5-8 第一の隠れ村

「ドワーフの地下迷宮か。そこ、行くの難しいよね」


 レナが眉を寄せた。


「俺もそう思うわ。キングーも言ってたし」

「とにかく沙漠が広いらしいものね。ウルク沙漠って言ったっけ」

「大陸中央のウルク沙漠は広いだけでなく、砂嵐も危険だ」


 うまそうにザッハトルテを凄い勢いで食べながらも、タマが付け足した。いやタマ落ち着け。チョコケーキは逃げない。


「しかも周囲は砂ばかりで、目印などない。ポップアップモンスターも、もちろん出る」


 沙漠ったって岩石ゴロゴロだの塩で覆われてるだの、いろんなパターンがある。ここは文字通りの「砂漠」。つまり砂ばかりで乾燥した、不毛の地だとさ。


 おまけに地磁気が一部狂っていて方位磁石すら誤作動するとか。ふらふらと迷ううちに、水も食料もなくなって死んでしまうんだと。「絶滅の沙漠」って恐れられてるらしいわ。


 そんな中にあるから、隠れ村扱いなわけさ。噂だけで、誰にもほとんど実態が知られていない。それに敵対勢力が来ないから、ドワーフ側には都合がいい。


「キングーさんがそこに辿り着けたの、天使の亜人でご飯も水もいらないからだよね」

「そうだレナ。本人がそう言っていた。あいつの周囲にはポップアップモンスターも出ないしな。天使の血で」


 生きる意味を見失い各地を放浪していたキングーは、偶然、ドワーフの隠れ村を発見した。めったに来ない来訪客にドワーフは驚きつつも、歓待してくれた。


 長く滞在するうちに、キングーは彼らの暮らしぶりを詳しく知った。彼らが、失われた三支族のひとつであること、そして掘り出した遠過去の遺物を用い、祖先伝来の呪術、延寿の秘法を施すことで、延寿効果のあるアイテムを作り出したことも。


 ちなみに、他の隠れ村やヒューマンと蛮族の地を分けた謎結界のことは、キングーは知らなかったよ。ひとつだけでも隠れ村がわかったのは大進歩だけどな。


「その沙漠のどこか、岩盤が露出しているところにドワーフが棲み着き、広大な地下迷宮を掘って、そこに暮らしてるんだね」

「平、ドワーフはね、とにかく埋蔵資源についての勘が鋭いんだよ。キャラバンでも地下水脈を探せるから、広い沙漠でも水確保は可能なんだ。ドワーフなら、自由に移動できる。だからこそ、他の種族が渡るのも厳しい沙漠の真ん中に、陣地を構えたんでしょ。多分だけど」


 トリムはハイエルフだから、ドワーフについて詳しいんだな。なんせドワーフとエルフは種族仲、微妙に悪いって話だし。


「地下を掘って資源やらお宝やらを探し、ぽっかり空いた穴は住居にするのが、ドワーフの生態だよ。……あいつら欲深だから、見つけたものは抱え込んで離さないんだ。太古の聖魔戦争のときは、エルフとドワーフは一緒に戦ったんだけどね。それやこれやで、なんとなく縁遠くなっててさ」


