4-12 川岸を叩き出す。海の彼方にまで。
「本当に、八人全員、誰も動いてくれなかったのか。労務担当役員までいるってのに」
まあそこにチクって動かしたのは俺だがな。
「ああ。あの八人はクズばかりだ。一緒にIリサーチに乗り込んだときは、俺のことをちやほやしてたってのに」
怒り心頭といった表情。
どういうことだ。八人のうち誰かが陰謀の黒幕だと思っていたが、川岸の言い方を見るに、想定が揺らぐ。こいつ馬鹿だから、迫真の演技はできそうにないし。となると……誰かが別の場所で糸を引いているのか。
「他に誰か口添えしてくれないのか。誰か……社内への影響力を持ってる役員とか」
探り針を打ってみた。川岸の表情が、一瞬、引きつった。
これは……。
「……」
川岸はなにも言わない。
「川岸お前、CFOの石元に目をかけられてるって、前言ってたろ。石元に頼んだらどうなんだ」
「頼んでも無駄だろ。人事に力があるわけじゃなし」
「まあな……」
たしかに。財務のスペシャリストだから、各事業部には影響力でかいだろうが、人事はバックオフィス部門だからな。……それにしても川岸、仲いいって言ってたのは願望と見栄半分か。川岸の言葉を信じるなら、相談してもないようだし。てことは、石元の黒幕疑惑がまた薄れることになる。
「他にはどうなんだ。お前の味方になってくれる奴」
「……」
なにも答えない。
わからん。他に誰かいて、やばい口止めされているのか。それともやはり八人の役員の誰かが黒幕で、川岸となにか握ったのか。もっとはっきり聞いてやろう。どうせこいつとはこれっきりだろうし。
「川岸お前、誰か社内実力者の飼い犬だったろ」
「なんの話だ」
眉を寄せ首を捻ってみせたが、瞳は泳いでいる。踏み込んでみるか。
「しらばっくれなくていい。もうバレてる話だ。お前、スパイだろ」
「別にそん――」
「本来三木本Iリサーチ社で直属の上司になる社長の動向と弱点を探る予定だったはず。役員が八人も乗り込んできて間に入ったから社長スパイは失敗しただろ。でも異世界での俺の行動を監視し、親玉にチクったじゃないか」
「は?」
「俺のダイヤのことを、跳ね鯉村で聞きつけて、黒幕に報告しただろ」
「なんだお前、ダイヤってなんのことだ」
往生際が悪いな。よし……。
「まあ聞けよ、川岸」
テーブルに体を乗り出して、俺は声を潜めた。
「お前が知ったように、俺はダイヤを手に入れた。それ、お前に譲ってもいい」
「ダイヤを……」
おう食いついてきたな。瞳がぎらぎら輝いてやがる。安っぽい欲望全開にするやつだな。
「ああそうだ。俺が手に入れたダイヤは、何粒かある。お前にひとつやろう」
「たったひとつかよ」
露骨にがっかりした表情だ。
「一番いい石をやる。俺の石はどれも数十万円の小粒ばかり。数粒だけだがひとつ、立派な原石がある。大きさ三カラット。宝石商で売れば三百万にはなる」
「さ、三百万」
本当の事を話したら、どえらいことになるからな。数兆円になるとか。俺が儲けたのは小銭だけってことにしとかんと。
「マハーラー国王の産地証明付きだから法律上も問題ない。すぐ売れる」
「そ、そうか……」
「だからお前の黒幕を教えろ」
「それは……」
斜め上を見て、黙った。なにか考えている様子だ。
「本当にダイヤくれるんだろうな」
「ああ。明日渡してやる」
「そうか。なら……」
また黙った。顔が強張っている。損得を考えてるんだろう。
「ダ、ダイヤをくれるなら教える」
なにか決断した瞳だ。
「やる。約束する」
「なら教えるが、そんな奴、ひとりもいない」
「はあ?」
川岸は真面目な顔だ。少なくとも、真面目な顔をしようとはしている。
「黒幕なんていない。お前の勘違いだ」
「川岸……」
俺は安オフィスチェアーに背をもたせかけた。背もたれが軋んで音を立てる。
「嘘つくな」
「本当だ」
川岸は首を振った。
「話したんだから、ダイヤはもらうぞ」
「アホか。なんの情報もなしでやるわけないだろ」
「情報は与えたじゃないか。黒幕なんて誤解だと」
くそっ。失敗したか。これ、よっぽどなにかヤバい線、黒幕に掴まれてるんだな。金玉ガン握りされてるじゃんよ。黒幕からは「かばえなくなった」くらい言われて放出されるんだろうが、実質、捨てられたわけだ。それでも黒幕を裏切れないんだからな。
「もし三千万払うと言ったら教えるか」
「平、お前にそんな金あるわけないだろ」
「俺にはないが、社長にはある。出させるさ」
「ふん……」
川岸も体を引いた。苦笑いしている。さすがに嘘だと思われたようだ。
「適当なことを言うな。いくら平が社長の腰巾着とはいえ、そんな大金引き出せるもんか」
駄目か……。
心の中で、俺は溜息をついた。なら別の線でも攻めておくか。
「まあいいわ。話す気になったら、いずれ教えてくれ。三千万はこの場限りだったが、後日でもいくらか礼はする」
「だからそれは――」
「もういいって」
強引に話を終わらせた。ループしててもしゃあない。
