2-5 ファーストコンタクト
「平くん……」
女神ペレ号。
「あれもしかしたら、もうひとつの大陸よね」
はるか彼方の水平線を指差す。船周辺はピーカン天気だが、進行方向の水平線間近には、雨雲と思しき濃い雲がどんより垂れている。雲と海の境に、先程から濃いめのなにかが見え隠れし始めていた。
「微妙なところですねー。雲から雨が降ってても、そこだけ濃くなるし」
俺はタマを呼び寄せた。
「タマ、あれ目的の陸地か」
「平ボス……」
瞳を細め、タマは海と空の境を見つめた。強い陽射しに、猫目がきゅっと細くなる。
「……」
それから顔を上げ、目を閉じて風の匂いを嗅ぎ始めた。
こういうとき、獣人タマは頼りになる。五感の鋭さは、俺のチームでダントツだ。
「……平ボス」
「どうだった」
「向こうから吹いてくる風に、微かだが土の匂いが混ざっている。おそらく、陸地なのは確定だろう」
「婿殿」
ケルクスが俺達に並んだ。
「あの濃い筋は、見え隠れしながら長く続いている。おそらく大陸で間違いない」
「となると、手前の少しだけ濃いめのところは、大陸の近くにある島だな、おそらく」
「ああ。この距離であれだけ見えているのだから、大きな島だろう」
「でもパンケーキ並に平たい。山がないのね」
「多分ですが、サンゴ礁が古代に隆起した石灰質の島でしょう」
「ということは、気候は亜熱帯か熱帯ね」
「少なくとも島が形成された設定の古代はな。何億年も前の設定だ。……今はどうだかわからん」
この世界を作ったのはゴータマ・シッタールダ。つまり紀元前六世紀とかの話だ。地質学上の年代は、あくまでゴータマが「そういう設定で」世界創造したときの話だ。
「いずれにしろ、いよいよ目的地ですね」
「そうだなキングー」
「この距離だと、あの島まで半日といったところだろう」
「今日中に着くかどうかですね」
「ああエリーナ。おそらく夕方には島を過ぎるだろう」
全員、集まってきてわいわい言い立てる。
「敵対されると厄介よね。一応、距離を取って進みましょう」
「ふみえボスの言うとおりだな」
航行を始めてから二週間あまり。クラーケンロードを倒してからは、あれほどの強敵は出てこなかった。せいぜい雑魚戦があった程度。
だがまあ荒天にはまいった。土砂降りで風も強く、大きな波が押し寄せてくるし。どんな波でもほとんど揺れない女神船とはいっても、波が上下動すれば物理的に船は上下する。延々、エレベーターで上り下りしてるようなもんさ。いくら酔い止めを飲んでいるとはいえ、気分が悪くなる仲間も出てくるし。
といっても、俺達は無理に進む必要ないからな。だって瞬時に現実世界に帰還できるわけで。女神船はほっておいても沈没なんかしないし。
なので荒れた日は一瞬だけ船に飛んで様子見だけして、とっとと逃げ帰って現実世界で事務仕事したり役員連中と接触したりしていた。
結局船での航海を再開したのは三日後、すっかりピーカンに戻ってからだし。
それやこれやで日数こそ予定よりかかったが、結果オーライ。こうして大陸が見えてきたからな。
だが……。
「平ボス」
デッキチェアに腰掛け、吉野さんやレナとランチにしていた俺を、タマが呼びに来た。
「お客さんだ」
「客?」
「ああ、船が近づいてきている」
俺は吉野さんと顔を見合わせた。
「今行く」
念のため、全員に戦闘準備の号令を下しておいた。タマとケルクスがなにかひそひそ話し合っている舷側へと走る。
「どこだ」
「婿殿……」
ケルクスが指差す先。もうほんとに遠くの海面にぽつんと、白い玉のようなものが見えている。
「あれが船か? 岩場にしか見えないけど」
「ご主人様、ボクにも岩に見えるよ。……岩礁っしょ」
「レナちゃんに賛成ね。白いのは、波が当たって砕けてるように見えるし」
「ふみえボス、白いのは帆だ」
「帆?」
吉野さんは瞳を細めた。
「ダメね。わからない。私そもそも近眼だし。いくら眼鏡を掛けているといってもね」
「ヒューマンにはまだわからないだろう。だがケルクスやあたしならはっきり、船だとわかる」
「大きな帆船だが、多数の
「だから進みは速い。遠くに見えるが、あと一刻と経たずに接触してくるだろう」
「船だとしてよ、ただの漁船とかじゃないのか」
そのほうが蓋然性があるからな。海で出会う船ならまずは漁船だろ。数が圧倒的に多いし。次に荷運び船。そもそも大陸間航路は途絶えている。無闇に大洋に出る船はないはずだ。
「ご主人様、ボクもそう思う。お魚、おいしいからねー」
「俺達の船を目指していると思うか、タマ」
「断言はできない、ボス。だが先程から進みを観察しているが、おそらくこちらを目指している」
「となると、海賊かもしれんな」
「海賊……。向こうの大陸のよね」
「ええ吉野さん、大陸側から近づいてきているし、まず間違いない」
「どうする、平くん」
きゅっと、手を握ってきた。
「攻撃を仕掛けてきたら、倒しましょう」
「キラリンちゃんの力で現実に逃げたら」
「それでもいいけど、無人になった船が拿捕される」
