4-6 ハイエルフが語る、古代の旧都遺跡
「見て平、星があんなに」
野営地から少し離れた木陰で、トリムは空を指差した。焚き火の明かりもここまでは届かないので、月明かりにトリムの顔がかろうじて見える程度だ。
「まあな」
異世界の星空は、現実より――少なくとも東京の星空より――美しい。星の数がはるかに多いからだ。砕いたダイヤモンドのように輝いている。
「俺は定時で現実世界に戻るけど、たまーにこうして業務泊したときとか、たしかにそう思うわ。そもそも――」
「ご主人様って呼んでほしい?」
「はあ?」
「だってあたし、あんたに悪いことしたし……」
じっと見つめてきた。
「レナが言うみたいに、たしかに平はあたしの召喚主だし」
「それはそうだけど……」
考えた。小生意気なこのハイエルフが、満面の笑顔で俺に「ご主人様」と呼びかけてくるシーンを。
――うーんキモい。
「た、平ご主人様」
「はあ?」
「なによ。試しただけじゃん。ご主人様」
「いややめよう」
「なんでよ、このあたしが、ハイエルフたるあたしが、あんたのこと、ご主人様ってわざわざ認めてあげてるのに」
「いいよ。なんだか今さらそう呼ばれても気持ち悪いし。これまでどおり平でいいよ。急に変えられると、みんなも驚くだろ」
「でも……あたしなんかより、平ご、ご主人様のほうが、ずっと凄い。ドラゴン二体も友達にしてるとか。……まだ全然低レベルなのに」
「いいからさ。トリムはトリムらしいほうが、俺は好きだよ。だからこれからも平と呼んでくれ」
キモいから――とは言わないでおいた。
「わ、わかった」
暗い中でもわかるくらい赤くなっている。
「平……ご主人様」
「平だ」
「た、平」
もっともっと赤くなってしまった。生意気な殻をはがしてみると、意外にうぶだな。
「平……。その……あたしのこと、好きにしていいから」
いきなり衝撃発言w
「好きにったって、お前はレナみたいにサキュバスってわけでもないし――」
「えっ!?」
目を見開いてるな。
「バカっ!」
思いっきりはたかれた。てか殴られた。グーパンでw
「……ってー」
頭がくらくらする。
「なにすんだよトリム。目の前に星が飛んだぞ」
「あ、あんたが悪いんじゃない。エッチな勘違いして」
「勘違い?」
「好きに使役していいって意味じゃん。だ、誰が好きにエッチなことしていいって許可したのよ」
考えたら当たり前か。こりゃまた失礼いたしましたーw
「悪かったなトリム。まあいずれにしろ、呼び方は平でいい」
「でもそれじゃ悪いもん。平はあたしの召喚主、つまりご主人様でしょ」
「言ったように、召喚主だろうが使い魔だろうが上下なんてないと俺は思ってるよ。だから平でいい」
「でも」
「これは召喚主としての命令だ」
「……命令じゃあ仕方ないか」
下を向いて、小声で呟いた。
「ありがと。あたしに気を遣ってくれたんだね」
「これからもよろしくな」
「うん。ご主人……平」
手を出してきたので握ってやった。
「違うよ、手にキスするんだよ。友愛の印として。エルフの習俗」
笑われたけれども。エルフの習慣とか知るかよ。
「エルフと言えばさ、長生きなんだろ」
「そうだよ。ハイエルフは特にね。あたしだって実は――」
「いや、それは言わんでいいからさ」
手を振って止めた。ここで年齢五百歳とか聞いちゃうと、俺ドン引きするかも。
「長生きなら、大昔のことを知ってる長老とかがいるはずだ。旧都遺跡に関して、なにか聞いてないか」
「旧都ニルヴァーナかあ……」
上を向いて、トリムはしばらく黙っていた。それから口を開いた。
「もう亡くなったけど、年寄りのハイエルフから、大昔の話は聞いたことがあるよ。ニルヴァーナ遺跡に秘密が隠されてるって件なら」
「秘密?」
「うん。それもヤバい系の」
「どういうことだよ」
トリムは俺の手を握ってきた。
「旧都が放棄されて現在の地に遷都された理由知ってる?」
「たしか……」
そう。図書館館長ヴェーダによれば、戦乱だとかモンスター襲来とかがあって、モンスターが出にくい地に移ったとかなんとか。俺はそれを話してみた。
「あたしたちハイエルフに伝わる口伝では、ちょっと違うんだー」
「どう違うんだよ」
「平が聞いたのは、王国民の動揺を防ぐための、後付けの理由。実際は、とある事情があって、大急ぎで遷都したらしいよ。そのエルフが言うことには」
トリムは説明を始めた。
「もともと王家周辺のごく少人数しか知らない秘密だから、すぐ歴史に埋もれたんだけどさ。シタルダ王家の請願を受けて協力した古代の六英雄のひとりがハイエルフでさ。なんせ長生きだから、何百年も後、亡くなるときに、親族に秘密を話したんだ。それがハイエルフに伝わってるってわけ」
「旧都になにかあるのかよ」
「なんかすごくヤバい奴がいるんだって。異世界から侵入してきた。それが巣食っちゃって危険なんで、古代の英雄が封じて避難したって話で」
「退治したのか」
「無理だったって。活動速度を極端に遅くすることには成功したから、周囲を魔力で封鎖して、旧都を放棄した」
「それってもしかして、俺達の世界――地球って言うんだけど――から来た連中なのか」
なんだろ。アレクサンダー大王とかチンギス・ハーンとかが実は死んでなくて、俺みたいに異世界転移して現地を征服しようとしたとか、そんな感じかもしれないしな。
「知らない。なんせほら、古代の話だし。……ただヒューマンとかエルフとかっていうレベルじゃないらしいから、多分違うとは思うけど」
「なら悪魔とかそんな感じかよ」
「どうだろ。……ねえ平、あたしの知ってるのはそれが全部だよ。あたしたちはこれから旧都遺跡に向かう。いずれわかるんじゃないかな」
「まあな」
わかったときが死ぬときとかならないといいけどな。
黙ってしまった俺を見て取ったのか、トリムは俺の手を握ると、ひざまずいた。
「平、あんたはあたしの召喚主、使い手。あたしはあんたの命に従う。たとえ死を招く命令でも。……だからあたしの真心をここに捧げ、忠誠を誓うよ」
手の甲に口づけしてきた。さっき言ってた、エルフの習俗って奴か……。
柔らかな唇。そのまま腕を回して、俺の腰を抱く。
「平ご主人様。あたしはあんたの
俺の腰に頬ずりしてきた。
「平……。あたしはハイエルフのトリム。あんたの第二の使い魔――」
トリムの瞳から、すっと一筋の涙が伝った。月明かりに輝いて。
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