2-4 ピクシープリンセスの大冒険

「さて……」


 ほかほか湯気を立てるパスタの大皿を前に、俺はみんなを見回した。マンションの大ダイニングテーブルに陣取った俺のパーティーは、もう昼飯を始めている。白赤のワイン、シャンパン、黒ビール、それに日本酒だの焼酎だの、全員好みの酒を飲みながら。


 パスタをわいわい取り分けあったり、骨付きソーセージにかぶりついたりと、いつものように賑やかな昼飯だ。


「それでレナ、あれはどういうことなんだ」


 俺の真ん前で、レナはテーブルにあぐらを組んでいる。小さな口で、器用にパスタをもぐもぐしながら。


「あああれ……。もういいっしょ、ご主人様。命が助かったんだし」


 悪びれる様子もない。専用の超ちっこいカップで、シャンパンなど飲んでいる。


「いやそりゃ感謝してるさ。お前に助けられたんだし」


 なんせあの化け物に抱き取られて深海で溺れる寸前だったからな。


「だから怒ってるわけじゃない。……ただ、お前の正体が知りたいだけだわ」

「ずーっと隠してきたのに。あーあ……」


 はあーっと溜息をつくと、俺を見つめた。


「ボクはピクシープリンセス。妖精の国のお姫様。……かわいいっしょ」


 くねくねと、品を作ってみせる。


「茶化すな」

「へへーっ」


 やっと真面目な顔になった。


「……でも、お姫様って退屈でさあ。ある日ボク、女神様に祈ったんだ。どこか……自由な冒険に連れ出してくださいって」

「その気持ち、わからなくはないわね。……はい、レナちゃん」


 吉野さんが、レナの前に小皿を置いた。タパスの小品がいくつも載せられている。ちゃんとレナサイズに細断してある奴な。タコとかオリーブとか。


「私も子供の頃、厳格な家庭で息が詰まりそうだったもの」


 厳しい家庭だったらしいからな、吉野さんのとこ。こないだ会った父親は、頑固ジジイって印象じゃなかったけど、経営者らしくしっかりした男だった。なんせ自分の資産のマンションに吉野さん住まわせて、家賃取ってるからな。金銭教育の一環とかで。


「ありがとう吉野さん。ボク、このタコ好きだよ。潮っけがあって香りもいいし。歯応えも」


 口に放り込む。


「それでさ、夢に現れた女神様がボクに言ったんだよ。ちょうどもうすぐ、使い魔の召喚がある。使い魔で良ければ、連れ出してあげるって」

「ほう」

「それがご主人様だったんだ」

「その女神って奴も、俺に一目置いてたんだな。だからこそ信頼できる就職先として、紹介してくれたってわけだ」

「ただし条件があるって、女神様は言ったんだ」

「おう、いかにも小説やゲームのオープニングっぽい設定だな」

「召喚主は、童貞のエッチな男だって。絶対エッチな設定に惹かれて使い魔選定するから、サキュバスになれって」


 えっ……。信頼できる就職先で選ばれたわけじゃないんか……。恥。


「なんだそりゃ」


 いつも沈着冷静なタマが、大声で笑い出した。


「その女神、あたしのところに来た女神と多分違う奴だな。あたしのときはもっと雰囲気違ってた。それに……」


 俺を見つめた、面白そうに。猫目がほぼ人間と同じくらい開いている。


「平ボスのこと、その女神はよくわかってるじゃないか」

「いやいやいやいや」


 俺は首をぶんぶん振ったよ。


「そんなヘンな話があるか。そもそも俺、あんときはドラゴンもエルフも使役できないから、やむなくサキュバス選んだだけだし。……レナお前、とてつもない嘘もたいがいにしろよな」

「ホントだし」

「お兄ちゃんならありうる」


 うんうんと頷くと、キラリンはいつものようにビールをぐい飲みした。


「ぷはーっ」

「まあたしかに、婿殿がタフでしつこいのは確かだ。寝台では」

「ケルクス。お前も冷静に分析すんな。しつこいってなんだよ」

「そのまんまではないか、婿殿。新月の晩の逢瀬でも、抱き着いたままあたしを朝まで許してくれないし……。それにペレ船でもちょくちょく吉野を船室に連れ込んでおるくらいで。……皆に隠れてこそこそと」


