6-13 ドラゴンライダーってマジすか

 振り下ろされた斧に、思わず目をつぶった。が、頭蓋を割られる衝撃は感じない。すでにとっくに殺されているはずなのに。


 目を開けると、敵の姿は消えていた。頭を起こすと、はるか向こうに黒焦げとなって飛ばされている。


「これは……」

「ご主人様。ドラゴンがっ!」


 振り返ると、ドラゴンが、鎌首をもたげて立ち上がるところだ。胴体の傷は、なぜかもう塞がりかけている。


「すげえっ」

「ご主人様、ドラゴンの再生能力は凄いんだよ。倒すにはドラゴンスレイヤーとかの魔剣や聖剣でないと」

「見ればわかるよ、レナ」


 ドラゴンの背には、吉野さんがまたがっている。おそらくドラゴンが乗せたのだろう、安全のために。


「そのような小賢しい術など、我には効かん」


 ドラゴンが大声で吠えると、バンシーの叫びが止まった。バンシーは耳を押さえてうずくまっている。


 俺はそこに突っ込んだ。とにかく奴を押さえないと、俺もタマも、戦いに参加できないどころか、瞬殺されてしまう。


「ごめんなさい。私。脅されて」


 胸ぐらを掴むと、バンシーはうつむいてしまった。泣きはらした目、顔には殴られたあざが多数ある。


「ちっ」


 そんなこったろうと思った。前に見かけたときも、奴隷のようにこき使われてたしな。あの嫌味なサド野郎にゴブリンが「仲間」だ。なにをされていたか、想像するのも嫌なくらいだ。


 岩場の陰に、俺はバンシーを突き飛ばした。


「そこに隠れてろ。もう手を出すな」

「はい。……ありがとう。異世界の人」


 ドラゴンの背に乗った吉野さんは、俺のほうを指差した。


「ドラゴンさん。みんなを助けて」

「わかっておる」


 ドラゴンは立ち上がった。はるか上部から、その場を支配するかのように戦場を見下ろす。


「見ろ。ドラゴンに指示してやがる」

「ド、ドラゴンライダーだっ」


 ゴブリンどもが、ドラゴンにまたがった吉野さんを指差す


「ドラゴンライダーなんかに勝てるものか」

「な、七百八十年ぶりのドラゴンライダー!」

「前のドラゴンライダーは、たったひとりで大陸の半分を制覇して覇王と呼ばれたって……」


 ちらちらと、自らの主を振り返っている。小便をもらしている奴すらいる。


「ちっ。なにビビってんですかっ、もうやるしかないでしょ。戦端は開いたんだ。全員ドラゴンに突っ込むんですよ、クズな使い魔めっ」


「へ、へいっ」

「う、うおおおおーっ!」


 やけくその勝鬨かちどきを上げて、残ったゴブリンが全員、ドラゴンに殺到した。まだ三十体以上はいるだろう。


「我は大地の守護神グリーンドラゴン、豊穣のイシュタル。異世界の炎矢などに倒されるものか」


 頭をもたげると、口を大きく開いた。背に吉野さんを乗せたまま。


「この世界を穢す者どもよ、大地の怒りを知れ」




――ごおーっ!――




 炎を噴いた。真っ赤――というか、天を覆う夕焼けの色。溶岩流かと思うばかりの高熱の。離れたところにいる俺まで火傷しそうなほどだ。


 ――一閃。


 気がつくと、ゴブリンはすべて黒焦げになっていた。ゴキブリを焼いたときのような異臭が漂っている。次々、妄想に戻って虹を散らしながら。


「すごい……」


 俺の胸で、レナが呟いた。


「さすがは……ドラゴン……というか」


 頭の回るレナですら、それ以上の気の利いた言葉が出てこないようだ。


 ――こんな奴と戦わないでよかったーっ!


 正直、そう思ったよ俺は。絶対全員瞬殺だろ。眠り薬とか、なんて間抜けな手を考えてたんだ俺(恥)


