3-10 ダークエルフの軍師

「封印解除で暴れ回る火山女神ペレの再封印には、俺の所持するアーティファクトの力を用いる」

「お前の持っている、バスカヴィル家の魔剣とやらを使うのか」

「いやケルクス、あれは使えん。……いろいろあってな」


 残りの寿命がどうとか、説明しても意味はない。だからどうしたと、ケルクスやブラスファロン国王に、冷たい瞳されて終わるに決まってる。


「ならどうする」


 よし引っ掛かったな。作戦開始だ。いつもどおり口八丁手八丁で、やるっきゃない。


「こいつを使う」


 床に座り込んで、背中のビジネスリュックを下ろした。中から、ドラゴンの珠を出して、ごろんと床に置く。


 王の周囲に並ぶダークエルフから、どよめきが漏れた。


「ブラスファロン様」


 高位の魔法使いらしき、例のフィーリーとかいう女が、玉座の王に近づいた。


「ドラゴンの珠です」

「わかっておる」


 難しい顔をしたまま、ブラスファロンは頷いた。


「ああ俺、取り出す奴、間違えたわ。火山の炎にドラゴンの炎じゃあ、相性が悪いからな。えーと……」


 リュックの奥に手を突っ込み、わざとらしくごそごそしてから、天使イシスの黒真珠を取り出して床に置く。なんか俺、チンピラ詐欺師っぽいな。ちらっと吉野さんを見ると、「やっぱり始まった」って顔してるしw


 黒光りするアーティファクトを見て、ダークエルフ連中は息を飲んだ。


「これでもないか。えーと……」


 次に、ドワーフが掘り出した、オーパーツの珠。


「キングー、お前の珠、なんだったっけ」

「これですか」


 イシスの白真珠を、キングーが隣に置く。


 今日は交渉だけだから、武器のアーティファクトは、短剣以外持参してきてない。退魔専用「ソロモンの聖杖」や吉野さんの「ミネルヴァの大太刀」は、王都ニルヴァーナの俺達の部屋に置いてある。特に大太刀とかは密生林だと邪魔だしな。なので、そちらを見せつけるわけにはいかない。


 つまり、あと出せるアーティファクトはひとつだけだ。


「これでもないか。あっこれだこれ」


 ペルセポネーの珠を、よく見えるように一番前に置く。


「これはペルセポネーの珠。冥界の女王から拝受したアーティファクトだ。いいかケルクス、俺達はこれを用いる予定だ。女神のアーティファクトなら、女神に効果があるはずだからな。……まあ実際に戦ってみないと、どう封印するか、はっきりは決められないが」


 次々出てくる貴重なアーティファクトを目にして、ダークエルフ連中は絶句している。魔力に優れた部族だけに、アーティファクトが醸し出す底知れぬ力を感じ取れるのだろう。俺や吉野さんのような人間には、ただのきれいな珠くらいにしか見えないけどな。


「王……」


 フィーリーは、王の肩を強く掴んでいる。よっぽど驚いたのかな。木っ端ヒューマンが、大量のアーティファクトを保持してたからさ。なんせ、エルフの長い寿命でも、一生に一度も見られやしない品ばかりだし。


「……」


 ブラスファロン王は、フィーリーに返事をしなかった。並べられたアーティファクトをじっと見つめたまま、黙っている。


 随分長い間、誰も口を開かなかった。


 ふと、ブラスファロン王が、フィーリーの手を優しく払った。


「お前とケイリューシ王の頼みはわかった。たしかにこれは、我等にとっても、先祖伝来のアーティファクトを取り戻す好機やもしれん。……我々も、兵を出そう」


 おお――というどよめきが、ダークエルフ連中から上がった。


「助かります。ブラスファロン様。ではさっそく打ち合わせを――」

「急くでない」


 俺の言葉を、手を振って遮った。


「兵は出す。……だが我々は霊力が衰え、兵に授ける祖霊の守護にも困っておる。……誰かさんのせいでな」


 唇の端を上げ、嫌な笑顔を作っている。


「なので出せる兵はひとりだけだ」


 はあ? たったひとり? そんなんで話になるかよ。百人は出してもらわんと。


「ブラスファロン様。ひとりだけでは困ります」

「そう言われても、こちらこそ困る。霊力が衰えたのは、ハイエルフのせいだ。無理難題を押し付けるのは止めてもらおうか」

「しかし――」

「出すのは軍師だ。軍師ひとりなら、ハイエルフの雑魚兵千人も同然。貫目が違うからな。文句は言わさん」


 国王に睨みつけられた。


「ケルクス」

「はい、ブラスファロン様」

「お前が行け。軍師として」

「えっ」


 驚いたのか、目を見開いている。


「し、しかし。ハイエルフと共に戦うなど、ダークエルフの誇りが――」

「よい」

「それになんであたしなのでしょうか。他にもいろいろ――」

「元はと言えばケルクス、お前の持ち込んだ災いだ。責任を取れ。祖霊が定めた、お前の運命であろう」

「しかし――」

「口を閉じよ」


 ケルクスは黙り込んだ。王の命令だからな。


「近う寄れ」

「はい」


 玉座に屈み込んだケルクスの耳に口を当て、ブラスファロンはなにか小声で囁いた。俺達に唇を読まれないようにだろうが、手で口元を隠しながら。


 はあ、なんか嫌な感じだわ。まさかとは思うが、協力するフリをして、俺の寝首を掻くとか。……ないか。そんなことをしても、一文の得にもならんし。


 あれかな。百にひとつでも成功すればよし。一応形だけでも援軍を出しさえすれば、ユミルの杖は戻ってくる。そういう算段か。


 失敗してもこれまでと状況は変わらない。俺の作戦が失敗すればまたユミルの杖で封印し直すだけだから。ダークエルフ側の損失は、最大でもたったひとりの死で済む。それでいてハイエルフのケイリューシ国王に、援軍を出したという恩を売ることができる。急造のなんちゃって軍師ひとりだが。


「平……」


 不安そうに、トリムが俺の手を取ってきた。


「大丈夫だ。トリム」


 手を握り返してやる。


 耳打ちを受けながら、ケルクスは何度も頷いている。やがて長い話が終わったのか、ケルクスは体を立てた。


「平とやら」


 ケルクスが口を開いた。


「ハイエルフやお前に対するダークエルフの友情のあかしとして、あたしが力を貸してやろう」


 近づいてくるとトリムの手を振り払い、俺の手をぐっと握った。


「よろしく頼むぞ。……リーダー」


 俺の目を見て、しっかりした言葉だ。たしかに戦友の誓いではあるが、俺は違和感を抱いた。


 ケルクスの口調に、微妙な皮肉を嗅ぎ取ったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る