3-9 ブラスファロン王の拒絶
「さて……と」
ダークエルフの森、沢を渡った入り口に立って、俺は眼前の大木を見上げた。
「何度見ても、気味悪い森だな」
「だよねー、ご主人様」
俺の胸から、レナが見上げた。例によって、すべすべ樹皮の不気味な大木が、多数立ち並んで視界を遮っている。
「最初から王様のところに転送してあげたのに」
キラリンは不満げだ。今日は交渉だけで短時間のはずだから、人型で召喚してある。
「お兄ちゃんったら、わざわざここに……」
「いきなりあの国王の宮殿だかその木の足元に姿を現してみろ。不意討ちかってんでいきり立ったダークエルフ連中に殺される。決まってるだろ」
「ダークエルフは猜疑心が強いからねー。こうして森の入り口からちゃんと案内されないと、危険だよ」
トリムは首を振った。
「あたしたちハイエルフと協力して、火山の女神ペレを封じ込めたっていうのに、いつの間にかハイエルフがアーティファクトを奪ったって話になってるし」
「そういうことだ。キラリン」
「ふたつの部族で言い分が違うのは、よくあることです」
キングーは溜息を漏らした。
「長い放浪の間、僕もあちこちで目にしました」
「あっちの世界でも同じだよね、平くん」
「そうですね、吉野さん。戦争もそうだし、フィクションでもえーと……羅生門でしたっけ、芥川龍之介の。映画で見ました」
「黒澤明ね。名作」
ダークエルフとの交渉のため、ここまで来た。ペレと戦い、ダークエルフのアーティファクト「ユミルの杖」を取り戻すためには、なんとしても協力を仰ぎたい。
「平ボス、エルフの匂いだ。来るぞ」
護るように、タマが吉野さんの前に立った。
「みんな、油断するなよ」
全員頷くのと、俺の前にケルクスが降り立つのが同時だった。
「……また来たのか、お前ら」
例の黒い短剣を抜くと、タマの胸に突き付ける。胸を張ったまま、タマは体を引きもしない。
「ブラスファロン王と話したい」
「この間追い返されたのを、もう忘れたのか」
苦笑いしている。
「あたしが通すはずないだろう。……平とかいう率い手よ、あたしが女だからって舐めてるのか、お前」
首を傾げ、見定めるかのように、俺を見つめている。
「今日はケイリューシ王の使いじゃあない」
「ハイエルフ無関係ならなおのこと、通す義理はないな」
短剣を引くと、腰の鞘に収めた。警戒心は強いが、ケルクスは、そう悪い奴じゃあないかもな。ねちねち意地悪してくるわけじゃない。森の護り手としての使命に忠実なだけといった印象だし。まあハイエルフに対する偏見はありそうだが。
「悪いことは言わん。二度とここには来るな」
「今日はダークエルフのためになる話だ」
「そうだよ」
たまらず……といった風情で、トリムが口を挟んできた。
「ダークエルフのアーティファクト、ユミルの杖を取り戻す算段だよ」
「ちっ」
舌打ちすると、頭を傾げ、首を鳴らした。
「次から次へと、断りづらい用件を作り出しやがって」
くるっと後ろを向いた。
「ついてこい」
●
「それで……」
例の玉座に座り、俺の長い話を黙って聞いていたブラスファロン王は、言いかけると口を閉じた。顎を上げて瞳を閉じ、しばらくなにか考えている様子。大分経ってから、ようやく目を開けた。
「……ペレの封印を解き、ユミルの杖を回収した後、もう一度封印するというのだな」
「そうです。ブラスファロン様。ユミルの杖を失った件に関しては、ケイリューシ王にも確認を取りました。数十年前の戦闘については、ダークエルフとハイエルフの間で、認識の違いがあるのは確かなようです。そこはブラスファロン様の言う通りでした」
「認識の違いではない。ハイエルフの策謀があっただけだ」
「策謀でもなんでもいいですが、要するに杖さえ戻ってくれば、基本オッケーなはず。この話、ダークエルフに損はない」
「だから再封印のために、我が兵を出せと」
「はい。俺が言いたいのは、そういうことです」
「ブラスファロン様」
トリムが進み出た。
「相手は女神。封印が困難なことは、よくご存知のはず。あたしや平のパーティー、それにハイエルフの戦士達だけでは、厳しい状況です。ぜひお力添えを――」
「ふん。こずるいハイエルフ共が。なにを企んでおるか、わからんな。話にならん。帰ってもらおうか」
例の仮の王笏で、俺達を指した。
「連れ出せ」
「はっ」
「ちょっと待てよ」
近寄ってくるダークエルフの衛兵を、俺は手で制した。やっぱ話を聞いてもらえないか。まあ前回のように王が興奮してないだけ、まだましだが……。
仕方ない。
俺は肚を括った。見せつけるようで嫌だが、いつもの作戦しかないな。これで駄目なら、もうダークエルフの援軍は期待できない。やるだけやってみるわ。
「封印は必ず成功させるから」
「ふん」
王は鼻を鳴らした。
「この貧相なパーティーがか。こいつは見ものだ」
「そもそも、どうやって封印するつもりなのか」
王の言葉を継いで、ケルクスが続けた。この間は警戒するように俺の脇に立っていたが、今日は王の脇に立ち、俺達に向き合っている。
「相手は火山の女神だぞ。しかも周囲には熔岩が噴出する。高熱で、近づくのも難しい」
「まずエルフの戦士に手伝ってもらい、弓矢と魔法でペレの攻撃を牽制する」
「で?」
「封印解除で暴れ回る火山女神ペレの再封印には、俺の所持するアーティファクトの力を用いる」
「お前の持っている、バスカヴィル家の魔剣とやらを使うのか」
「いやケルクス、あれは使えん。……いろいろあってな」
残りの寿命がどうとか、説明しても意味はない。だからどうしたと、ケルクスやブラスファロン国王に、冷たい瞳されて終わるに決まってる。
「ならどうする」
よし引っ掛かったな。作戦開始だ。いつもどおり口八丁手八丁で、もうやるっきゃない。
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