5 女神ペレ再封印戦
5-1 ダークエルフの魔道士ケルクスを呼び出す
「あたしになんの用だ」
異世界の午後。ここは例の女神ペレの脇。俺に呼び出されたダークエルフ、ケルクスは警戒していた。まあそりゃそうだろ。呼び出しに応じて来てみたら、いるのは俺ひとり。ハイエルフの戦士どころか、俺のパーティーも全員いないからな。
「お前とちゃんと話したくてな」
女神ペレ戦の大まかな戦略は立てた。戦闘のポイントは魔道士、つまりケルクスの活躍に掛かっている。だがダークエルフはハイエルフに遺恨を持ち、感情的なしこりがある。それを事前に解消しておかなくてはならない。
なんせ相手は神だ。一糸乱れぬ統率がないと、再封印は難しいだろう。特に今回、熔岩の熱がある。少しでも足並みが乱れたら、俺は丸焦げだ。
「話などいらんだろう。あたしは戦士。ただ戦って死ぬだけだ」
「まあ座れ」
ペレ同様、海を見る形で腰を下ろした。ふたり至近距離で睨み合っていては、心を通じるもへったくれもない。
渋々といった様子で俺に並んだ。こっちを見もせず、外洋を渡る強風に白立つ荒波を眺めている。湿気った海風が、ケルクスの長髪をなびかせた。
どこか懐かしい、海の香りがする。
「俺は平ひとし。異世界から来て、この世界を回っている」
ケルクスは興味がないようだ。頷きもしなかったが、勝手に続ける。
「いろいろ経緯があるが、今の俺の目標は、自分の寿命を回復することだ。なんせこの世界を守るために、寿命を五十年も捧げたからな、この魔剣に」
ハイエルフにもダークエルフにも話していない秘密を、俺は打ち明けた。操り人形のケルクスがダークエルフのブラスファロン国王に秘密をバラす危険性はある。そうなりゃ、国王はこの短剣を奪おうとするかも。
だがしっかり本音を打ち明けることでしか、戦う仲間の心は通じ合わない。それはこれまでの経験からわかっている。だからそっちの可能性に、俺はチップを置いたんだ。
バスカヴィル家の魔剣を抜くと、ケルクスの腿の上に置いてやる。ケルクスはダークエルフ男女共用の深緑のシャツに、ショートパンツ姿だ。
「この剣なら、お前が王の前で見せたではないか」
「本当のことは言わなかったろ。今、お前だけに打ち明けた。パーティーの奴くらいしか知らない、俺の秘密だ。……なっ、いいから触ってみろよ」
「ふん……」
鼻を鳴らしてはみたものの、剣を取り上げた。
「これは……」
興味深げに、刀筋などを眺めている。
そりゃあな。ショートパンツから覗く肌の部分に置いてやったから、魔剣の力を嫌でも強く感じただろう。魔道士だから、興味を持たないはずはない。最初に見せたときは王の前だったからな。いくら興味があっても、手など出せるはずはない。
ここだって、敵対するハイエルフなんかがいたら、駄目だろう。だから今回は、パーティー仲間も全員外した。今日は各人、自由時間。吉野さんは経営企画室で事務仕事の最中だし、トリムやタマなんかはマンションでケーキパーティーしているはずだ。
「凄い力を感じる。呪力だ。……たしかに、この世のものとは思えない」
「この剣には、異世界の謎の存在が封じ込められている。そのパワーを最大限使うために、俺の命の力が必要だったんだ」
「……そうか」
俺の腿の上に剣を置いた。
「この剣なら、そういうことがあっても不思議ではない」
「俺は命をなんとしても取り戻したい。単純にもっと生きたいし、一緒に暮らす仲間を悲しませないためにも、寿命を回復しないとならない」
ケルクスは、黙って海を見つめている。
「だから頼む。女神ペレ戦では、ハイエルフ連中との遺恨をひととき忘れ、協力して事に当たってくれ」
「前言ったろ。お前が指揮官となり公平に命じてくれるなら、あたしにはなんの不満もない」
「それを聞いて安心した」
どうしようか迷ったが、思い切って手を取ってみた。
「……放せ」
口にしたものの、特に振り払ったりはしない。ケルクス、触ると切れそうなくらい刺々しいが、手は柔らかいな。やはり女子だわ。
「それにケルクス、ブラスファロン国王になにを吹き込まれたのか知らんが、それも忘れろ」
今回ふたりっきりで会ったのは、特にここを解決したかったからだ。ケルクスにとってブラスファロンは族長。その秘命に触れるなら、他に人がいてはまずい。
黙ったまま、ケルクスは俺の手を振り払った。
「平お前、なにか勘違いしているな」
ようやく俺を見つめた。冷ややかに。
「自分を抑えてお前に協力しろと、王はあのとき、そう耳打ちしたのだ」
「そりゃ嘘だな」
なるだけ軽く言ってみたが、ケルクスに睨まれた。
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