5-7 寿司パーティー
「おいしいねーこれ」
大きな海老を箸でつまんでご機嫌なのは、キラリンだ。
「うまいだろ。それはなエビチリと言って、中華料理の究極兵器だ」
「マジお兄ちゃんとか、毎日こんなおいしいの食べてたわけ?」
「毎日ってわけでもないがな」
晩飯はスーパーの半額弁当だからエビチリはまず入ってないが、タマゴ亭さんの異世界弁当なら、稀に入ってるな。中華弁当に。まあメインおかずじゃないから、海老は一匹か二匹だけど。
「本当、ここのはおいしいわ」
テーブルに並ぶ中華料理の数々に、吉野さんも満足げだ。
猫越百貨店でのスーツとシャツなんかの注文を、俺と吉野さんはなんとか終えた。いやスーツの生地選びに採寸、それにシャツの生地選び、さらにはネクタイまで選んだから、どえらい時間掛かったわ。ちょっと疲れた。
その後、予定通りデパ地下でツマミとして中華料理をいろいろ見繕って、吉野さんちにお邪魔した。使い魔をみんな呼び出して、こうして晩飯にしてるってわけさ。
キラリン、あっちの世界では人型になれる時間に制限があったけど、こっちではずっといられるみたいだわ。マリリン博士の言ってたとおりだ。
「この料理選んだ平くんの勘、大正解ね」
「そうですね」
なんせデパ地下には、きら星のごとく有名店やら新進気鋭の料理屋やらがブースを並べている。目移りが凄いわけよ。ぐるーっと回ってもなかなか決めかねたから、直感でうまそうに見えた中華老舗「
当初考えていたオードブルってより普通に料理になっちゃったけど、まあいいだろう。
「どれ、俺も食ってみるか」
エビチリを口に放り込んでみた。
むほっ。こいつはうまい。海老がぷりっぷり。口に含むと、ねぎやにんにく、生姜の香りが鼻に抜けて、噛んでるうちに海老の旨味がじわっと出てきてソースと絡むところなんか、最高だ。味が深いから、多分これ車海老だな。
「たしかにこいつは最高だわ」
「さすが猫珍樓ね。……平くん、ビール空よ。はい」
吉野さんがビール大瓶を手にした。吉野さんは「なんとなく瓶のがおいしい気がする」ってんで、ビールは瓶派だ。俺達は全員、瓶ビールをやっつけてる。
唯一の例外はもちろん、なんちゃってビールを偏愛するトリムな。あいつだけはなんちゃって缶を離さないわ。
「ありがとうございます。……おっと」
ぐいーっ。
「ふうーっ」
超絶うまいじゃん。なにこれ。
エビチリのうまいソースをビールで流し込むのが、また最高。香ばしい麦芽の香りと炭酸の喉越しが、エビチリの濃い味をすっと洗ってくれて。ニュートラルに戻った舌で、今度は春巻き行くか。
パリッ!
おいおい。調理からけっこう時間経ってるはずなのに、湿気を吸ってもおらず、まだパリパリかよ。どう揚げたらこうなるんだろな。中の豚コマやら春雨、ニラなんかもうまい。店頭に書いてあったけど、干し椎茸と干し貝柱、それに干し海老まで使ってるんだなこれ。だから乾物ならではの旨味が出てる。
「うま……うま」
タマは無言でシウマイに手を伸ばしてる。ここのシウマイ、具がしっかり硬めに詰まっててうまいんだよな。餃子なんかと違う、ちょいとひねた味は、シウマイならでは。みりん寸前といった味わいの長期熟成日本酒だの紹興酒だのの、ひとクセある醸造酒のベストパートナーだよな。
「平、これもおいしいよ。なんての、味が深いというか」
「トリムそれはな、黒酢という調味料が利いてるんだわ」
「へえーっ」
トリムが食べているのは、黒酢酢豚だ。皿抱えてるから、結構好きみたいだな。
あーレナは、食べやすい
「それにしてもキラリン、お前、受肉して初めての食事だろ」
「そうだよー」
「結構平気で食べられるもんなんだな」
「おいしいよー」
「ならまあいいけど……」
レナなんかと違って元が機械だ。生まれて初めての飯ってことになる。胃腸も慣れてないだろう。だから断食の後のように、重湯やお粥的な奴から始めるのかと思ってたわ。女子ソフトボール部員が放課後に牛丼屋来たのかよってくらいがっついてて、なんか大笑いだ。キラリンは女子校の制服的な服だから、余計にそう見えるしな。
