第一部エピローグ
ep-1 旅立ちの朝1
「お世話になったのう。異世界の旅人よ」
村長が、俺の手をがっしり握った。
「あんたらは、この跳ね鯉村の救世主じゃ」
「いや別に。たいしたことしてないし。こっちだって地図作りに協力してもらったしな」
「そうそう。モンスターのいない方角を教えていただいたしね」
「そうですね、吉野さん」
「ご主人様はね、サボる方面に関しては天才的なんだよ」
「それ褒め言葉になってないぞ、レナ。なあ、ボスのボスよ」
タマは苦笑いだ。
「できればもう少しこの村に留まってほしいがのう」
「村長、無理言っちゃいけやせん。この御方らにも、都合ってものがありやすし」
村人にたしなめられて、村長は頷いた。
ドラゴン洞窟での戦闘から一週間ほど。俺達は今朝、この村を立つ。もちろん王都に向かい、地図作りの情報を集めるためだ。
「まあ、おかげで泥炭も大量に集まったし」
「そうそう。いや謝礼はあのダイヤだけでいいのかのう」
「いえ充分すぎるくらいですよ、村長」
「そうそう。平くんも私も、困っちゃうくらい大量に頂いたし」
礼として、俺と吉野さんは大量のダイヤを受け取った。といっても当面必要もないし、例によって俺の分は「白いバカナ」の箱に放り込んである。吉野さんにも、くれぐれも使わないように言ってある。あれを使うのは、俺達がどうしようもなく追い込まれたときだ。
業務中とはいえ、個人的に贈与を受けたものの所有権は個人に属すってのが会社の異世界業務規定だ。なんせ特殊な業態だからさ。だからダイヤの授受自体には、なんの問題もない。とはいえそれはそれで、「異世界で平が大儲けした」と社内でやっかみを受けるのは明白。ならなるだけ秘密にしておいたほうがいいじゃん。
「おーいっ」
手を振りながら、鍛冶屋が走ってきた。
「間に合った。はいこれ。頼まれていた分」
手にした長剣の柄を、俺に向けて突き出す。
「助かります」
受け取った。
「振ってみてくれ。あんたらの使い方に合わせ、長期戦より短期戦向きに、太刀筋も握りも作り込んでおいた」
「ありがとうございます」
鞘から抜いて、刀筋を確かめた。表面がでこぼこで高級感は全然ないが、実用性は充分だろう。刃を指でなぞると、皮膚が切れそうに鋭い。
「どれ」
振ってみた。長剣だけに重いが、重量バランスがいいので、振り疲れは最小限に抑えられそうだ。
「ありがとう。いい感じです」
「良かった」
満足そうな笑顔を、鍛冶屋は浮かべた。
「それに短剣のほうの鞘も作っていただき、ありがとうございました」
「あれかっ!」
声のトーンが高まった。
「あの剣はすごい。俺もガキの頃から鍛冶屋になって四十年、あんな業物は見た試しがない。このまま持ち逃げしようと、何度思ったことか」
「おいおい。それはカンベンしてやってくれんかのう」
村長の言葉に、みんなが笑った。
「冗談はさておき、精一杯、いい鞘を作ったんで、大事にしてくれ」
「そうします」
俺は、受け取った長剣を腰に提げた。これで、長剣と短剣、初期装備の棒を身にまとったことになる。間合いを取っての戦闘から不意を打たれたときの接近戦まで、万遍なくカバーできるはず。
長剣は俺の手を離れたり折れてしまえばその場限りだが、長い分、戦闘汎用性が高い。
短剣――バスカヴィル家の魔剣だっけ?――と「例の棒」はログインボーナスみたいなもんだから、毎回異世界に飛ばされるたびに身近に出現する。だから、俺自身の武具として使いこなせる。
「平くん、そろそろ」
「はい。……じゃあ村長さん」
「また寄ってくれよ」
「ええ」
もとよりそのつもりだった。なにせ食堂の具合をたまには調べないとならないしな。
「じゃあの。……また一緒に鉱山掘ろうや」
「はい」
村長の元を辞して、村の出口に向かって進んだ。振り返ると、村長や村人が、まだ手を振っている。
「さて……と」
「ねえ旅人さん」
急に手を握られた。村の娘だ。多分、日本で言えば高校生くらいの歳。それにかわいい。
「は、はい」
耳に口を寄せてきた。
「手紙、後でひとりで読んでね」
「はい?」
小声で囁かれて気づいたが、今、なにかを握らせられていた。これが手紙だろう。
「今度来た晩、村の一本杉の脇の家よ」
「は、はあ……」
もう想像がついた。この村では、旅人の子種を重視するとかいう、例のアレだろう。
「あ、ありがとうございます」
「約束よっ」
それだけ言い残すと、走っていってしまった。
「なに、今の」
眉を寄せて、吉野さんが俺を睨んだ。
「なんでしょ。弁当のお礼かなあ……」
「うそっ」
ぷいっと横を向いてしまった。
「まあ、とにかく出発しましょう。どうせこの村には当分戻らないし」
「……」
「例のライバル会社のあいつ、やっぱり無理だったみたいですね。社長が言ってたし」
「私も会議で聞いてたし」
異世界行方不明ということで処理されたんだと。ライバル会社の業務が滞ったってんで、社長は喜んでたよ。喜んだついでにようやく俺と吉野さんに正式な人事発令を出してくれて、ふたりとも晴れて課長と係長に昇進した。
ライバルについてはまあどうせ、代わりの奴がいずれ送り込まれてくるだろうけどな。いずれにしろもう連中とは関わり合いになりたくないもんだ。あんな悪党はもうごめんだよ。
「連中、態勢立て直しするみたいだし、しばらくは邪魔されないですね、吉野さん」
「……」
「それに俺達もドラゴンロードにも食い殺されなかったし。良かった」
「それは……平くんに感謝してる。私のために命懸けで……」
例の洞窟での一件を全部感知していたはずだが、ドラゴンロードは現れなかった。あれは俺を認めたからだって、レナは自慢してたよ。
王の使いとも話をした。連中、俺がドラゴンと無事に交渉したと聞いて、ひっくり返るくらい驚いていたよ。だって王家とまったく無関係の、それも異世界人だ。瞬殺されるのが普通だからな。
「王都、楽しみですよね」
「そうね」
適当にご機嫌を取りながら歩く。
まあさっきの娘のことは後で考えればいいや。とにかく先に進もう。
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