4-10 亜人キングーの母親

「ちょっと待て」


 俺は考えた。ここが天国か、地獄か。それともまったく別のなにかか。まずは検討しないと。


「ここが天国で合ってるんだよな、キラリン」

「うん」


 頷くと見回した。


「間違いないよ、お兄ちゃん」


 ならまずは安心か。次にこのもやだな。これじゃあ警戒もクソもない。


「タマ、なにか見えるか」

「あたしの目でも見えない」


 用心深く、タマは吉野さんを背後に守っている。


「それどころか、鼻も利かない。対処の仕様がないぞ」

「タマでも駄目か。……トリムは?」

「無理だよ」


 たしかに、なんの匂いもしない。風もない。しゃがんで確認してみると、立っている地面は白くてちょっと軟らかい。布団とか搗きたての餅に立ってる感じさ。


「どうするの、平くん」

「はい吉野さん。とりあえず警戒しましょう。……トリム」

「なに」

「お前、結界の魔法矢あるだろ。知覚の扉で射った奴」

「あるよ。外部からの攻撃なら防げる。……ただ敵対の気配のない人物の接近は防げないから、近寄ってから暴れるタイプの敵だと厳しいけど」

「この際、それでいい。あれ念のため、周囲に射っておいてくれ。いいか、周囲五メートル四方くらいでいい。あんまり遠くに飛ばして天使だか神様だかに刺さったらエライことになるからな」

「わかった」


 目にも留まらないくらい速く、トリムが五本ほどの矢を射った。靄の先で、ぼすぼすと地面に刺さる鈍い音がする。


「さて……」


 とりあえずできることはした。ほっと息を吐くと、俺は考えた。次の一手は、どうするべきだろうかと。


「ねえ平くん」

「なんです吉野さん」

「天に来たのはいいけれど、どうやってキングーのお母さんを見つけようか」

「それですよねえ……」


 天国というから、なんての、天使だのがふわふわそこらに飛んでて妙なる調べでも聞こえてくる桃源郷みたいなのイメージしてた。そこらの天使に聞けば、すぐ母親のところに案内してくれるだろうと。なんたって天使なら、そのくらいの能力はあるだろうしさ。


「こんなに孤独で寂しいところだとは思わなかったですね」

「うん。なんにも見えないから、歩いて探すのも難しそう。迷って同じところをぐるぐる回っててもわからないだろうし。それに……」


 吉野さんは見回した。


「それに安らげる場所というより、悲しくなってくるくらい寂しいわよね、ここ。本当に天国なのかしら」

「ええ、マジでそう感じます。……キラリン、くれぐれも、ここ地獄とかじゃないだろうな」

「まさか。さっき言ったじゃん」


 鼻で笑っている。


「マジ天国だし」

「間違って転送したとか」

「ないない」


 けろっとしてる。……でもなんか今ひとつ信用できないからなあ、こいつ。悪意はないだろうけど、単純ミス的なポカはやりそうなタイプだ。


「ねえご主人様」

「なんだレナ」

「キングーさんから、白い珠もらってたでしょ」

「ああ。ビジネスリュックに入れてある」


 俺は、背中のリュックを叩いてみせた。


「キングーさん、あれが道標になるって言ってた」

「そういや、そうだったな」


 もしかして、なにか方向を指し示す方位磁石的な能力があるのかも。とりあえず見てみても、損はない。


「どれ……」


 ずっしり重い珠を出してみた。俺の手のひらで、珠は白銀に輝いている。ちょうど周囲の靄のような色だな、これ。


「特になんにもないね、平」

「トリムの言うとおりだな」


 ただ謎の珠としか言えないな。


「お兄ちゃん、あたしそれ初めて見たんだけど……」


 珠をじっと見つめたまま、キラリンが首を傾げた。


「なにかプログラミングされてるんじゃないかな。マリリン博士の研究所と同じ気配を感じるもの」

「プログラミング?」

「うん。これ、母親がキングーさんと父親に遺したんでしょ。ただの形見ってわけじゃなくて、なにか意味があっても不思議じゃない」


 おう。キラリン意外にも名推理か。


「そうよね」


 吉野さんは手を叩いた。


「たとえばふたりを守る結界の効果があるとか」

「あの山に登ったとき、モンスターが一切出なかった」


 タマが唸った。


「珠の効果だってのか」

「可能性はある」

「なるほど」


 あれなー。天使の亜人が棲んでいるせいで闇の存在たるモンスターが忌避しているんじゃないかとか、話し合った記憶がある。でも実は天使亜人の力でなく、肌身離さず持っていた、この珠の効果ということは、充分ありそうではある。


「キラリン、お前、気配感じたんだろ。珠の」

「うん」

「なんとか機能がわからないか。ほら……」


 キラリンの手に乗せてやった。


「うわ重い。……そしてきれい」


 顔の真ん前まで持ち上げた。そのままじっと珠を見つめる。


「なんだろ……これ。すごく温かな心が感じられる」

「そりゃ多分、母親の愛が籠められてるからな」

「それに力を感じる。なにかを示すような……」


 手をそっと閉じると、珠を握った。


「温かい……。あっ!」

「どうした」

「今、珠からなにかが出たよ、お兄ちゃん。なにか……信号みたいな奴」


 特になにも見えなかったがな。まあ電波的なサムシングなのかもしれないけどさ。


「あなた方は――」


 どこからともなく声が響いて、全員、飛び上がった。女性の声。方向はわからないってか、全方向から響いてきた感じよ。もしかしてテレパシー的に、脳に直接話しかけてきたのかも。


 と、俺の正面、靄からぼうっと進み出る形で、女性が現れた。見た感じ、人間と同じ。人間なら二十代くらいの外見だ。地味な、ゆったりした白い服を着ている。羽や輪っかなんかはない。


「あなた方は、どなたですか」


 今度はテレパシーとかじゃあない。はっきり、自分の口で話している。


「まず教えて下さい。ここは天国ですか」

「はい。そうです」


 女性は頷いた。


「天国って、もっと明るくて楽しいところかと思ってました。こんな……」


 寂しいところとは思わなかった――とは、言わなかった。


「そう思うのも不思議ではありません」


 俺に微笑みかけると、女性は続けた。


「外部から来た存在には、真の姿を隠すようになっているのです」


 なるほど。そういうことか。今は、たしかに天国のイメージと違いすぎる。


「あなたは興味深いですね」


 女性は、俺に目を向けた。


「不思議な力を感じます。あなたはきっと、いずれ天と関係する。その際にはここもあなた方の前に、本当の姿をあらわにするでしょう。……多分、神々も」

「あなたは天使ですか」

「はい」


 天使と名乗った女性は、微かな微笑みを浮かべながら、首を傾げた。


「ではこちらからも、再度問いましょう。あなた方は、どなたかと」

「俺達は、ただの冒険者です。とある人物に頼まれて、ここに来ました」

「キングーですね。珠の力を感じました」


 俺は、吉野さんと顔を見合わせた。


「そうです。あなたは、もしや……」

「わたくしは、キングーの母親。イシスと申します」

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