「腹痛くなったら、止めとくんだぞ。トイレが心配だ」
「平気だよーお兄ちゃん」
ビールぐいーっ。
「ぷはあーっ!」
「こいつ……」
どこのおっさんリーマンだよ。センベロ常連客かよお前w
普通、生まれて初めてのビールは苦くて、ちょっと口着けたくらいで「にがーっ」って舌出して終わって、笑いを取るのがテンプレだろ。空気読まん奴だな。
「ピンポーン」
「おっやっと寿司来ましたね。インターフォンは俺が出ます。タマ手伝ってくれ」
「わかった」
さっき、マンション入り口オートロックから連絡があったからな。
「ニャンコーイーツです。弁天山三毛猫寿司さんの」
「玄関脇に置いといてください」
「わかりました」
配達員が帰ったのを確認して玄関ドアを開けた。なんたってタマ、今日は化けてないからな。ネコミミだの見られると面倒だからさ。大きな寿司桶を四つ、タマと持ってリビングに戻ると、吉野さんが置く場所を開けていてくれた。気が利くなやっぱ。
「わあ、おいしそう」
「今は便利ですよね。宅配専門店じゃなくて、普通の寿司屋の料理取れるから」
「そうよね」
ニャンコーイーツは、寿司桶返却まで対応してくれるから便利なんだよな。支払いもクレカの事前払いで済むから、金のやり取りなしで楽だし。
「これ、なに……」
ずらっと並ぶ江戸前寿司を前に、キラリンが固まってるな。
「これは握り寿司ってんだよ」
「お兄ちゃん、あたし、生はちょっと……」
なんだよ。おっさんじみてると思ったら、こんなとこだけウブかよ。
「いいから食え。うまいぞ。ほら」
赤身の漬けを手でつまむと、そのまま口に放り込んでやる。
「むむっむぐーっ」
「暴れるな。そのままよく噛むんだ。シャリがほろっとほぐれて、酢のいい香りが立つだろ。それにマグロのねっとりした舌触りと旨味、漬け醤油のほのかな塩気が相まって、まさに江戸前の真髄だぞ」
「むむー……むっ?」
ぴたっとおとなしくなったな。
「む……む……うん」
一貫食べ終わって、ビアタンをひっつかんだ。
ぐいいいぃーっ。
「ぷはあーっ。ビールうまい!」
結局それかいwww
「お兄ちゃん、おいしいよ、これなに。もっと食べていい?」
「ああ。漬けに中とろ、季節的に貴重な小ぶりなコハダ。白身はこれ多分カレイだな。まだ九月だしヒラメはない。あと赤貝にイカ、タコに海老、アジ。色物はワラサかな、季節柄。それに煮はまぐりに穴子といったツメネタ。鉄火巻と卵焼き。どれ食ってもいいぞ」
「わあ嬉しい」
「みんなもな。特にタマなんか猫獣人なんだから、魚は大の……って、もう始まってたか」
タマ、目の色変えて次々に寿司を口に放り込んでる最中だったわ。
「ねえご主人様。ボク用にもちゃんと小さく切ってよ。このままだとタマに全部取られちゃうじゃん」
「わかったわかった。桶四つもあるから安心しろ。ちょっと待ってな」
タマが抱え込んでない寿司桶をキッチンカウンターに運ぶと、全部のネタを適当に切ってやる。
「なら平くん。私はお酒の準備するね」
「お願いします、吉野さん」
寿司ならやっぱ日本酒だろってことで、マンションに着いて吉野さんがあれこれテーブル準備している間に、俺は近所の酒屋で一升瓶二本ほど見繕ってきたんだわ。
俺、日本酒が好きでなあ……。吉野さんには悪いけど、酒の一番はビール(なんちゃって含む)。次が日本酒だな。吉野さんと付き合うようになってワイン飲む機会は増えたけど、正直まだよくわからんし。どっちか選べと言われたら、やっぱ日本酒だ。
「まずどっちから飲むの?」
テーブルに酒器の準備ができると、吉野さんが振ってきた。
「最初は吟醸酒ですね。本当は寿司の前が良かったんだけど、思ったより寿司早く来ちゃったんで」
「そうね」
バスケットで冷やした酒器から、吉野さんがみんなのグラスに酒を注いだ。
「ウチ、ぐい呑みってあんまりなくて。ワイングラスでごめんね」
