4-13 天使亜人キングーの謎

「なんなんだろうな、一体」


 傍らに立つキングーに、俺は問いかけた。


「僕にもわかりません」


 首を振っている。


「ただ母は、僕と平さんだけ、天界に来るようにと……」


 俺は周囲を見回した。相変わらず、立ち込める雲だか霧だかで周囲は見通せない。


「ここうら寂しいから、悪いけどあんまり来たくないんだよ」

「すみません……」


 キラリンの力でふたりだけ送ってもらったわけだが、寂しいんでやっぱいつものパーティー全員で来たかったよ。トリムのくだらない軽口が、今はやたらと恋しいわ。


「いずれ平、あなたにもこの天界の力がわかるでしょう」


 どこからともなく声が聞こえてくると、目の前に天使イシス、つまりキングーの母親が立っていた。いつものたおやかでドレーピーな、真珠色の服を着て。


「平、しばらく見ないうちにたくましくなりましたね」


 微笑んでいる。


「ハゲたんで、仕方ないっしょ」


 ミノタウロスの吊り天井で頭かち割ったからなー。あの傷跡、結局髪が生えなくてハゲになったし。


「いえ、全体の雰囲気のことですよ」

「ですかね」


 まあ、あちこちで死にかかったり冥王に脅されたりしてきたからなー。随分ふてぶてしくなったとは思うわ。


「ええ。以前は無邪気な子供のようでしたのに」

「そうすか」


 俺、ガキに見えてたんかwww さすが天使だな。


「それにキングー」


 キングーに瞳を移した。


「すっかりかわいらしくなって……」

「す、すみません……」


 なぜか謝ると腕を寄せて、キングーは胸を隠した。


「恥ずかしいです、母上」

「いいのですよ。あなたが満ち足りた人生を歩んでいる証拠です」

「は、はい……。僕も……そう……思います」


 恥じらいながらも、キングーはそう言い切った。


「ところで平、女神ペレの再封印に課題があるとか」

「困ってましてねー」


 ペルセポネーの珠での再封印の際、どうやって施術時間を稼ぐか。そこのところがネックになっていて、作戦にゴーが出せてない。時間が稼げないと、俺はペレと熔岩の高熱で丸焦げになってしまう。


 マハーラー王やヴェーダ図書館長、跳ね鯉村、亜人村ライカン。それにドワーフ連中やそれこそ冥王ハーデスやペルセポネーに至るまで、これまで知り合った連中に聞き回ったが、これといった打開策は得られていない。


 イシスの珠を通じてキングーにも聞いてもらったが、その返事が「ふたりだけで来い」だったわけよ。


 俺が説明すると、イシスは頷いた。


「キングーの力をお借りなさい」

「キングーの? キングーお前、なんか必殺技とかあるんか」

「いえ僕は……なんにも……」


 突然振られて、戸惑ってるな。


「キングーは天使の力を持っています。わたくしの子供ですからね」

「でしょうね」


 ミノタウロスを倒したとき、キングーは天使の羽を拡げて俺の危機を救ってくれた。あれ、どう見ても天使の力だもんなー。


「ただ、天使ではなく人間との間に生まれた亜人だけに、普段は隠されています」


 本人も、あのときどうやって発動したのかわからなかったしな。


「キングーが力を発揮できるのは、愛する人を守るときだけです」

「……母上」


 キングーの頬は、見る見る赤くなった。


「天使の亜人は、言ってみれば無色透明。だからこそ、男でも女でもない、特別の存在なのです」

「……」


 俺は黙っていた。そういうこともあるのだろう。実際、たしかに両性具有だし。それは初見でタマが嗅ぎ分けたし、俺も温泉で見せてもらって確認済みだ。


「好きな人ができれば、それに合わせるように、キングーの体に変化が起きます。無色透明の存在が、その人に染められて色づいていくのです。果実が熟するように」

「キングーは、ミノタウロスに殺されそうになった俺を、天使の力で救ってくれました」

「そのとき、キングーの愛が、はっきりと表面化したのでしょう。……なにか変化がありましたよね、きっと」

「言われてみれば……」


 たしかにあのとき、キングーは急に女子化した。少なくとも胸は。ならあれは、そういうことだったのか。


 そういやレナは以前、キングーの謎棒は小指くらいの大きさだと説明してくれた。風呂で覗き見て。だがその後かなり経って俺が温泉で確認したときは、爪の先くらいの大きさもなかった。あんときゃ「レナが小さいから大きく見えたんだろ」くらいに考えていたが、女性化に伴ってそっちにも形態上の変化があったってことか。もしかして。


「母上……」


 キングーは消え入りそうな声だ。


「認めなさいキングー。あなたの幸せは、平さんと共にあると」


 母親の強い言葉に、キングーはうつむいた。


「以前の僕は、両親を失い、生きる意味を求めて放浪していました。他の人と違う長い人生、食事すら不要で、楽しみはない……。たったひとり、そんな暮らしをすることに苦しんでいた。……そこに、平さんが現れた。天啓のように……」


 キングーは、顔を起こした。なにかを決意した表情で。

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