「それで川岸、お前の後釜は誰になるんだよ。山本か」
「知らん。誰かが来るらしい」
吐き捨てる。
おお。じゃあ栗原が来る可能性高そうだな。俺の狙いどおりに。
「そうか……」
いずれにしろ、もうこいつから聞き出せることはなにもなさそうだ。あとは逆恨みされないように動くだけだな。
俺は、殊勝な顔を作ってみせた。
「まあ俺とお前は没交渉とはいえ、同じ異世界事業に尽くした仲だ。また戻れるよう、口を利いてやってもいいが……」
「マジか。さすが、俺の事実上の部下だけあるな」
ぱあっと顔が明るくなったな。
頭が痛くなってきた。こいつどこまで頭湧いてるんだ。
「機会を見てな。今すぐは無理だ。異動直後に戻せって騒いでも意味ない。なっ」
「それは……たしかにそうだ」
「お前を戻せと一度騒げば、二度と同じネタは使えないからな。いつ騒ぐかは慎重に決めたほうがいい」
「なるほど」
「お前がいなくなれば、三木本Iリサーチ社の異世界事業が滞るのは明白だ。そうだろ」
「もちろんだ。三木本の異世界事業は俺が仕切ってたも同然だからな」
胸を張って、鼻息を荒くしている。改めて今気がついたが、今日はネクタイしてないな。ご自慢のイタリア製を。俺に引っ張られて首を締められるから、外してきたんだろう。笑うわ。
「だから事業が滞った頃、社長や役員に口添えしてやるよ。川岸課長を戻せばいいんじゃないですかね、と」
「いいな」
川岸の顔に希望の光が灯った。
「俺が消えればたしかに、異世界事業の失敗は見えてるからな」
「そうそう」
心の中で苦笑いしながら、俺は頷いた。
「だからお前は、異動先でしっかり活躍しておけ。さっきも言ったが、海外出向は商社の出世コースだからな」
「しかし活躍しすぎたら、そこが最適ってことになって、現地が俺を放してくれないだろ」
「そんなことはない。日本と環境の違う場所で活躍できるってことこそ、異世界に最適って意味になるじゃないか」
「それもそうか」
「だからそこで不評を買うなよ。逆に、こいつは異世界で使い物にならないって誤解されたら困るからな」
「たしかに」
川岸は立ち上がった。
「たしかにそれはそうだ」
「まず現地の言語を覚えておけ。長くいることになるかも知れないから」
「それはない。俺はすぐ異世界に戻るから」
「そうだな。でも別環境でも有能と証明するには、言葉は大事だ」
川岸の背中に手を添えると、動くように俺はそっと促した。
「ナイジェリアは英語かな、平」
「多分そうだな」
知らんけど。でもたしか元々イギリスの植民地だ。英語覚えときゃ間違いないだろう。
「なら語学のパーソナルトレーナーを探すか。美人がいいな」
「その意気だ」
「あっでも、俺に惚れられても困るか。あと半月かそこらで異動になるし。……ああ遠距離で恋愛すればいいか。メッセンジャー使えるし。……でも現地人の美少女に惚れられたらどうすれば」
どんどん妄想暴発してるな。
「平気平気」
ドアを開けて廊下に出す。
「イスラムは一夫多妻OKの国もあるから」
ナイジェリアがイスラム国家かどうかは知らんが。それに一夫多妻が文化的法律的に許容されているかも。サハラ以南はイスラム教が強いと聞いてはいるが、まあイギリスに支配されてたんだ。キリスト教も入り込んでいるとは思う。
「そうか。そりゃいい。何人でも囲えるんだな。なんせ俺はこの三木本の将来を背負って立――」
――バタン――。
俺を振り返りながら浮かれてぺらぺらしゃべり続ける川岸をそっと押すと、俺はドアを閉じた。
しばらくドアの前に立っていたが、戻ってくる様子はない。いそいそと語学トレーナーでも探しに行ったんだろう。
「そうか……。黒幕もついに川岸を切ったか」
口に出すと、俺は机に戻った。
「でも黒幕が狙っているのは社長追い落としのための情報収集だ」
そのために川岸を異世界事業に送り込んだんだろうし。実際、ダイヤという俺の弱みを握って、俺を外すべく動いたしな。
「となると黒幕はどうする」
三木本Iリサーチに残る山本を手駒として取り込むか、あるいは俺や吉野さんにちょっかいかけてくるか。はたまたまったく別ルートを開拓するのか。
机を開けると、俺はエロ妄想満載のベッド図を全部捨てた。
エロ妄想の続きをしたかったが、それどころじゃない。黒幕の動向分析と女神ペレ戦の戦略構築に、全力を注がないと。エロはなんなら今晩また吉野さんにお願いすればいいや。妄想より実践さ。複数プレイはともかく、一対一のイチャラブなら多分だが拒否はされないだろう。もう同棲も同然の恋人同士だからな。
それに俺とするの、吉野さんも好きみたいだし。晩飯のときとかにそれとなく耳打ちしたりテーブルの下で手を握ったりしてベッドの意思を伝えると、恥ずかしそうに微笑んで頷いてくれるから。
――ピロリンッ――
また入ったマリリン博士のメッセージを、俺はもちろん読まずに捨てた。
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