 ちらと嫌味を混ぜ込んだ口調だ。


「うっ……」タラタラ


 サタンだけは、よくわからないようだ。なんせキラリン同様の中学生体型だし。前魔王たる母親から、そっち方面の教育は受けてないんだろう。


 あとは全員、「そうだよねー」という顔。エリーナとキングーなんか、顔を見合わせてなんかひそひそ耳打ちし合ってる始末だ。


 恥ずかしそうにしてるのは、吉野さんだけだわ。てかこれ、船エッチ、みんなに完璧にバレてるな。恥……。


「ボク、悩んだんだ。嫌なご主人様のサキュバスになるのは辛すぎるからさ。マジで一世一代の決断だよ。もう死んでもいいやってくらいの覚悟で、女神様に頼んだ」

「……それで平くんの使い魔になったのね、レナちゃん」

「うん。でもボク、人生の賭けに勝ったよ。召喚されてご主人様の顔を見たら、すぐ好きになっちゃったし。よかったあー」

「ちょっと待て」


 あのときの記憶が再生された。


「ならなにか、お前がフィギュアサイズだったのは、元ピクシープリンセスな存在だからか」

「そうだよ。普通、サキュバスは人間等身大だからね」

「まあ、よく考えればわかりそうなものだな」


 タマも頷いている。


「そう言えばレナ、異世界スマホでお前の説明は、『レベルゼロのため、サキュバスとしての能力は全く無い』だったわ。あれもお前がサキュバス転職直後だったからか」

「そうだよ、ご主人様。言ってみればジョブチェンジでレベルリセットされたのと同じだよ」


 そうか。レベルゼロなんて異様な状態だった理由、もっと考えておけばよかったわ。気づかんかった……。


「でも今日、レナちゃんは平くんの命を救った。あのパワー、妖精の力なんでしょ。種族変更でも能力が失われなかったのは、なぜ」


 吉野さんは、レナの前にまた皿を置いた。今度は刻んだズッキーニとチャーシュー、それにアルファルファスプラウトだ。


「ボク、サキュバスとしてのレベルが上がってたでしょ。だから種族変更でこれまで封印されてきたピクシープリンセス能力のロックが、外れたみたい。自分でもよくわからないけどさ」

「へえ……」


 そんなことあるんか。


「これもご主人様がぼくにいっぱいエッチなことをしてくれて、サキュバスとして成長したからだよっ」


 いやそんな自慢気に胸を張られても……。みんな、微妙な表情で俺を見てるし。


「これからも、もっともっとエッチを頑張ろうね、ご主人様っ」

「まあ……なんにつけ平くんとエリーナちゃん、それにレナちゃんが助かってよかったわ」


 吉野さんが取りなしてくれて助かった。なあなあになって全員、また箸が進むようになったから……。


「それでレナ、お前はもうピクシープリンセス。サキュバスじゃなくなったのか」


 何の気なしに訊いたんだが、レナに思いっ切り笑われた。


「心配しないで、ご主人様。ボクは基本、サキュバスだよ。だから今後も、現実でも夢の世界でも、ご主人様はボクとエッチなことをし放題だよ」

「いや、そんな意味で尋ねたんじゃない」


 恥オブ恥……。


「それとも、ピクシープリンセスのボクとエッチしてみたい? それも可能だけど……」


 妙に色っぽい流し目で、レナに見つめられた。


「ねえねえどうする、ご主人様。ピクシープリンセスとエッチできるなんて奇跡だよ。なんせ高貴で恥じらいの多い種族だからね。基本、露から生まれるから、そもそもエッチなことをする必要性はない。だけど、それだけに体の中はムグーッ!」


 口を指で塞いでやったわ。これ以上、居並ぶ女子の前でエロトークされてたまるか。今日はすでに一生分の恥をかいてると思うわ、マジで。




●連載第一話に張った伏線、210万字を挟んで回収! 長かったー。

レナの正体については途中ちょこちょこヒント入れてたので、気づいていた方も多いとは思います。

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