2-6 魔の海

「なるほど。あんたらは復活の魔法を求めて来たんじゃな。はるばる向こうの大陸から」


 島の大居酒屋。海竜島の長という白髪のおっさんヴァンは、俺達の話に頷いた。


「そういうことだ」


 俺の脇には吉野さんとキラリン。ここまでの雰囲気からして大丈夫とは思うが、万一のときには瞬時に転送するよう、キラリンに命じてある。


「百年ぶりの稀人まれびとか……」


 ヴァンの隣、ムキムキの中年姉御が唸った。軽防具に剣を下げた戦士の出で立ちで、防人さきもりの頭領という話だった。なんでもこの島では代々、男は船人、女は戦士になるらしい。


「これは吉兆きっちょうじゃのう」


 その言葉に、取り巻く数十人がどよめいた。


「いずれ、向こうの大陸との交易が復活する兆しやもしれん」

「おうよ」


 皆、それぞれに頷いている。


 船が少なく寂れてはいるが大きな桟橋まで先導されると、港近くのこの居酒屋に、俺達は案内された。


 海竜島は、遠くに見て感じたより、はるかに大きな島だった。島内に普通にいくつも大きな集落があるそうで、ヴァンはそうした集落長の間を調整し、大陸本土と様々な折衝や交渉を行う窓口となっているという。


 それだけの規模の島だからなのか、居酒屋といっても、どえらく広い。香港の巨大点心屋くらいの規模感。体育館ほどの平屋で、数百席はある。ただしほとんどのテーブルでは椅子が片付けられており、稼働しているのはわずかなようだった。まだ昼のせいかもしれないが、客は俺達だけだし。


 各集落の主だった役職連中と俺達は、会議に使う規模の大テーブルに陣取っている。周囲の丸テーブルいくつかには、野次馬が集まりつつあった。


「それでどうなんだ。その魔法、術式を起動できる魔道士は、どこに居るんだ」


 トリム復活には、大量のマナと特別な魔法が必要。その魔法は、この大陸にはまだ残っているはずだ。図書館長ヴェーダの話ではな。


「知っていたら、教えていただけないでしょうか」


 吉野さんが、俺をフォローしてくれた。つい気が急いて、俺は言葉遣いが荒くなってたな。いかんいかん……。


「復活の魔法……。たしかに聞いたことがある。だがそれを使える魔道士には会えん。諦めろ」


 長老ヴァンは首を振った。


「なんでですか」

「その魔法を操れるのは、とある神殿で祈りを捧げる魔道士、ただひとりだけ」

「昔はその一族なら誰でも使えたらしいが、もうその魔道士しか残っておらん」

「しかももう、何十年も誰も会っておらん。死んでおるかも……」

「会えないんですか。その……修行とかで」

「いいや」


 戦士の女性が否定した。


「魔の海のせいだ」

「魔の海……」

「その一族は、船でしか行けん、辺鄙へんぴな海辺に住んでおってのう。修行のために」

「周囲は険しい山なので、陸路がないのじゃ」

「そこに行くための海路が、魔の海で塞がれたのだ」


 話はこうだった。


 百年ほど前から、大陸南東へと向かう航路の一部に、大量の海藻が生い茂り始めた。深海から伸びる巨大な海藻が、海面を覆うほどにも。魔道士の一族は、その航路の奥の入江に住んでいた。


 海運に重要な海路だったので、商船は皆、かつてはその航路を取っていた。だが海藻に絡まれ遭難する船が増えたので皆、より沖合を通るようになった。だが、そのあたりの海域は潮も風も複雑で、結局「魔の海」に引き寄せられてしまい、難破船が続出した。


 しかも助けに行くことができない。近づけば二次遭難するのが明白だから。こうしてその海域には様々な年代、様々な規模の難破船が漂い、いつしか「魔の海」と呼ばれるようになった。


「もっと沖を通ればいいですよね。絶対そんなとこに吹き寄せられないくらい沖合を」

「昔ならできたじゃろう、平殿。だがさらに沖合となれば、そこはもう大洋。凶悪なモンスターが出るので、通れはせん」

「大陸間交易ができなくなったのと、同じことよ」

「なるほど……」

「この大陸での商船も、そのため南岸を抜けての航海ができない。東西間で荷を運ぶとなると、はるばる大陸北岸に迂回しての海路しかない。莫大な経済的損失じゃ」

「その影響で、大陸南岸の我らが島の栄華は陰った。もはや……かつての賑わいが夢幻かのごとく寂れておる」

「船も寄港せんようになった。金も落ちん。若者は絶望し、島を出てゆくばかり」


 たしかに。この店だって、この規模でも全然人いないし。そこここに、手入れの及んでいない調度品や壁が見えている。


「いずれにしろ……」


 ヴァンは、溜息を漏らした。


「そんなわけで今では、その魔道士が生きているかどうかすらもわからんのだ」

「平殿。大洋を渡ってきたお主の船なら、魔の海に勝てるかもしれん。どうだ、この世界のため、そしてお主の願いを叶えるため、魔の海を開拓してもらえんじゃろうか」

「謎の海藻を一掃し、大陸南岸の航路を復活させるのじゃ。そうすれば件の魔道士にも会える」

「魔の海の難破船には、大量の財宝が眠っておる。それは全部やろう」

「いいんですか」

「おうよ。我らの願いは海路復活、ただひとつ。過去の財宝など、どうでもいいことじゃ。我らは海の民ならばこそ、宝は海を渡って稼ぎたいのじゃ」

「頼む」


 居並ぶ島の重鎮達は、俺達に頭を下げた。


「頼む。別大陸から来た稀人よ。その力量でわしらを救ってくれ」



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