4-14 キングーの決意
「好きな人ができれば、それに合わせるように、キングーの体に変化が起きます」
キングーの母親、天使イシスは言い切った。
「無色透明の存在が、その人に染められて色づいていくのです。果実が熟するように」
「キングーは、ミノタウロスに殺されそうになった俺を、天使の力で救ってくれました」
「そのとき、キングーの愛が、はっきりと表面化したのでしょう。……なにか変化がありましたよね、きっと」
「言われてみれば……」
たしかにあのとき、キングーは急に女子化した。少なくとも胸は。ならあれは、そういうことだったのか。
そういやレナは以前、キングーの謎棒は小指くらいの大きさだと説明してくれた。風呂で覗き見て。だがその後かなり経って俺が温泉で確認したときは、爪の先くらいの大きさもなかった。あんときゃ「レナが小さいから大きく見えたんだろ」くらいに考えていたが、女性化に伴ってそっちにも形態上の変化があったってことか。もしかして。
「母上……」
キングーは消え入りそうな声だ。
「認めなさいキングー。あなたの幸せは、平さんと共にあると」
「その……」
母親の強い言葉に、キングーはうつむいた。雲に隠れる足元に視線を置いたまま、しばらく黙リ込む。……天国に風の渡る音だけが聞こえる静寂が続いた。
「以前の僕は、両親を失い、生きる意味を求めて放浪していました。他の人と違う長い人生、食事すら不要で、楽しみはない……。たったひとり、そんな暮らしをすることに苦しんでいた。……そこに、平さんが現れた。天啓のように……」
キングーは、顔を起こした。なにかを決意した表情で。
「……はい。母上。おっしゃるとおりです」
俺に視線を置いたまま、はっきり認めた。
そういや、その後もキングーの胸は成長を続けてきた。あれって、俺への気持ちがどんどん育ってきたってことか。なら今はもしかしたら、体が完全に女性化しているのかもしれない。少なくとも、あの混浴のとき以上に女性化が進んでいるのは確かだろう。
「でも、僕はどうやったら平さんを助けられるのでしょうか」
「強くなりましたね、キングー」
イシスの瞳が緩んだ。
「自分の幸せよりも平さんの危機を優先するなんて……」
手を伸ばすと、キングーの頭に置いた。優しく撫でてから手を引く。
「時間を操るのです。減速させなさい」
「時間を……」
「あなたにはそれができる。羽を拡げなさい」
「でも、どうやって」
困惑したように、キングーは眉を寄せている。
「僕、初めて羽を拡げたときだって無意識で。ただただ平さんを助けようと……」
「それです」
イシスは頷いた。
「助けようと、魂から願いなさい。今のあなたならもう、意識的に羽を拡げられるはずです」
「はい」
決意に満ちた表情だ。
「魂から願わないとだめですよ、キングー」
「わかりました」
首をこっくりする。
「ちょっと待ってくれイシス。時間を操るってことは、進みをゆっくりにして、俺の詠唱時間を稼ごうって話だろ」
「そうです」
「でも、俺の時間も遅くなる。意味ないじゃん」
優しい笑みを、イシスは浮かべた。
「対象をペレとその効果だけに絞るのです」
「そんなんできるのか」
「ええ。今のキングーならば」
「ペレの時間を奪い、その間に俺が接近して封印すればいいんだな。ペレの動き、そしてペレや熔岩の熱が伝わるのが遅くなるから、その間に詠唱しろってことか」
「そうです。時間を止めることはできませんが、極端に遅くさせることは可能です。ただ思いを込めるものなので、頻繁にできることではありません。……それに長くももたないでしょうが」
「ここ一番の勝負所しか使えないってわけか」
イシスは黙ったままだ。つまりそういうことなんだろう。
そもそもキングーの感情に乗っかる手法だけに、俺が命令して自由自在に出せるってもんでもなさそうだしな。変な話、喧嘩してたりなにか悲しみで満ちていたら発動もできないだろうし。
「平さん。僕頑張ります。……平さんのためなら」
決意を込めた表情で、キングーは俺の手を取った。柔らかな指で、ぎゅっと握ってくる。キングーからスキンシップを求めてくるとか、珍しいな。自分の気持ちを母親に明らかにされて、なにか吹っ切れたのかもしれない。
「ありがとうキングー」
キングーの手を、俺は握り返した。
「あっ……」
驚いたように、キングーが手を引っ込めた。
「すみません僕。……つい夢中で」
「いいんだよキングー。いつもありがとうな」
「平さん……」
俺を見つめる瞳が潤んできた。
「仲が良くてなによりです」
首を傾げると、イシスの姿が薄れ始めた。
「この子のことを頼みますよ、平……」
「はい。任せて下さい」
「キングー……。あなたの幸せを――」
輪郭だけ残っていた姿が、完全に消えた。
「――祈っています」
言葉だけが残った。
「母上……」
イシスの消えた空間を、キングーはずっと見つめている。金色の粉が天から降ってくると、地上に戻る道を形作る。
「戻ろうか、キングー」
「はい」
歩き始めた俺に、駆け寄ってきた。そのまま俺の腕を胸に抱く。
「今だけ……こうさせて下さい」
黙ったまま、俺はキングーのしたいようにさせてやった。パーティーの仲間じゃあないだけに、いろいろ我慢してきたことも多いのだろう。別に構わないさ。俺達は戦友だし。それに胸を感じて気持ちいいしな。
「ああ」
キングーと俺は、歩調を合わせて進み始めた。
「みんなが待ってるさ。今晩も楽しい晩飯だ」
「はい。僕も……今日はいろいろ食べてみたいです」
いろいろ不安定要素は多そうだが、とりあえずクエスト突破の可能性が見えただけでも助かる。この情報を元に戦闘の手順を組み立てればいい。幸いこの戦闘は、こっちの都合で始められる。こっちが初手を打つまでは、相手は動けもしないからな。つまり事前にじっくり準備を進められるってことさ。
俺は気持ちを引き締めた。いよいよ女神ペレ戦だ。なんとしても成功させ、ダークエルフの誤解を解いて、延寿の秘法を授けてもらわないと。
腕にキングーの体温を感じる。温かな。みんなと一緒なら、ペレの再封印くらい楽勝さ。きっと。
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