「いいんですよ吉野さん。同じ醸造酒だし、香りが立つのも同じ。だからワイングラスで飲む人も、結構いますしね」
「じゃあ乾杯」
きゅっと軽く飲んでみた。うまい。最初はやっぱり、きゅっと締まったドライな吟醸酒がいいよな。華やかな香りは吟醸酒ならではだし。
「おいしい……。ワインの深みとは違って、新鮮なおいしさがあるわね。若いワインだと味わいが足らないことが多いけど、日本酒ってそうじゃないみたい。……これ、猫姫だっけ、ラベルに書いてあった」
「猫姫の山廃吟醸ですね。石川の酒です」
「平ボス、この酒は、魚に合うな。さっぱりしてるから、魚の脂をよく流してくれる」
タマもご満悦だ。
「うまいだろタマ。純米吟醸がいいっていう人も多いけど、前菜に合わせるなら、俺は純米じゃない吟醸が好きでさ。調整用のアルコールが味をさっぱり系に整えてくれるから、純米吟醸より前菜には向いてると俺は思うんだ。純粋な食前酒にするなら、華やか極めた大吟醸だな」
おいしくてぐいぐい行っちゃたわ。なんたって五人+レナだし、想定外にキラリンが飲む。一升あっという間に空いて、次の純米酒に移った。
「これはまた、さっきのと全然違うわね」
グラスのふちに顔を寄せて、吉野さんが香りを味わっている。
「アロマも、口に含んだときのフレーバーも全然。……旨味があるわ」
「ええ、これは純米酒。猫自慢、静岡ですね」
「おいしい。……お寿司に合うわね」
「食事、特に寿司のような米料理には、やっぱり純米が合うんですよ。米の酒らしい、ひねた味わいがあって。それに食中酒としては、吟醸ほどは米を削ってない酒が好きですね。香りが飯の邪魔しないから。だから純米吟醸じゃなくて純米酒」
「へえ……奥が深いのね、日本酒も」
吟醸や大吟醸は主張が強すぎて、そっちが主役になっちゃうことがあるからな。
「俺が半額弁当と合わせるときなんかは、スーパーで買える、安い紙パックの純米酒ですよ。一升で二千円しない。さすがに今日の酒に比べるとだらけた味ですが、氷でキンキンに冷やすんですよ。そうすると雑味が隠れるんで、なんとか日本酒らしくなります」
「そういう工夫も楽しそうね」
「吉野さんもひとつ」
「ありがと……」
きゅっとひとくちやっつけると、吉野さんはほっと息を吐いた。
「おいしい。……たしかにお寿司に合うわね」
「でしょ」
みんな、夢中になって食べている。あれだよなー。握り寿司ってのは元がファストフードのせいか、居酒屋的にゆっくりやっつけるというより、ぱくぱく食っちゃうよな。うまいし。
「さて……」
頃合いを見たのか、吉野さんが口を開いた。
「そろそろ今日の本題に入る?」
寿司がすっかりみんなの腹に消えて、ザッハトルテのホールと緑茶でお茶の時間になっている。うちのチームは俺以外全員女子だから、飯の後にスイーツに突入するパターンが多いわ。
なんにせよ、このザッハトルテがまたうまいんだ。チョコのねっとり濃厚な味わいに、バターがほのかに漂うケーキ本体、それに
「なあに。なんちゃってビールのおかわり?」
「そうじゃなくて、キングーに聞いた情報を、これからどう生かすかって話だよ。……それにトリムお前、四缶も飲んでるだろ。もう止めとけ」
「いいじゃん、ケチ」
頬をぷくーっと膨らませたな。てか、勝手に冷蔵庫開けて缶ビール(なんちゃって)、六本パックのまま持ってきてるし。いいけど後で暴れるなよ。
「じゃあ始めようか。……平くん、進めて」
「はい吉野さん。今日の議題は、キングー情報を受けて、これからどう動くかって話です」
「失われた三支族が隠棲する隠れ村について、ひとつは教えてくれたよな、平ボス」
「そうだタマ。ドワーフだな。大陸中央を占める広大な沙漠のど真ん中にある、ドワーフの地下迷宮って話だった」
ドワーフの地下迷宮。そこに辿り着くのは極めて難しいという。ほとんどの冒険者は、途中で死んでしまう。なぜなら――。
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