た感じ、それこそ東京ドーム何個分かって広さ。まるで巨大ゴルフ場だ。
草原と海の境はビーチとかではない。すとんと落ちた崖になっているようだ。そして空間の半ばあたりからは、草原が黒々とした熔岩で覆われ、盛り上がっている。
その中央に、黒い人影がある。たった独り淋しげに突っ立って、海に向かい、こちらに背を向けている。
「ユミルの杖で凍らせて封印したって話だったよな、レナ」
「そうそう。
凍らせたって言うから氷に閉じ込められてるのかと思ったが、冷えて固まった熔岩
のような姿なんだな。
「お兄ちゃん。ユミルっていうのはね、北欧神話に出てくる霜の巨人。神々と戦った伝説があるよ」
キラリンが解説してくれた。例によって、脳内で検索したんだろう。さすが元スマホ的謎機械なだけある。
「神殺しの氷系巨人か……。ならたしかに火山の女神封印にはうってつけだな」
「あれが女神ペレ……」
吉野さんは、ほっと息を吐いた。
「まるでジャコメッティーね。突っ立ったまま、辿り着けない海に恋い焦がれてるみたい」
「悲しげに見えますね」
キングーがぽつりと口にする。
「ジャコメッティーってなんです」
「お兄ちゃん、アルベルト・ジャコメッティーは二十世紀スイスの彫刻家。寂しそうな、針金みたいに孤独な人体像で有名だよ」
「キラリン、ご苦労」
便利な使い魔だなー、キラリン。
「あれが伝説のペレ……」
部族に残る伝説の「災いの女神」を初めて見て、トリムも感慨深げだ。まあハイエルフだからな。
「タマ、距離計」
「すぐ出す。平ボス」
背中の登山ザックを下ろすと、タマは小さな距離計を取り出した。単眼鏡のような小型のもので、ゴルフなんかで目標物との距離を測る機器だ。
距離計を覗いてみた。草原の端までは、約一キロ。ペレまでは七百メートルほどだ。
「海との境は崖だよな。……高さはどうだ」
「二十メートルくらいだ」
スカウトが解説してくれた。
「切り立った崖だが、ペレと共に噴出した熔岩が流れ、半ばは埋まっている」
「そうか……」
見た感じ、熔岩の盛り上がりは高くなく、なだらかだ。草原は海に向かい微かな斜面になっているから、熔岩の多くは海に流れ落ちたことだろう。
ペレ戦に備え、火山については調べておいた。粘り気の強いマグマで火山ができると、昭和新山のような切り立った熔岩ドームになる。粘り気のため限界まで内圧が高まるので、爆発的な噴火を起こす。危険なパターンだ。
粘り気が低いと熔岩はさらさらと流れ、裾野の広い、低山になる。ハワイのキラウエア火山が代表的だ。
噴出跡を見る限り、ペレの熔岩は粘り気が低い。爆発的な噴火は起こさず、静かに大量の熔岩を流すだけってことだ。戦闘中にガンガン火山弾が飛んできたら封印もクソもないから、これはいい兆候だ。
「前のときは、どうやって封印したんだ」
「ハイエルフの矢ぶすまとダークエルフの魔法攻撃で牽制した」
「ペレの攻撃は」
「女神ペレは攻撃はしてこない。ただこちらの攻撃に対しては反撃してくる。指先くらいの小さな火山弾を飛ばして」
「それならたいして怖くないな」
「舐めるとこうなる」
自分の頬を走る大きな傷跡を、ハイエルフのスカウトは示した。目尻から頬にかけて、赤黒い傷跡がみみずのように這っている。ハイエルフは肌がひときわ白いから、とても目立つ傷だ。
「直撃でなく、顔をかすっただけでも、この始末だ。俺は運が良かった」
「ハイエルフは素早い。避けきれなかったのか」
「とにかく速い。それに小さいから、ほとんど目に見えない。飛んでくる火山弾が見えたと思ったら、もう着弾だ。直撃を受ければ、衝撃と高熱で体をえぐられる」
「ライフルで狙撃されるようなものね、平くん」
「ええ吉野さん。注意しないと。……治安部隊が使うような、透明アクリルの防弾盾とか用意しましょうか」
「手に入るかな」
「別に違法な品じゃないですしね。資材部に頼めば、どこかから入手するっしょ」
「また資材部に押しかけて、発注書バサーっとかやるつもり」
楽しそうに、吉野さんは笑った。
「タマゴ亭異世界支店を作ったときの話ですね」
顔を赤くしたり青くしたりして困惑してた資材部部長の姿を思い出した。
「悪いけど、また汗を掻いてもらいましょう。あっこ俺の同期もいるし、口添えさせますよ」
「それがいいわね」
「それで……」
俺はまた、スカウトに呼びかけた。
「弓矢と魔法で牽制したとして、どうやってとどめを刺したんだ」
「牽制で隙を作って、ひとりの勇者が突進した。ユミルの杖を握り締めてな」
「ダークエルフの勇者がな」
付かず離れず、そっぽを向いたままだったケルクスが、唐突に口を挟んできた。
「でもペレの周囲は高温だったはず。近づけたのか」
ケルクスは答えない。そっぽを向いたままだ。その姿を、ハイエルフのスカウトはじっと見つめた。
「魔法で加護した」
ケルクスが黙ったままなので、スカウトが解説してくれた。
「効果はあったのか」
「ああ。高熱を防いだ。……限界はあったが」
「だから死んだ。高熱に体を焼かれながらも、瀕死でペレの背中に杖を突き立てた後」
ケルクスがまた口を挟んできた。
「それは悲劇だが……」
俺はスカウトに向き直った。
「熱を防ぐ魔法は、短時間とはいえ効果はあったんだな」
「ああそうだ」
スカウトは頷いた。
「極めて短時間だけ、な。……勇者はそれをわかっていた。それでいて我が身を捧げたのだ。高貴な魂を持つ男だった……」
「結果を見ろ。ハイエルフどもよ」
憎々しげに、ケルクスがスカウトを罵った。
「ダークエルフは死に、我等の杖はハイエルフに奪われた。ハイエルフを救うことだけに使われたのだ」
「それは違う」
ハイエルフの参謀が、大声を上げた。人間にすれば六十代くらい。当然、当時、指揮していたはずだ。
「ダークエルフも我々も、死者を出しながらも互いに協力した。我等は戦友だったのだ。双方、納得づくの作戦だった」
風に長い銀髪をなぶらせているダークエルフを睨んだ。
「ケルクスとやら。お前はまだ若い。当時を知らないではないか。ひよっこがでたらめを吹き込むでない」
「ふん……」
参謀をちらりと見ると、ケルクスはまた顔をそむけた。
「早く行こう。現場を見たい。あたしは初見だからな」
ペレに向かい、勝手にすたすた歩き出す。
たしかに、遠くであれこれ言っていても作戦策定の役には立たない。いろいろ誤解はあるようだが、ケルクスの言うことにも一理ある。
舌打ちをしたハイエルフの参謀が続いた。俺達も後を追う。一歩一歩、女神ペレの姿が大きくなってきた。
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