 洞窟の隅で、なにかが動いた。例の嫌味な野郎だ。炎で焼かれて転がっている。


「た、助けて……くれ。いや、ください」


 俺を見ると哀願してきた。衣服からはまだ煙が立ち上っている。見たところ、体の半分くらいに火傷を負っている。助かるかは微妙なところだ。


「お前、俺達を殺すって、さっき言ってたよな」

「あれは……方便ですよ。雑魚のゴブリンどもを……けしかけるための。くそっ痛い」

「お前の使い魔だろう。みんなお前のために死んだのに、なんて言い草だ。……こんなクズ野郎は、ボス、あたしが殺す」


 タマが身構えた。


「まあ待て、タマ。――大丈夫か、吉野さん」


 遠く、吉野さんから平気だと返事があった。今、ドラゴンを降りているところだ。


「ねえ……殺さないでくださいよ」


 野郎、俺の脚にすがってきた。


「殺しはしないさ」

「本当か。ありがたい……」

「ご主人様、殺しといたほうがいいよ。助かったらこいつ、絶対またこっちを狙うに決まってるもの」

「そ、そんなことはしない。あなたたちとは二度と関わらないので、へ、へへっ」

「ほらよ」


 足元に、そいつの異世界スマホを放り投げてやる。


「向こうの世界から助けを呼びな」

「あなたは助け……てくれないのか」

「助けたくても、医者のいる村まで、ここからは遠い」


 俺は手を広げてみせた。


「お前の傷だと、ドラゴンに乗せることも無理だ。そもそも乗せてくれないだろう。お前は奴を攻撃したしな。――つまり、村に着く前に死ぬのは確実だ」

「じ、じゃあ私はどうすれば」

「その傷では、ひとりでの現実帰還も無理だ。でもスマホで向こうの世界から仲間を呼ぶなら、万にひとつ、助かる可能性がある」

「そ、そんな。……冷たいですよ、あ、兄貴」

「はあ? こっちを殺しにきといて、何言ってんだ、こいつ。お前には戦士の誇りすらないのか」


 タマが野郎を蹴り飛ばした。


「いたーいっ!」

「よせタマ」

「しかし」

「こんな男を殺して、カルマを溜める必要なんかない。こいつの運命は、この世界の神が決めてくれるさ」

「ちっ」


 タマは横を向いてしまった。


「ほら、早くスマホを取れ」

「くそっ」


 ようやく、スマホを拾った。


「覚えてろよ。いずれあなたたちは皆殺しですから」


 スマホを握って安心したのか、本音が漏れたな。そら見たことかという表情を、タマが浮かべた。


「くそっ通信が相転移できない」


 スマホを振り回している。


「洞窟の奥だからさ。入り口まで這うんだな。……まあせいぜい頑張れ」

「待てっ。お、覚えてろよっ! こ、この左遷野郎めがっ」


 俺と吉野さんの情報を仕入れていたのか。背後に呪詛の声を聞きながら、俺達は入り口へと向かった。


 ドラゴンは、入り口まで見送ってくれた。


「あの男は駄目だろう。むくろは我が丁重に弔っておく」

「お前、情け深いんだな」

「我は大地の守護神、グリーンドラゴンだからな」

「そういやお前、イシュタルって言うんだな」

「ちっ。真名を知られたか」


 ドラゴンは溜息をついた。


「まあいい。ドラゴンの匂いをまとう異世界の戦士よ。お前は気に入った。真名は知られたが、特別に殺さずにおいてやる。それに……」


 ドラゴンは、俺をじっと見つめた。


「それに、お前を殺すと、ふみえが悲しむしな。ふみえはもはや我の一夜妻というだけではない。ドラゴンライダーだからな。……我も、まさかこのような形で迎えるとは思わなんだ。我の、魂の乗り手を」

「ふふっ」


 吉野さんが、俺をまぶしそうに見た。


「平くん――ご主人様は、やっぱり頼りになるわね。私を命懸けで助けてくれたし……」


 そっと、俺に寄り添ってきた。吉野さんの体温と息遣いを感じる。それにいい香りも。


「ご主人様、見てっ!」


 俺の手の先が、青く輝き始めていた。


「なんだこれ」


 熱くはない。むしろ清涼な、清らかな感じだ。


 すうーっとなにかがにじみ出るかのように、俺の手に武器が出現した。これまでの「ひのきの棒」的ななにかではない。剣だ。それも見るからに切れそうな奴。


「聖剣……いや魔剣だな」


 特に感心した風でもなく、タマが呟いた。


「すごいよご主人様。きっとレベルアップしたんだ。特別な経験を積んだから」

「イベントこなしたみたいなもんか。それにしても、なんだこれ」


 手に吸い付くような握り。これなら血で滑って取り落とすとかはなさそうだ。しかも立派な見た目に反して軽い。


「短剣かあ……」

「なに言ってるんだ、ボスのボス。どう見ても業物わざものだろう。贅沢を言うな」

「いやタマ。どうせなら長剣が良かったなあって思っただけさ」


 振ってみた。シュッシュッと、鋭い風切音する。なんだか知らんが、切れ味はすごそうだ。


「平くん、調子に乗って振り回して、怪我しないようにね」

「わかってますよ、吉野さん」

「それは、バスカヴィル家の魔剣だな」


 ドラゴン――イシュタルが唸った。


「なんだよそれ」

「ボクも聞いたことないよ、ご主人様」

「そのうちわかるさ」


 興味なさげに、イシュタルはあくびをした。


「さて、我はこれから昼寝をする。再生に力を使って、想像以上に疲れたからな。目が覚めたら、巣を片付けるとしよう」


 流れるように、巣の奥に消えた。ドラゴンの珠をなくすなよと、声を残して。

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