 宝を隠し持つって意味では、ドラゴンに近いのか。


「まあドワーフと言っても、あちこちに住んでるからね。三支族の生き残りってのは、多分この隠れ村の住人だけなんでしょ」

「ドラゴンさんにひとっ飛びしてもらえれば、空中から探せるんだけど。私がグリーンドラゴンのイシュタルさんに頼んでも無理だろうし。ねえ……」

「吉野さんの言うとおりですね。俺がドラゴンロードのエンリルに言ってもダメだろうし」


 あいつらドラゴン族が一番嫌う、家畜扱いって奴だからな。


「キラリンちゃんはどうなの。元がIデバイスなんだから、地図作製機能あるでしょ。それで地下迷宮、探せない?」

「うーん……それは吉野さん、難しいかも」


 キラリンが唸った。


「あたし、歩いたところを記録する機能はあるけど。未踏の地の地下構造物の位置推定とかは無理ぽいよ。一度行けば、転送ポイントとして確保はできるけどね」

「だよなあ……」


 純米酒を飲み、瓶ビールで口を洗ってから、俺は考えた。


「ならやはり、正攻法で沙漠中央を目指して進むしかないか」

「昼なら太陽、夜は星を見れば、自分達の位置と方角はおおむねわかる。あたしとトリムは自然に詳しい。ケットシーとハイエルフの知恵を合わせれば、なんとかなるだろう」

「お兄ちゃん、あたしも方位測定機能があるよ」

「そうだな。協力頼むわ、キラリン」

「任せて。これもラブラブお嫁さんの仕事だし」


 嫁は違うけどな。もう面倒なんで反論はしないが。


「問題は水と食料だよね、お兄ちゃん。何週間も、下手したら何か月も沙漠でさまようことになるもん。あたしたちも、他のパーティー同様、全滅するかも」

「そこは問題ない。キラリンお前、忘れたのか。俺達は毎日こっちの世界に戻ってこられるんだ」

「そうか。お寿司食べたくなったら、帰ればいいんだね」


 なんだキラリン、最初ドン引きしたくせに、寿司結構気に入ってるじゃん。そのうち俺んちで、スーパーの半額寿司でもごちそうしてやるか。


「沙漠でだって毎日、ドナツーやエレクア食べられるよ。タマゴ亭さんのお弁当も」


 トリムの奴、まだ名前覚えないな。まあエルフには発音しにくいとかがあるのかも……ないかw


「じゃあ水を多めに持っていけばいいわね」

「そうですね吉野さん。……あと日焼け止めは念入りにしたほうがいいですよ。吉野さんの美肌が傷んだら嫌だし」

「ご主人様も、きれいな吉野さんでいてほしいよね」

「まあな」


 大事な人だしな。


「触り心地とかにも関係するし」

「余計なこと言うな、レナ」


 ほんとにもう、サキュバスって奴は(溜息)


「連れて歩くといつデバイスに戻るかわからんから、キラリンの人型化は向こうでは基本なしな。ここぞというときには出てきてもらうわ」

「わかったよお兄ちゃん。……お弁当とおやつのときは呼んでね」


 なんだこいつw 食い意地の張った使い魔だな。やっぱセンベロ常連おっさんが憑依してるんじゃないか、これ。


「……まあいいか。召喚してやるから安心しろ」

「へへっ。さすがお兄ちゃん。嫁思いのご主人様だけあるねっ」


 その謎呼称連呼、前も聞いた。


「沙漠対応の衣服を、全員分、揃えないとな。まず、砂でも歩きやすい靴。日光を遮る長袖だが、透湿性があって暑く感じにくい上着。それに冷感下着。あと濃いめのサングラスか。万一の砂嵐に備えて、ゴーグルも」

「あたしは大丈夫だ。日光くらい、屁でもないぞ、平ボス」

「さすが獣人ケットシーだな。タマは大丈夫か。……トリムはどうだ」

「あたしらハイエルフは森に住んでるから、特段日光に強いとかはないよ、平。とはいえ沙漠で肌が焼けるとかはない。だから普段着でもいいけど、歩きやすい服でもいいかな」

「じゃあ決まりだ。現地で召喚したら、トリムには俺が持ち込んだ服に着替えてもらおう。てか、その服に着替えたまま戻ってもらえば、それで召喚できるか。……レナ、お前は大丈夫だな」

「ご主人様の胸の中だしねー」


 テーブルに座り込み楊枝でザッハトルテを器用にすくって食べながら、俺を見上げた。


「なら平くんと私、それにトリムちゃんの服を買いに行かないとね」


 吉野さんには、なにか考えがあるようだった。

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