「そうか……そうよね」
「その場合は戦うしかないな、婿殿」
バンシーのエリーナを呼び寄せて、ケルクスは接敵手順を確認し始めた。まずバンシースクリーム。敵の初手さえ無力化できれば、あとはどうとでもなる。
「よし」
俺は決断した。
「フロントに立つのは、俺とタマ、ケルクスとレナだ。その背後にエリーナとサタン、キラリン。とにかく女、それもまだ子供同然のサタンやキラリンが交ざっていると相手に見せておきたい。向こうに悪意が無ければそれで緊張も和らぐだろうし、もし敵だとしたら油断する」
「いい戦略ですね、平さん」
キングーは感心しきりだ。
「ふん。あたしが魔王とも知らず油断するとか、馬鹿な敵じゃのう……」
ふっふっふっと、サタンは胸を張った。いやー、言っても中学生だからなー見た目。
「敵と決まったわけじゃない。いいか全員、早まるなよ。俺の命令を待て」
「わかっておるわい、甥っ子、契約者甲よ」
「いちばん避けたいのは、偶発的戦闘だ。敵意のない原住民と事を起こすと、後が面倒だからな」
「そうよね平くん。そもそもトリムちゃん復活の情報を探すためにこの大陸を目指してるんだしね。住民の人の協力が、絶対必要だもの」
「そういうことです、吉野さん」
「全員、武器はあまり見せるな。友好的に微笑んでおけよ」
「わかった」
「お兄ちゃん」
「ええ」
全員、頷いてくれた。
●
「さて……どう来るか……」
それから小一時間、タマの予言どおり、船はまっすぐ俺達に近づいてきた。
もう全貌が見える。曲がった竜骨を持つ船で、サイズはこちらと同じくらい。船体は黄色に塗られた木製だと思う。魚の鱗のような模様を彫り込んでいるか、塗り分けられている。
両舷側に五つずつ穴が開けられていて、そこから突き出されたオールが、海中をかいていた。江戸時代の帆船のように一本マストの白い帆が張られているが、近づくにつれて帆は畳まれた。
甲板の上に十人程度が突っ立って、こちらを睨んでいる。男と女が半々程度。女は弓で武装していて、腰に剣を下げている。だが、仰々しい防具は身に着けていない。海賊船かどうか、判断に迷うところだ。
「あんたら」
甲板に並ぶうち、いちばん年嵩の男が声を上げた。白髪。おそらくリーダーだろう。
「あんたら、見かけん船だな。……石造りとか、見たこともないわい」
とりあえず問答無用で襲ってくる感じはない。弓を持つ奴は、矢をつがえるでもなく、弓を下げているし。
「それよりあんたらはどうだ。あの――」
攻撃に取られないよう、わざとゆっくり手を上げてみせた。大陸を指差す。
「あの島とか大陸から来たのか」
「そうじゃ。見慣れん船がおると、灯台守の獣人が騒いだでのう」
「俺達は、もうひとつの大陸から来た」
「なんとっ!」
相手の船内がざわついた。
「なんと百年ぶりではないか」
「おい、男」
リーダーの前に、若い男が進み出た。
「もう、海のモンスターは消えたのか。交易できるってのか」
「いや。大洋にはヤバい奴がいた。簡単には渡れんだろう」
「ふむ……」
腕を組んで、リーダーはしばらく黙っていた。油断なく、俺や仲間の風体格好武器防具などを見つめている。
「わしはヴァン。そこの
「俺は平。向こうの大陸の冒険者。連れているのは全員、俺の嫁だ」
「嫁だと!?」
「十人近くおるではないか」
ざわついている。
あえて嫁だと言ったのは、仲間を守るためだ。どうやらこいつらは、とりあえずの敵意はなさそうだ。だが、どこまで信用していいかわからない。なら全員、俺の家族だとしておけば、なにかあれば俺が全力で守るとわかったはず。相手も余計な茶々は入れられなくなるだろう。全面対決する気ならともかく……。
「なら平とやら、島に来い」
ヴァンは、顎で島を示した。
「代々、大陸の
「どうする、平くん……」
吉野さんに見つめられた。
「ご主人様……」
胸から俺を見上げて、レナも不安げだ。
「よし、行こう」
俺は心を決めた。
なんとしてもトリムを救わないとならない。ならリスクを取らないでどうする。俺は突き進む。新たなる大陸での冒険へと。
●業務連絡
新作「パパ活モブの下剋上」、第一部完結しました!
本作同様、底辺社畜の転生物語ですが、転生後即、追放。
ひょんなことから将来勇者に育つ孤児ふたりの「パパ」となって難関ダンジョンに挑み、成り上がって無事ザマァする痛快長編。
現在、カクヨムコンテスト参戦中ですが、2/7の読者選考終了まであとわずか1日というのに、総合百位以下と苦戦中。あと一息です。
ご一読の上、ぜひフォローと星評価をお願いしますー ><(涙目)ペコペコ
「パパ活」モブの下剋上 ――ゲーム世界転生直後に追放され、異世界でも最底辺に転落した俺。勇者に成長する孤児を拾うと、美少女ママがもれなく付いてきた。王女や聖女にも頼られ神速で成り上がり、ざまぁ満喫する
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