5 現実の嵐、異世界の嵐
5-1 二の橋カラオケ、風呂付きVIPルームの陰謀
「凄いっすねー」
ばかっ広いカラオケの個室に通されたので、俺は感嘆したかのような声を上げてやった。いや本音では「無駄スペースw」としか思ってないが、多分このアホはそう言ってもらいたいだろうなと思ったから。
「凄いだろ。俺はここ、よく使ってんだ。なんせVIP会員だからな」
鼻の穴おっ広げて自慢マックスが隠し切れないこの男は、金属資源事業部、新規探索プロジェクト担当の課長補佐、川岸。そう。俺と吉野さんを自分のスパイにしようと画策している男だ。あれからたびたび誘われて気分悪いんだが、考えあって、今晩は誘いに応じた。一緒にいるのは前回同様、こいつの忠犬、俺の同期の山本だ。
そろそろこいつの背景を確定しないとなー。
ここは麻布十番から白金に向かってかなり下った、二の橋の裏にある高級会員制カラオケボックス。そのVIPルームなんだと。大理石っぽい壁や床(もちろん偽物だろう)が白く輝き、超巨大ディスプレイに向かい合うソファーも大きい。てかこのソファー、背もたれが電動で倒れてベッドになるな。ソファーの背後には浴槽まであるし。
どんな奴がどう使うか、簡単に想像つく。個人的には近寄りたくない世界だ。
「さすがっすね、川岸さん」
千切れそうなくらい尻尾を振っているのは、もちろん俺の同期の山本だ。
「あれじゃないすか。女の子とか連れ込んでるんでしょ」
「おいおい。俺はそんなことしないよ」
手を振りながらも、嬉しくて仕方ないって顔だ。どうにも俺、こいつ生理的に無理だな。
「凄いだろ平。川岸さんは」
「いや本当に。俺ならこんなキモいところ、絶対使わないけどな」
「キモい?」
川岸の笑顔が固まった。
「キモいじゃなくて、気持ちいい。こんな気持ちよさそうな店、使う機会がないってことで。彼女いないんで」
適当にはぐらかす。シャツの中で、レナが俺の胸をくすぐってきた。
「よせって」
「なにをだよ、平」
「寄席みたいな部屋だなってことだよ、山本。寄席の桟敷席」
「はあ」
寄席に桟敷なんかないとは思うが、納得してくれたんでいいか。
「それよりまあ、さっそく飲もうや。ここはカラオケVIPだから防音完璧で、絶対に話が漏れないし」
常連ぶって飲み食いの注文をひとりで仕切ると、川岸は俺に向き直った。
「ところで、課長昇進おめでとう」
「ありがとうございます」
「これからなんて呼べばいいかな。俺は課長補佐だからそっちのが肩書は上だ。とはいえ俺はそっちの四コ上だし、こっちは本社でそっちは子会社だ。……なかなか悩むな」
「こないだみたいに、呼び捨てでいいすよ。川岸『先輩』」
「そうか。急に呼び方変えるのも変だしな」
マウント取れて大喜びしてやがる。お前、俺が本社経営企画室の課長級フェロー職を兼務してるの、都合が悪いから言及しなかったろ。それ言っちゃうと、年次くらいしか上取れないもんな。なんでも上下関係でしか考えられないなんて、貧相で痩せた性格だ。
「じゃあ平でいいな」
「さすが川岸さんだ。営業のエリートなのに、俺や平みたいな底辺に気を遣ってくれるんすね」
山本はあれだな、もうすっかりこいつのケツの穴舐めてんだな。届いた酒や料理をオカマよろしくかいがいしく並べてるし。
「それでさ、我々金属資源事業部としては、これまでアフリカでの鉱山権益獲得に注力してきたわけさ」
そこそこ食って飲んで場が和んだ頃、川岸が切り出した。
「成功事例として、社内でも話題でしたよね」
「ああそうだ」
「そうなんすか」
「なんだ平、お前、なんにも知らないんだな」
「山本。平はな、もっと大きなところを見てるんだ。なんせ異世界ターゲットだからな」
俺を持ち上げた川岸は、話を続けた。新規探索プロジェクトとしては、アフリカに続く新拠点を異世界に求めたいと。だが異世界マッピングプロジェクトはワンマン社長の直轄事業だ。金属資源事業部が茶々入れるわけにはいかない。そこで――。
「そこで平。お前のほうから社長に進言してほしいんだ。異世界マッピングを、俺の新規探索プロジェクトとの合同事業にしてほしいと」
いよいよ本性現したな、こいつ。
どう対応しておこうか――。
俺は、ひとつ大きく息を吸った。
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